Case5-2 山本理柚
その場にいた全員が、それを確認した。
――驚きのあまり、私達は互いに顔見合わせた。
確定した瞬間だった。個人の気のせいなどではなく、私と同僚達は、一つの地点から発せられた何かしらの要因によって同じ感覚に襲われていたということだ。言葉を通さずともそれを直感した。
今となってあの感覚を言い表すのであれば――あれは「敵意」だった。
「いるってことか? そこに」一人が入り口を目で指してそう言った。
「FかMが? 見えてないだけで?」私は可能性のある候補を挙げたが、その時の周りの反応と同じく、正直自分でも納得のいかない推測ではあった。
そこで、同僚の一人が実験を始めた。彼女は恐る恐る持っていたペットボトルのキャップを外すと、それを優しく床に送り出した。
私達は瞬時に彼女の意図を理解した。
水平の床にラボの外まで届くほどの速度で転がされたペットボトルのキャップは、果たしてラボの外まで届くのかどうか。
印刷された英文字ロゴをクルクルと回転させながら、床面に緩やかな弧を引いて向かう黄色キャップ君を、私達は固唾を呑んで見守った。
結果――
入り口に辿り着く直前、
乾いた音と共に激しく跳ね飛ばされ、
――キャップは、空中で真っ二つに裂けた。
壁のボードに跳ね返った片割れが足元を転がっていく。
想定していた、予測外な現象をいざ目の当たりにし、私の体は固まっていた。
そして――
――低く、どこまでもどう猛な威嚇の唸りが、かの一点より鳴り渡った。
実験を行ったことにより、段階が早められたのだ。
例えばゲームのモンスターを思わせるような、複数の肉食獣のそれを鮮やかにサンプリングしたような――現実感のない、だからこそ完成された恐ろしさが、痛いほど私の鼓膜を揺さぶった。
しかし、『不可視の獣』と仮称するとして、獣はいつまでもそれを許してくれるほど甘くはなかった。
威嚇の音が、急に過激さを増した。
先程までのものが敵意であったとすれば、今度のそれは比ではなかった。
「殺意」だ。
明確に、本能的に理解した――今度は「殺意」に昇華されたものが、私の体に荒々しくぶつけられたのだ。
たちまちに体の芯まで、脅威で感電させられてしまった。
頭皮からブワリと冷えた汗が噴き出す。私の自慢の思考力は、それと一緒に体外へそそくさと逃げ出していった。
多分、この時私は泣き出していたと思う。覚えてはいない。
すぐ近くで非常に情けない悲鳴があがった。
私の目の前にいた、大柄な男性の同僚が、不可視の獣に背を向けてこちらへと逃げ出しているところだった。
素直にすごいと思う。実際にこの場所に立ってみればわかるが、動くことさえままならないはずなのだ。少なくとも私はそうであった。そういう、”圧力”のようなものが場にはかけられていた。
一瞬彼と目が合う。これもまた非常に情けない表情をしていた。そして――その頭蓋が、フルーツのようにカットされた。
合っていたはずの彼の両目が、それぞれ別の方向へと
死んだ。
その一瞬で、彼の意識がもう戻ってこないことが、あまりにあっさりと決定した。
逃げようとしていた勢いは制御を失い、彼の図体がそのまま私にぶつかってくる。うっ、と不細工な声を吐きながら不格好に、反射的に受け止めた。しかし、生前ボディメイクが趣味だと言っていた彼の亡骸に、非力な私が耐えきれるはずもなく、そのまま私は、覆い被さられる形で床に倒された。
彼の
悲鳴――――
――――誰の? 私の?
それを知る前に――増えて 重なって ――――
わからなくなる――
――誰も彼も――人も物も――――
なにもかもが――悲鳴をあげている――――
もうめちゃくちゃだった。
彼が逃げ出したことが『引き金』ではあったが、そんなものはあの場にいくらでも転がっていた。思うに、全員がじっとしていたとしても、おそらくいずれは同じ状況に陥っていただろう。
あっという間であった――。
冷静さを失った私が、さながら道化のように、死体をどかそうとじたばた藻掻いている内に、
ラボの壁、天井のルームライト、研究用の鉱石類、遠心分離機や大型の凍結乾燥器や、棚や、自律掃除機や、それに愛用のデスクとさっきまとめた資料、同僚達みんなに、あとは、キャップの無い飲みかけのペットボトル……全部だ、全部全部が雑にスライスされて、一様に、
私の、かなり気に入っていて、それなりに愛おしかった
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