Case3-27 少女

 少女達が外に出られてから、時間などさほど経ってはいない。特に代わり映えすることも無く、玄関内からは白衣の大人達が次々と放出され続けていた。その一人一人の顔を、真剣な眼差しで一つ一つチェックしていく。

 すーちゃんは、母は反対の出口から出ているだろうと言っていたが、いつの間にか少女はその事を頭の引き出しのどこかに仕舞い込んでいた。そんなことは関係が無いのだ。居ても立ってもいられない。すぐにでも会いたい。だからその為にできることを少しでもやるしかないと、幼いなりに考えて起こした行動。ただ、それだけだった。

 研究所玄関の自動ドアを中心に、左右に広がるガラスウィンドウの壁。そこから中の様子がうかがえる。まだ人がたくさんあふれている。このどこかに、もしかしたら母もいるのだろうか。自分のことを、きっと同じく探しているのだろうか。


「零階でなんかヤバいこと起きたってことでしょ? こわすぎだよな……」


 ――その声は、突然であった。

 母を見つけるということに一生懸命集中していた。母に関する何かは絶対に取りこぼさないと思っていた。だからだろうか。今まで気にしていなかった人々の雑踏の中、それは、疑うほどにはっきりと、それだけが鮮明に、少女の耳に入り込んできた。


 咄嗟に玄関から視線を外し声の方を探す。

 顔。顔。顔。どれも話した事の無い、まるで似たような顔が並んでいるばかり。誰が誰でどの声がどの声かなんてわかるわけがない。おじさんでもない、すーちゃんでもない、母でなんかあるわけがない。誰でもない誰かが落としていった言葉だけ……それだけが、少女の耳にくっきりと残った。


 胸の奥から徐々に、ぞわりとした不快な熱が湧いて出てくるのを感じる。息が乱される。


 『零階』――N-GET研究所内における、最大かつ最重要の地下研究エリア。

 母が教えてくれた、母の仕事場だ。

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