Case3-7 少女

 それではこの生き物は蛇の仲間か何かだろうか? 何という生き物なのか? いや、もしかするとこれはまだ夢なのだろうか? 頭の中はとにかく、驚きとか疑問とか、好奇心のハテナでいっぱいだ。だから少女は、近づく蛇をただただぼーっと眺めるだけであった。そして、次の瞬間――

 蛇は、一度その鎌首をもたげたかと思うと、目にも止まらぬ速さで――

 その足首にガブリと噛みついた――それはもはや、疑う余地もない現実的な感覚。夢なんかとは比べ物にならないほどの明確さ。そのジクリとした痛みは、砂浜の足跡を覆い隠すさざ波のように、少女のハテナを一瞬にして消し去っていった。

 そして、少女は思い出したのだ。蛇の牙には、『人を死なせるほどの猛毒がある』ということを。

 その牙が今、確かに自分の皮膚を破り体の中に入り込んでいた。


 ぶわりと汗がにじみ出るのを感じた。走ってもいないのに、何故か急に心臓が暴れだした。それも、それも今までの中で一番早く! ……無知であるが故に、その現象すら毒のせいなのだと幼子が思い込んだのは、仕方のないことであったかもしれない。

 産まれて初めての感情が、体を支配していくのを感じる。そしてとうとう、今まで発したことのない叫び声が、喉から急に飛び出した。

 急いで足を振り回した。そうしてやっと蛇を放った少女は、脱いだ服のことなど捨て置いて、全速力で廊下を駆けだす。行きではあれだけ慎重に歩んだ闇の中を、今度はお構いなしに走り抜けていく。

 今はとにかく、とにかく母のもとへ行きたかった――。

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