行列―7

 十二月二十二日。


 噂のパレイドを見ようと、夜にも関わらず、たくさんの人が六区に集まっていた。その中を百鬼夜行が進んでいくという異様な光景が生まれた。


 行列の中には、様々な妖たちがいた。顔に目が一つしかないものは、おそらく一ツ目。獣の耳が生えているのは、狐か狼の妖。猫の耳と尻尾は猫又だ。牛の角があるのは、件。首が異様に長いのは、ろくろ首。実際に見るとなかなかの衝撃だが、人間たちは仮装の一つと思っているため、面白がったり、興味深そうに見たりしている。真っ白な髪に冷気を放っているのは、雪女たち。背から真っ黒な羽が生えているのは八咫烏。猿人の腕を持つのは覚。丸い尻尾が見えるのが狸。着物の裾から鱗の尾があるのは大蛇。


 あさぎたちも、そこに違和感なく混ざるために、妖姿で加わった。

 朱色に塗られた神輿がいくつかあるが、今あさぎがいる場所からは乗っている者を確認出来ない。あさぎたちは、提灯を手に持ってパレイドをしつつ、当主を探していた。必ず、どこかにいるはずだ。


「ねえ、あの人じゃない?」

「本当だー」


 観客たちが、一つの神輿を指さして楽しそうに話している。あさぎは、急いで移動し、その神輿を確かめた。そこには、蘭家の当主、蘭巌がいた。


「いた……!」


 あさぎは、沸き起こる怒りをどうにか押さえつけて、パレイドを続け、寧々を探した。あの高さの神輿に気付かれずに近づけるのは、寧々しかいない。

 少し前を歩く寧々を見つけた。


「寧々さん!」

「あの神輿やね」


 寧々も観客の視線から、巌の位置を把握したようだ。地面を蹴って神輿に向かって行った。元々持ってきていた黒い布を広げて、巌の姿を覆い隠した。

観客に向けての台詞を口にした。


『皆、見つけてくれてありがとう。この人はあたしが保護しますね』


 手に持っていた提灯を高く掲げた。他の座員への合図であると共に、観客の視線を逸らす役目もある。猫又の第六感を活用して、巌を抱えて一瞬でその場を離れる。


 あらかじめ決めていた集合場所へと、あさぎは急いで向かう。途中で佐奈とも合流する。集合場所である辻には、もう寧々が巌を下ろして、『即興芝居』を始めていた。


『あらあら、妖に巻き込まれてお気の毒でしたね。もう大丈夫ですよ』

「おい、お前こんなことをしてただで済むと思うな!」

『妖に変な術でもかけられてしまったのですね。少し辛抱してください』


 寧々は、台詞を紡ぎながら布を口に押し当てた。これで巌の歌を封じることが出来る。あさぎと佐奈が合流し、予定している物語を次へと進める。


『お聞きします。他の方々はどこにいますか』

 ここで言う他の方々、とは、催眠をかけたという本殿の役員の居場所のこと。台詞に乗せてそれを聞き出して、助けることがあさぎたちの作る物語の続き。


「んー! んんー」

 口を塞がれていて、何を言っているか分からないが、そこは問題ではない。佐奈が眼鏡を外してじっと見つめる。そして、あさぎに向けて口を動かす。


「”神輿の中にいる、催眠状態、気を付けて”」

 あさぎがそれを寧々に伝える。この流れも板についてきた。寧々が、即興芝居を見ていた観客に台詞として、語りかける。


『皆さん、他の座員を見つけたら、こう伝えてください。神輿の中、術に気を付けてって。お願い出来ますか』


 観客は、自分たちが芝居の中に入っているということに、驚いている。だがすぐに、座員を探したり、隣の人にこれを伝えて、と口々に話している。これは佐奈の発案で、ばっちり当たったようだ。


 観客を使うことによって、早く情報を伝えることが出来る。それだけでなく、観客を巻き込む芝居として成立させること、そのうえで客を楽しませること、それが作りたい芝居だと、佐奈は言った。黄昏座全員の意志でもある。




 琥珀は、笑顔で観客に手を振りながらパレイドをしていた。目を光らせていると、観客から話しかけられた。

「あの、伝えてって言われたんですけど、神輿の中、術に気を付けてって」

『お力添えに感謝します。レデイ』


 琥珀は台詞として、そう言い、恭しく一礼した。観客からは、わあっと歓声が上がった。普段は舞台の上と客席で、どうしても距離があるし、会話をすることなどない。だが、今は間近で芝居が行われていて、話すことで観客も芝居の一部となれる。こんなに楽しそうな客の顔は、初めて見た。


「ああ、楽しい……」


 琥珀は、思わず零れ出た言葉に、自分で微笑んだ。芝居を楽しいと思えていることに、まだ少し罪悪感があるが、それでも嬉しさの方が勝った。気を引き締めて、一番近くの神輿に向かう。


 神輿を担ぐ妖たちには、少し失礼と言い、有無を言わせず梯子を登った。下からは、何か声が聞こえてきた。降りろ、と言っているようだった。


「本殿の命令で、ここにおられる方を連れてくるようにと、仰せつかってきた。反する者は申し出よ」

 仰々しくそう言えば、声は収まった。本殿の力はやはり凄まじい。だからこそ、一人の男のいいように使わせてはならない。


 神輿の中には、座敷童子の妖がいた。五、六歳の少女だった。真っ赤な着物に身を包み、黒髪は肩で真っすぐに切りそろえられている。見た目は幼いが、ここにいるということは、当主であり本殿の役員、かなりの年長者のはずだ。


「突然失礼します」

「ハイ」

「本殿の役員の方ですね」

「ハイ」

「緊急事態なので、ここからあなたを連れ出します」

「ハイ」


 何を聞いても、ハイという答えしか返って来ないうえに、目が虚ろだ。これが催眠状態。早く連れ出した方が良さそうだ。


 琥珀は提灯を大きく左右に振って、合図を送った。そして、少女を抱えて慎重に梯子を下りる。他の神輿にも同じように本殿の役員が乗せられているのだろう。寧々や花音、雪音、凪が無事に保護を完了できるよう祈る。


「皆、上手くやれよ……」



 やがて、神輿の中から、提灯の明かりが四か所で揺れたことを、あさぎが確認した。座員が、本殿の役員を保護したという合図。一つには寧々が向かい、それぞれ花音と雪音、琥珀、凪、が保護に向かって、無事に全員が出来たということだ。巌の見張りを任されていたあさぎは、用意していた最後の台詞を口にする。


『紛れ込んだ人間を全員助け出すことが出来ました! ありがとうございます。これにて、一件落着!』


 観客から拍手が巻き起こる。百鬼夜行は、無事に芝居として終えることが出来た。状況をあまり把握していない妖たちも、つられて拍手をして、行列が終わりなのだと認識したようだ。わらわらと妖たちが散っていく。



 百鬼夜行は、無事に終わった。

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