恋雪―5

「本当に花が咲いたのか、誰にも分かりませんわ。伝説上の花ですもの、色も形も分かりませんの。花は持って行ったそうですけれど、それが本物か、誰も判別出来なかったそうですわ」

「嘘だと言われなかったの?」


「もちろん、言われたらしいですわ」

「でも、もしも本物だったとしたら。その可能性が捨てきれない限り、伝説の花の名を持つ子を殺すことは、雪女の家系では憚られることでした。たとえ、双子だったとしても」

「わたくしたちは、お母さまの虚構で、生き永らえたんですの」


 話し終えた雪音と花音は、どこかすっきりとした顔をしていた。内に抱えていたものを話したことで、あさぎたちがそれを少し持つことが出来て、軽くなったのだとしたらいいな、と思っていた。


「まあ、妖の間では忌み子よりももっと不吉と言われている『混ざり子』がいますから、それよりましだと思われたのかもしれません」

「混ざり子?」

「”二つの種族が混ざった、子どものこと”」


 佐奈が、口を動かして教えてくれた。詳しいことは、凪が説明してくれた。要約すると、妖は別種族同士で結婚し、子どもが生まれた場合、必ずどちらかの種族になる。そうなると、必然的に片方の親とは別の家に入ることになるため、妖はそもそも同族同士での結婚を望むのだという。階級が違えば尚更。我が子と離れることになるのだから、気持ちは分かる。


 そして、混ざり子というのは、別種族同士の親の両方の特徴を受け継いだ子のこと。花紋も二つ持っているという。生まれるのは非常に稀で、確認されたのはかなり昔のことらしい。


「両方の特徴があるなら、凄いことじゃないの?」

「血が混ざった汚らわしい存在、って教えられているから、そう思ったことはないわね」


 凪以外の皆も、頷いていて、同意であることが伝わってくる。双子と同じく、珍しいだけで忌み嫌うものではないと、あさぎは思ったが、それを気軽に口に出来る雰囲気ではなかった。


「ともかく、雪女の芝居をすることは、家への抗議でもあるんですの。未だに双子を恐れる者たちがいて、家では雪音と一緒に居られませんの。食事も別ですわ」

「ここなら、姉さんと一緒に居られますから。後は本殿が信用ならないというのもあります」


 妖のため、周知を進めようとしている黄昏座は、本殿に逆らっていると、言われたことがあったが、雪音はそれを承知で、むしろそのためにここにいるのだ。


「もちろん、わたくし自身、この物語が好きですわ。だから全力で、演じますわ」

「僕もです」

 花音と雪音の覚悟を聞き、改めてあさぎは気を引き締めた。この二人の芝居が成功するように、しっかりと出来ることをしようと決意した。





 稽古をしていたある日、花音と雪音が遅れてきた。走ってやってきた様子で、二人とも息が切れていて、顔が高揚していた。


「どうしたん? 二人とも」

「お母さまが、最終日に芝居を見にいらっしゃるそうですの!」

 花音の声には喜びが溢れ出ていた。雪音も、いつもより足取りが軽やかで、全身から喜びが見える。


「母は病気がちなのと、家からの監視もあってあまり外に出ないのですが。許可が出たそうです。ああ、頑張らなくてはいけませんね」

「もちろんですわ。雪音、稽古を始めますわよ」

「はい」


 花音と雪音の稽古は、一層気迫が籠っていた。大事な人が見に来るのだから、何としても成功させてあげたい。あさぎは、舞台袖での着替えの手伝いをすることになっていたから、もっと早く出来るように工夫したり、休憩の時にお菓子やお茶を用意したりと出来る限りのことをしようと心掛けた。一生懸命に芝居をする二人は、本当に楽しそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る