恋雪―3

「お、ここが絵草子屋だな」

「わあ、こんなにたくさん」


 絵草子屋は、表に平置きで十冊ほどが並べられ、店の奥に壁一面の棚があり、そこにびっしり絵草子が収められていた。


「どれにしよう」


 妖の基本的なことが書かれたものは、だいたい読んだ。自分が何の妖かの手がかりになるもの。昔話が書かれたものがあればと思っていた。


「あっ、これ良さそうかも」

 各地の伝承が分かりやすく描かれているようだった。何冊か手に取って、琥珀に声を掛ける。


「琥珀、これとかどうかな」

「ん? 伝承の類か。何か手がかりになるかもしれないな。これを頼む」

「あいよ」

 琥珀が店主に声を掛け、絵草子を買った。あさぎは、帰って腕の中にある絵草子を読むのが今から楽しみになった。


「さて、そろそろ帰るか。目的の物も買えたしな」

「そうだね」

 ふと、どこからかいい香りがしてきた。餡の香りで、目線で辿っていくと、今川焼の暖簾が下がっているのを見つけた。


「琥珀、今川焼だって――あれ?」

 一瞬。ほんの一瞬、気を逸らしただけだったのに、見失ってしまった。


「琥珀! 琥珀ー!」


 声を張り上げるが、人混みに飲み込まれてしまう。懸命に辺りを見回すが、琥珀の姿が見つからない。右往左往していると、すれ違った人にぶつかられてしまい、よろけた。弾みで絵草子を落としてしまった。誰かに踏まれる前に拾えたが、しゃがみ込んだことで、急激に不安に襲われた。


「どうしよう……」

 人が多くて動き回ると余計に見つけられないかもしれない。だが、このまましゃがみ込んでいても、仕方がない。


「お姉さん、大丈夫?」

 ふいに頭上から声がしたかと思うと、腕を掴まれて無理やり立たされた。同い年くらいの青年が二人、立っていた。薄い笑みを浮かべながらこちらを見ている。


「おお、やっぱり可愛い」

「だろ? ねえ、お姉さん。おれたちと一緒に遊ばない?」

「楽しいとこ、知ってんだよね」


 ニタニタと笑いながら、腕を引っ張ってくる。手に紋はないから、人間だということは分かる。分かるが、だからといってどうすればいいのか。力が強くて、腕を振りほどけない。怖い。


 突然、あさぎの腕を掴んでいた手が緩んだ。抵抗していた分、あさぎは後ろによろめいた。だが、尻餅をつくことはなく、誰かの腕に抱き留められた。


「うちのもんに何してんだ?」

 すぐ近くから、声がした。振り返ると、三十代の洋装の男性が青年たちを睨みつけていた。長いコートに、見覚えのあるハットを被っている。


「……琥珀っ」

 姿も声もが違うが、分かる。琥珀だ。琥珀が助けに来てくれた。


「けっ、行こうぜ」

 青年たちは、不機嫌になりその場から走り去っていった。琥珀は彼らの姿が見えなくなるまで、睨み付けていた。見えなくなって、ようやく長い息を吐いた。


「はあ……全く。ほんの一瞬ではぐれて驚いた。見つけられたからいいものの。まあ、背が高いからこの姿になったが、威嚇にもなって正解だったな」

「……」

「あさぎ?」

「ごめんなさい。はぐれて、ごめんなさい」


 あさぎは、琥珀のコートをきつく握りしめる。琥珀が近くにいないことがあんなに不安だとは思わなかった。傍にいることに慣れていた。


「怖かったか。ごめんな」

「…………大丈夫」


 強がりだったが、認めるのは癪だった。あんな二人組に負けたような気がして。

 コートを握りしめていた手が、琥珀の手で離され、そのまま手を繋ぐ形になった。


「はぐれたら大変だからな。帰りだけ、な」

「うん」

「――それにしても、どの姿でも認識されるのは嬉しい反面、少し怖いな」


 琥珀が何か呟いたような気がしたが、いつもより背が高くて顔が遠いからか、あさぎには聞こえなかった。髪飾りの揺れる音の方が良く聞こえた。


「琥珀、何か言った?」

「いや。あさぎは危なっかしいな、って言っただけだ」

「ごめんなさい。……来てくれて、ありがとう」

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