恋雪―2

 六区から二区までは、歩いて七分ほどらしい。今日が十月三十一日で月末だから人が多いのと、ゆっくり歩いたから十分ほどかかっただろうか。


 仲見世は、一本の通りを挟んで両側に店が並んでいる場所を指す。目の前には、赤茶色の煉瓦で覆われた二階建ての建物が、ずっと奥まで続いている。瓦葺の建物が多い六区とは雰囲気が異なる。片側に十五以上の店が並んでいて、とても賑やかだ。あさぎは、その近代的な風景と、活気に息を呑んだ。


「わあ……」

「ここだけ異国のようだよな。二年前に東京府の管轄になって、前の店は解体されて、今の形になったらしい。東京のあちこちが煉瓦造りになってるらしいな。あさぎ、ほら」

 琥珀は、当然のように右手を差し出してきた。手を繋いだりしたら、また緊張してしまいそうだ。


「いや、大丈夫」

「そうか。観光地でもあるから、人は多い。はぐれないようにな」


 琥珀の後に続いて、赤煉瓦の通りを歩く。一階の庇部分から地面まで届く大きな暖簾があったり、呼び込みをする人がいたりと、どこを見ても新鮮で面白い。ふと、琥珀の足が止まった。


「ここのいり豆は美味しいんだ。食べたことはあるか?」

「ううん」

「じゃあ、少し食べるか。大きい袋のを一つと、今食べる分を一人分、頼む」

「はいよ」


 店主は、いり豆の大袋を手渡した後、升形に折られた紙にざざっと豆を流し込んだ。それがあさぎの元へやって来た。香ばしい匂いがふわりと上がってくる。一つ、口の中へと放り込む。香ばしい豆の味とほんのり塩味がして、次々食べたくなる美味しさだった。


「美味しい!」

「そりゃあ、良かった。あんたの恋人は美味しそうに食べるのう」

「こ、こい……!?」


 店主が琥珀に話しかけているのが聞こえてきて、あさぎは豆が喉に詰まりそうになった。琥珀も、きょとんとしていたが、あさぎの反応を見て、おかしそうに店主に笑い返した。


「そうだろう」

「ちょ、琥珀……!」

「じゃあ、また」


 店主に挨拶すると、琥珀はさっさと店を離れる。慌ててあさぎも後を追った。もう一度追及しようとしたが、それより早く琥珀が口を開いた。


「もしかして、寧々さんに何か言われたか?」

「あ、う、なんにも……」

「なるほど」


 琥珀は一人で勝手に納得して、楽しそうだった。あさぎは、訂正しようとしたが、それだとあさぎ自身が嫌がっているように思われてしまうような気がしてやめた。別に嫌なわけではないのだから。


 その後は、羊羹や大福、珍しい洋菓子などを買っていった。二人でこれが美味しそうだと言いながらお菓子を選ぶのは楽しかった。初めて見るものも多かった。


「わあ、可愛い……」


 観光地ということもあり、土産物屋も多く並んでいて、ここは髪飾りを扱っている店のようだ。桜や紫陽花、藤、金木犀など、様々な花の髪飾りが陳列されていて、華やかで見ているだけで楽しくなってくる。


「あさぎは、こういうのが好きなのか」

「綺麗だと思うよ。琥珀は違うの?」

「まあ、見事な細工だと思うが、自分が身に着けるものではないからな」

「女の子の時に付ければいいのに」

「ははっ。一理あるが、役以外で着飾ろうとは思わないな」


 自分は付けない、と言いながら琥珀は真剣に髪飾りを見ている。吟味するように視線が動き、ある一点でそれが止まった。一枚一枚の花びらが透き通っている、繊細な細工の睡蓮の花の髪飾り。


「これ、もらえるか」

「承知しました」


 店主が恭しく礼をして、お代と髪飾りを交換する。髪飾りを手にした琥珀は、あさぎに向かって、手招きをした。もっと近くに来いと言っているのだろうか。


「はい、どうぞ」

 琥珀は、あさぎの髪に先ほどの髪飾りを付けて満足そうに微笑んだ。耳の横で、飾りがしゃらりと音を立てた。


「え、琥珀、これは」

「んー、今日の買い出しに付き合ってくれた礼、だな。よく似合ってる」


 琥珀の口調からしても、きっと、深い意味はない。でも、初めての贈り物だ。嬉しくないわけがない。内側から自然と溢れてくる感情のままに、あさぎは笑顔を浮かべた。


「ありがとう、琥珀」

 さっきまでよりも、少し近い距離で、あさぎは琥珀の隣を歩いた。いくつか店を巡って、追加のお菓子も買った。

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