第22話 殿下の気持ちが理解できません
「毎日毎日、この様に屋敷にいらして、はっきり言って迷惑です。あなた様は今、とても忙しいとお伺いいたしました。どうかもう来ないで下さい」
この際なので、はっきり伝えた。すると、この世の終わりの様な、とても悲しそうな顔をした殿下。
「そうだよね…リリアーナにとっては、迷惑だよね。それでも僕は、リリアーナを思ってプレゼントを選ぶのが唯一の楽しみなんだ。リリアーナの喜ぶ顔を想像しながらプレゼントを選べることが、今の僕にとっての唯一の安らぎ。そうそう、今日はリリアーナの好きな、キンモクセイの花で作ったポプリを持ってきたよ。僕が作ったんだ。ちょっと失敗してしまったけれど、使ってくれると嬉しい」
そう言ってキンモクセイのいい匂いのするポプリを私に手渡したのだ。
「昔リリアーナと散歩した時に、キンモクセイの花の香りが好きだと言っていただろう?だからきっと、喜んで貰えると思ってね」
確かに昔、そんな事を言ったような気がする。でも、本当に何気ない会話の中で、話しをしただけだ。それなのに、その事を覚えていてくれただなんて…
「君は僕がずっと君の事を好きだったという事を、信じてくれていないかもしれない。でも、僕は君の事なら何でも知っている。もちろん、君の好きな物や嫌いな物も何でもね。それじゃあ、今日はもう行くね。まだやらなければいけない仕事が残っているから。リリアーナ、今日は顔を見せてくれてありがとう」
そう言うと、殿下は笑顔で手を振って帰って行った。ずっと私に向けて欲しいと願っていた、殿下の優しい笑顔。でも、今更向けられても仕方がない。
ふと殿下に渡されたポプリを見つめる。本人の手作りといっていたな…確かに、プロが作ったものではない事は分かる。
「いい匂いね…」
私の大好きなキンモクセイの匂いが。
「あら、今日はポプリを頂いたの?この香りは、キンモクセイね、いい匂いだわ。リリアーナは、キンモクセイの匂いが大好きだものね」
私に話し掛けてきたのは、お母様だ。
「これ、手作りね。もしかして殿下が作ったのかしら?お忙しいのに、リリアーナの為に手作りしてくださるだなんて」
「だから何ですか?ポプリを手作りすれば、私の機嫌が直り、またよりを戻せるとでも考えているのでしょうか?私を物で釣ろうだなんて、バカにするのもいい加減にして欲しいですわ。私がどれほど殿下に傷つけられ、苦しんできたか…」
あの時の日々を思い出し、涙が溢れて来た。本当に私は、辛かったのだ。生きる希望を失い、全てを投げ捨てたいと思うほどに…
やっと解放され、これから前を向いて歩いて行こうとしている時に、どうして殿下は、私の邪魔をするの?私はもう、殿下とは関わりたくはない。私だけを愛してくれる殿方と婚約して、ルミナの様に幸せになりたいだけなのに…
「そうよね…リリアーナは1年、いいえ、殿下と婚約してから、ずっと苦しんできたのよね。それなのに、今更こんなもので、心が動く訳がないわよね。ただ…殿下もその事は重々承知しているはずよ。いつも殿下がおっしゃっていたもの。“こんなもので許してもらえるだなんて思っていない。それでも僕は、少しでもリリアーナに喜んで欲しいのです”と。だから…」
「だから殿下の気持ちも分かってあげて!とでも言いたげですね。私はもう、殿下の事を忘れて前を向こうとしているのです。正直もう殿下とは関わりたくはない、その気持ちは変わりません。それなのに殿下は…私の気持ちなんて全く考えてくれていないではないですか?私の唯一の願いは、“もう私に関わらないで欲しい”という事ですのに…」
感情が高ぶり、お母様に向かって叫んでしまった。お母様は悪くないのに、私は一体何をしているのだろう。ポロポロと溢れる涙を、必死に拭った。
「ごめんなさい、お母様が悪い訳ではないのです。このポプリ、お母様に差し上げますわ。それでは失礼します」
お母様にポプリを押し付け、急いで自室へと向かう。後ろでお母様が何か叫んでいるが、無視して速足で自室を目指す。
そして、ソファに座り込み、1人泣いた。私はただ、殿下の事を忘れて、前に進もうとしている。それなのに、どうして殿下はそんな私の邪魔をするの?私に酷い事をしたと思うのなら、どうして私の気持ちを尊重してくれないの?
私はもう二度と、殿下に傷つけられたくはないのに…殿下の顔を見ると、胸が苦しくなる。殿下の顔を見ると、あの時の記憶が蘇り、辛くて悲しくなる。だからこそ、もう殿下に会いたくないのに…
それなのに…
私の事を好きなら、私の幸せを考えてくれてもいいのではないのだろうか。殿下の気持ちがさっぱり分からない。結局あの人は、自分の事しか考えていないのよ。
もしこのままいったら、また殿下と婚約させられるのかしら?それだけは絶対に嫌!そうなったら、私は今度こそ修道院に行こう。あの人と結婚するくらいなら、ずっと独身を貫いた方がいい。
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