4‐7 ファイナルフェーズ③

 時はキソラが研究所の外に吹き飛ばされた瞬間まで戻る。

 電光を身体から迸らせているアステリアは、じっとミステリオを見据えていた。


「キョウカ、アイツは私に任せて。アナタは今すぐ本来の仕事に取り掛かってちょうだい」

「……大丈夫なの?」

「さぁ、どうかしらね。でも、あっちじゃキソラが一人で戦っているんだし、私が踏ん張らないわけにはいかないでしょ。それはアナタも同じよキョウカ」


 犠牲を払いながらここに来たのは全て、キョウカを連れてくる為。彼女一人さえ生きていれば任務は八割達成している。

 だがそれも、コロージョンを止められなければ結局意味がない。

 強靭なヴァリアント対峙するキソラよりも、敵の首魁たるミステリオと対峙するアステリアよりも、その身にかかるプレッシャーはキョウカが一番重い。


「分かったわ。私は私のやるべきことに専念するわね。そっちのことはもう見ないから」

「安心してちょうだい。絶対にそっちに敵は送らせないから」

「お願いねッ!」


 覚悟は定まっていると言わんばかりに力強く頷くと、キョウカは急いで【コロージョン】の発生装置の所へと向かい、自前の端末とコンソールを繋ぐ。

 大地を再生するファイナルフェーズの始まりだ。

 端末のディスプレイに無数の数列が並んでいくのを遠目で確認すると、アステリアファイナルフェーズを成功させるべくアステリアは二本目のL・A・R【type:Aエー/アステリア】を打ち込んだ。

 二本分のL・A・Rによる力の増幅。顔にビキリと血管が走ると同時に、電光が夥しく瞬く。

 今のアステリアの姿は、まるで雷になった様。一条の光に触れた瞬間、その対象は焼け焦げ死に至るだろう。

 そんな強烈な圧を目の前でも、ミステリオの顔には満面の笑みしか浮かんでいない。


「そんな簡単に通して良かったの?」

「えぇ。貴女たちのやろうとしていることはもう分かっていますからね。成功率0%のモノに時間を割くほど、我が輩の思考は安くないのですよ」


 今、ミステリオの視界意識に映っているのは自分の理解を超えてきたアステリアただひとり。

 本来ならキョウカを止めなければいけない立場だろうに、そんなのは無意味だと言わんばかりにその行動に興味を示していなかった。


「よもや、真っ当な人の身でありながらL・A・Rに適合し覚醒状態にまで至っているとは思いませんでした。クリス・ウォーカーの娘でしたか? 誇って良いですよ。全てが終わったら特別に貴女の名前を我が輩の脳に刻んであげても良いと思えたくらいなのですから」

「そりゃどうも! じゃあ、アステリアの名前をアンタの最期の記憶にしてあげるわ!!」


 まさに稲妻の如き超々高速移動。ミステリオが瞬きする間もなく、アステリアは彼の目の前に立っていた。

電光纏う右腕を後ろに引き絞り、絶死の一工程。何物も穿たんとするその雷槍は、ミステリオの心臓目掛けて放たれた。

 アステリアの右手に、肉を貫く気持ち悪い感触が纏わりついた。


「――ッ!?」


 しかし、驚愕したのはアステリアの方。肉を貫きはしたが、その対象はミステリオの心臓ではない。

 貫いたのは、ミステリオを守る様に聳え立つ肉の壁。地面からせり上がったソレは、まさしく先程見たヴァリアントの能力だ。

 腐蝕を電気で焼いていることで侵食は防げているが、そのままでいるわけにもいかない。咄嗟に右腕を引き抜き、距離を取る。

 油断なく見据える金色の瞳には、ニタニタと笑っているミステリオとどこからともなく隣に立っていた強化型ヴァリアントが映っていた。


「危ない危ない。油断したつもりはありませんでしたが、認識は少しばかり甘かったようですね。まさか、覚醒の力がそこまでのモノだとは驚きました」

「顔と言葉が合っていないのよアンタ……。死ぬ寸前だったってのに、子供みたいに笑っちゃって気持ち悪いわね。ヴァリアントも抜け目なく残しちゃってさ」

「大袈裟ですよ。この程度のこと、死に際でもなければ予測不可能なことでもありません」


 滔々とミステリオは答え合わせをしていく。


「電気を身体に纏うことから、筋肉への刺激や脳の電気信号の操作による身体能力の強化。強化型ヴァリアントという脅威がいなくなり身体能力を向上させた今、ただの人間相手に貴女が取る攻撃手段は遠距離よりも近距離の可能性が大。

 加えて、レジスタンス等の特徴である物資不足に我が輩個人への恨みや怒り。後者を鑑みるなら、顔を消し飛ばして一瞬で殺すよりも、心臓を破壊して一刻でも長く死の苦しみを味わわせるためにと、貴女なら心臓を狙うでしょう。

 イコール、超高速接近による一撃必殺。——これが最適解。ならば、逆算して対処するまでのこと。別に我が輩はヴァリアントが全ていなくなったとは言っていませんし」

「そうね……。このバケモノめ……!」


 ミステリオの答え合わせに、アステリアは歯噛みする。事もなげにミステリオは言っているが、覚醒の力を見せたのはついさっきのこと。

 そこから見聞し、思考し、分析し、実行するその最小四工程が、アステリアの刹那の攻撃よりも速いなぞ、それこそ人間業じゃない。

 素のままで人類よりも遥かに優れた脳を持つのが目の前のマッドサイエンティスト。C機関の最重要計画『リバース・アクト』の第一責任者の肩書は伊達じゃなかった。


「では次はこちらから。貴女という未知のデータを我が輩に取らせてください!」

「誰がッ!!」


 指揮者の様にミステリオが腕を振るうと、部屋の奥からノーマル型のヴァリアントが二体追加され、合計三体がアステリアに襲い掛かる。

 

「この程度……! 舐めないでくれる……!?」


 強化型による、床も壁も使った空間を潰す様な縦横無尽の遠距離攻撃。そこに直接攻撃と二体のヴァリアントの損傷を厭わない攻撃一辺倒の行動。それらは確かに厄介だ。

 だが、それでも今のアステリアの敵にはなり得ない。


「アンタらなんて、今更前座にもならないのよッ! さっさと消えなさい!」


 腕を振るい、ヴァリアント達の足元に向けて電光を散らす。それによって両脚を消し飛ばすと、動けなくなった三体に最大出力の電撃を浴びせた。

 完全に沈黙。焦げつく嫌な臭いが鼻孔を突き刺し、疲れがにじみ出る顔が歪んでしまった。


「ふぅぅぅぅぅ……。さ、これでお守りはいなくなったわ。後はアンタだけ――」

「そうですか、では次です」


 そう言ってミステリオが人差し指を軽く傾ける。


「は……?」


 思わず、ここが戦場だということも忘れてしまうほどにアステリアは呆気に取られてしまった。

 それも当然だ。なにせ、ミステリオの傍に現れたのは新たなノーマルタイプのヴァリアント。

 それが、五体、十体、二十体と増えていき……、最終的にはのヴァリアントがアステリアと対峙したのだ。


「な、なによこの数……」

「さぁ、これならばどうですか? いかにL・A・Rに適合し、覚醒に至ろうと貴女はK―3614号ではありません。アレの存在は自然物から発生するようなモノではないですからね。ただの人間である貴女がソレを使うのは、身体に見合わない義手を強制的に接続するようなモノです。であれば、そこに強烈な負荷が生じるのは自明の理。――果たして、貴女はあとどれくらい持ちますか?」


 アステリアの動揺も完全に無視して、ミステリオはヴァリアントを差し向ける。三百六十度、完全に囲まれることとなったアステリア。抜け出せる隙はどこにもない。

 一体、また一体と電光で消し飛ばしていくが、焼け石に水。生まれた空間を、また一体のヴァリアントが埋めていく。

 その理外の光景にキョウカはキーボードを叩く手を止めてしまった。


「なに、あの数……。どう考えたっておかしいでしょ……。あんなに数がいるのにどうして——」


 ——どうして、灰塵都市スクルータの人たちは気付かなかった?

 

 一部の隙すら見せてはならないコロージョンの処置に思考を割きすぎて、熱が籠る脳にそんな疑問がよぎる。

 ヴァリアントの素体は灰塵都市スクルータに住む人間とミステリオは言った。だが、数名程度ならまだしも、数十体のヴァリアント分を攫ってきたのなら誰かがいなくなったことに気付くはずだ。

 そんな疑問に、ミステリオは軽い口調で返す。


「別にそこまで考えるまでもないことですよキョウカさん。単にあれはってだけの話です」

「は、博士のクローン……!?」

「えぇ。人を攫うのにも手間がかかりますからね。ある程度を集め終わったら、そのデータを利用して今度は一つの場所で済ませられるクローン体で実験していたんですよ。まぁ、この研究は我が輩の趣味みたいなモノですからほとんど一人でやることになったのは面倒でしたがね」

「しょ、正気の沙汰じゃないわ……」


 クローンを実験体に使う。それ自体はなんら不思議ではない。だが、自らの意志で薬品を投与しクローンが腐蝕に侵され、自分と同じ顔・形が化け物になる光景を見ながらの行いだ。

 正気を保てる方がおかしく、そんな人間は最初から狂っているとしか言いようがない。


「これはおかしなことを言いますね。貴女もやっていることは同じじゃないですか。K-3614号——自分のクローンを数千体傷つけあの様な化け物にした貴女と我が輩。そこに違いなんてないでしょうに」

「——ッ! 私はあくまで……」

「命令だったとでも言いますか? 関係ないですよそんなモノは、貴女がやったという事実は消えません」

「————」


 キョウカの脳裏に今もなお鮮明に思い出される、空気を割るほどの甲高い絶叫。

 言い返す言葉もなく目線を逸らしてしまったキョウカに、ミステリオは心を砕きにかかる。


「それと比べたら我が輩のモノは人道的ですよ。人攫いをやめさせ、我が輩の記憶を転写したうえで実験を再開したのですから。流石は我が輩。説明したらすんなり受け入れて実験に参加してくれましたよ」

「そ、そんなの……」


 吐き気を催すほどの、邪気のないミステリオの純粋すぎる好奇心。ここまで精神構造が普通の人間からかけ離れていると、筆舌に尽くし難い強烈な嫌悪感が全身を駆け巡る。


「それよりも、貴女は我が輩のことを気にかけている暇はあるんですか?」

「え?」

「彼女、もう動いていませんよ」


 指を差された方を咄嗟に見ると、アステリアを覆い尽くす数十体のヴァリアントは既に蠕動を止めていた。


「うそ……」


 完全な沈黙状態。中にいるはずのアステリアからの動きは一切見られなかった。


「これで安心して彼女をお持ち帰りできますね。えっと——」


 そこで言葉を切ると、ミステリオは顎を上げて一瞬だけ思案顔になると恥ずかしそうに笑み浮かべた。


「彼女の名前、なんでしたっけ?」

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