4‐6 ファイナルフェーズ② 【望みの果てに】
「ぐっ……! この……、やってくれたね……!」
強烈な衝撃をもって研究所の外に吹き飛ばされたキソラは、地面を滑って勢いを殺して着地。膝と手を地に付けたまま、少し離れたところに降り立つ三体のヴァリアントを睨みつける。
もう既にダメージからは回復済み。ヴァリアントの直接攻撃によって腐蝕が付着し黒くなっていた腕も、再生によって瑞々しい肌へと戻っていた。
その自分の『人間』とはハッキリと違うところを見せつけられたことに、思うところはあるが、それよりもキソラの思考を真っ先に埋め尽くしたのは、アステリア達を敵の首魁と対峙させてしまったこと。
まだヴァリアントが向こうにいないとは限らないのだ。物量に押された時、アステリアはまだしも作業にかかりっきりになるキョウカを守り切れるかどうかは不透明なところだった。
「いや……、考えるべきところはそこじゃない……。今、私がやらないといけないのはコイツ等をとっとと倒して合流すること……!」
心配の念を抱くも、すぐに頭を振ってその心配をかき消す。
能力の扱いも戦闘技術もずっと戦ってきたアステリアの方が上。キョウカにしてもその頭脳の高さは折り紙付きだ。キソラにおんぶにだっこでい続けるほど、彼女たちは弱くない。
私よりずっと頼りになる二人だ、とキソラは二人を信頼して立ち上がる。
それに、ミステリオはキソラ以上に二人にとっても因縁深い相手だ。むしろこの方が都合が良いだろう。
「結局、私の役目は変わらないか」
口端に垂れた一筋の血を拭い、右腕に炎を宿す。
火炎放射器を失った今、最大の攻撃手段は自前の炎のみ。稼働時間にはまだ余裕があるが、のんびりしていられる時間はない以上、最大火力の短期決戦しか道は残されていない。
心を熱く燃やし、行動は冷徹に。
「何かが違っていれば私もそっち側だったんだろうけど、現実はコレだ。同情はしない。だけど、私っていう存在がキミたちを生み出してしまったのなら、その責任の一つや二つは取ってあげないとね!!」
キソラの攻撃意志を感じ取ったのか、ほぼ同時にヴァリアントも攻撃行動を開始。
左右のヴァリアントは平行に腕を伸ばして挟撃の形でキソラを掴まんとし、正面のヴァリアントは地に手を付けて先程と同様に『肉の腕』を大量に生やす。
退路はなく、逃げ道はどこにもない。
けれど——
「悪いけど、それの対処法はもう分かってるんだ!」
逃げ道がないのなら前へと進むのみ。いかに無制限に生えてくる『肉の腕』とはいえ、それは同時ではない。
動くキソラに合わせて次へ次へと断続的に生えている以上、そこには空間が生まれている。その生まれた空間を地を這わんとする勢いで駆け抜けると、目の前にいるのは地面と『接合』して動けなくなっているヴァリアント。
恰好の的だ。
「まず、一体!」
目の前まで近づき、ヴァリアントが動くよりも早くキソラは最大火力で炎を放射。一瞬にしてヴァリアントは火だるまになって動けなくなった。
その攻撃の隙を狙い、動ける二体が火だるまになったヴァリアントごと圧し潰さんと腕を伸ばしてくる。
「ッ!!」
横目で伸びてくる腕を見たキソラは体を捻りながら宙へと飛ぶ。真下には風を切って通り過ぎた豪腕が左右から二本。
その重なった部分をめがけて、キソラは着地の際に左手に忍ばせていた地の塊を榴弾のごとく放った。
「うぉりゃっ!!」
二体のヴァリアントの片腕が衝撃によって千切れると、そこに生じた空間に着地。同時に、右にいたヴァリアントに向かって跳躍し炎を纏った左脚で残った片腕を狙う。
紅い弧が描かれ、ヴァリアントの両腕が消失。がら空きになった胴体に向かって再び炎を——
「——ッ!!」
寸前で身体を横へと逸らし、ヴァリアントから距離を取る。
先程『仲間』がやられたのを学習したのか、はたまた本能のおかげか。仕留める絶好の機会を防いだのは、胴から腕を生やすというまさかの行動だった。
「まぁでも、流動的だもんねキミたちの身体は……」
ヴァリアントに『肉体』と呼べるモノは実質存在しない。アレは素体となった人間を核とし、模しているだけの
「ほんと、面倒だよ……!」
腕を伸ばされ、接近され、そのまま捕まえるかと思えば途中で腕を分断し、一体四本という理不尽な動きで攪乱してくる。それが二方向から来るのだ。直感頼りで躱し続けているが、こちらの規格は人間だ。可動域には限界がある。
先に燃やした個体もまだ燃え続けていることから、いつまた参戦してくるかも分からない。
短期決戦にしなければならない焦りと、じわじわと詰めてくるプレッシャーが少しずつキソラを追い込んでいた。
「いい加減、止まってよね……!!」
全方位からの攻撃を一部分にだけ向かって炎を放ち、そこに飛び込んだ瞬間だった。
「カハッ……!」
突如、キソラが喀血。顔は青ざめ、飛び込んだ姿勢のままキソラは動けなくなっていた、
まるで六十兆個の細胞ひとつひとつが全て鉛に変わってしまったかの様に、身体が重く指先一つすら動かすことが出来ない。
脳を突き刺す頭痛は吐き気をもたらし、視界は割れたガラスを見る様に視点が定まらない。
覚醒状態の限界——タイムリミットだ。
「なん……で!? リミットはまだ……!」
力を行使した際のキソラのリミット。何度も訓練して身体に覚え込ませたその時間は、少なくとも残り七分は持つはずだった。ましてや、こんな副作用じみた事例も体験していない。
だが、身体が異常をきたすのも無理はなかった。
自分だけじゃなく街の生死がかかった重たすぎる初の任務。イレギュラーだらけの突発的な継戦に加えて、
人を助ける為ならどんなことをしてでも——と、どこか狂った精神構造をし、特別な産まれをしていても、彼女が育ってきた環境はあくまで一般人の日常だ。
世界の命運を賭けたこの大舞台の真ん中で戦い続けることがどれだけ疲労を重ねることになるか。
あのアステリアでさえ、一時は心を乱していたのだ。
イカれた精神構造を持ってしても、あるいは持ってしまったからこそ無意識の間に積み重ねられた精神的疲労がここに来て一気に噴き出てしまった。
心の乱れは身体の乱れ。先程の再生と能力の連続使用で、キソラはもう早々にリミットを迎えてしまっていた。
そしてそれは、ヴァリアントにとってまたとない絶好の
「あ—————」
それを認知できたのは、眼前に迫った『腐蝕』の手のひらを見てからだった。
死の危険による本能の防衛機能だけが、キソラの身体を動かすことに成功。咄嗟に左腕を顔の前に割り込ませて盾にする。
ただ、そんなのは気休めにしかならない。
捕まえられなかったのは奇跡だが、動かない身体は簡単にキソラの身体を吹き飛ばした。
「ガッ……!」
ゴロゴロと転がり、建物へと叩きつけられる。轟音が響き、建物の壁に亀裂が入るほどの衝撃は、今のキソラにとっては致命傷にも等しい。
身体がバラバラになっちゃったのかなと、薄れゆく意識の中でそう思った。
☆
「あ……う……」
一瞬か、それとも数秒以上か。どれだけ意識を失っていたのか分からないが、薄っすらと目を開けると一体のヴァリアントが聳え立っていた。
意識を失う前の記憶と比べて遥かに巨体となっているそのヴァリアント。ちらりと辺りを見渡すと、残りの二体がいない。
火だるまになって動けなくなっていた個体と、削られすぎた個体をまとめて吸収したということだろう。
数は減ったが、元の耐久性等を考えるとむしろ脅威は増しているかもしれない。そもそも頑強で肉厚な身体を持つ、四mオーバーの個体なんて人間が相手するものじゃない。
「ここで……終わりかな……」
諦めの感情がキソラの心を満たす。指先一つ動かせないのに、脅威からどう対処すればいいのか、見当もつかない。
既にヴァリアントは捕獲行動を開始。無数に枝分かれさせた腕を使い、自らは安全圏にいるまま捕まえようとしていた。
「————————え……?」
それは思考がまっさらになるほどの予想外のことだった。
尻もちをつくキソラの前には夥しく降り注いだ肉の腕の数々があった。そしてそこは、先程までキソラがいた場所。途端に強烈な疲労がキソラを襲う。
これでハッキリした。ヴァリアントが攻撃を失敗したんじゃない。先程と同じく、死の危険に対して本能が諦めていたはずの心に鞭打って身体を無意識に動かしたのだ。
「なんで……私……。こんなになってまで……」
身体はボロボロ。ここまで戦い続けたんだ、ここで命を失ったとしても誰も文句は言わないだろう。
ぎょろりと、ヴァリアントの顔がこちらを向く。キソラのなにかを感じ取っているのか、警戒してなぜか近づいてこない。
眼はないが、見つめ合うことになったその時にキソラはヴァリアントの『意志』を感じ取った。
「そっか……。キミたちも、私も……生きたいんだ……」
リバース・アクトに連なるL・A・Rを使った実験は全て被験者を死に追いやるモノばかり。それでも、たとえ不適合だとしても人間としての『形』が残っているのは、素体が生きたいという意志を貫いたからだ。同胞を取り込んでまでミステリオからの任を達成しようとしているのがその証。
同じ手法で産まれたからこそ気付けたその想い。だけど、キソラとは違うところが明確にあった。
「ごめん……ね。気付いちゃったからには、私は大人しくしていられないや……」
それは、この世に産まれ命を授かった意味。
ただ好奇心の延長線上で産み出されたヴァリアントとは違い、キソラはこの世を救ってほしいという願いから誕生している。
この身体は希望の象徴。数多の屍の上に立っているのだ。簡単に諦めることは許されない。
「さ、ファイナルラウンドだ……」
——人間じゃない自分ができること、その本懐を考えろ。
そしてキソラは願いに縛られてはいない。彼女の生きたこれまでの価値観で、人を助けると決めているのだ。
「私が生きる意味、生きられる意味は一つだけ……。私が誓ったのは、守りたいものを守るただそれだけのこと」
死ぬつもりはない。
最高の景色をアステリアやキョウカ、ヨシハルとユウリ。そして仲間たちと見る為に
「だからさ、今だけ我がままは許してねお母さん……。無茶するよ」
心に炎が灯り、弱っていた体の端々に力が籠る。ゆっくりと立ち上がり、右手に小さく炎を宿しながらヴァリアントを睥睨する。
と、そこでピクリとも動かない左腕に気付いた。
「あっちゃあ……。やるしか……ないよね……」
意識を失う前の攻撃で左腕を差し出したことで、肘部分が腐蝕に侵され千切れそうになっている。
満身創痍の今、再生できる力は残っていない。キソラの身体だから耐えられているが、放置していれば侵食されるのも時間の問題だ。
だから即座に決断する。
キソラは腐って脆くなった肘を炎を纏った右手で切り落とした。
「〜〜〜〜〜ッ!!!」
激烈な痛みに苦しみ、歯が欠けそうな勢いで食いしばる。
すると、涙で潤んだ視界の中に、宙を舞う左腕が黒く侵食されている光景が入ってきた。
肉を媒介にする
これ以上喰らわせてたまるかと、痛みを堪えながら千切れた腕を焼却。焦げた左腕が地面にぼとりと落ちる。
残った部分の切断面も燃やし侵食を防ぐ。
肉体が腐る痛みと切断の痛み、そして細胞と神経が燃えた痛み。筆舌に尽くしがたい、死ぬことよりも苦しい痛みがキソラを襲う。
それでも——
「こんな痛みにも身体が耐えられるなんて……、記憶を失う前の私はどれだけの痛みを与えられてたんだか……。こればっかりは覚えてなくて良かったね……」
刃物を突き刺され、ぐちゃぐちゃと弄り回される様な痛みが常に襲っているが、まだ耐えられると本能が告げている。
それはつまりこれ以上の痛みを味わったことがあるということ。自分が受けたリバース・アクトの壮絶さを心の底から思い知った。
だが、今はそれに思いを巡らせている場合じゃない。
「ま、動けるのなら是非もないってね。キミたちが作ったこの身体、思う存分使わせてもらうよ。皮肉に泣いても知らないんだから……!!」
最後の力を振り絞り、一気呵成に踏み込むとそれに合わせてヴァリアントも動く。ヴァリアントの夥しい選択肢を強いる攻撃に対し、キソラはその都度対応。地を砕き、瓦礫で攻撃と防御を両立させると、ヴァリアントが避けた先に放射した炎を置いておく。
炎を迸らせる度に、細胞一つ一つが焼けていくような強烈な激痛。
無数の針で突きされているような痛みを感じながらも、キソラは動くことをやめない。
それは確固たる意志のおかげもあるがなによりも——
「やるよ私。最後の仕上げだ」
キソラの顔に苦悶は一つもなく笑顔が浮かんでいる。痩せ我慢と言えばそうだが、そこにあるのは『未来』を見ている希望の笑顔。
その余裕がヴァリアントの全方位攻撃を全て躱させ、生じた隙を見抜く。狙いは、攻撃一辺倒の為にその比重を多くしたせいで薄くなった右わき腹。
そこに向かって急接近するとキソラは後ろに引いた右腕を勢いよく突き刺した。
腐蝕に侵される痛みがやってくるが、それは無視だ。
「じゃあね——」
右腕がなくなる覚悟で、キソラは葬送の炎を放つ。
高温で白くなった劫火はヴァリアントの肉体を突き破り、耐える間もなくその身を焼却させた。
「はぁぁぁぁぁぁ……。終わった……」
万感の思いと共に、疲労を吐き出す。
身体は満身創痍。左腕はなく、右腕も焦げている。頭痛は酷いし、今にも意識を失いそうだった。
それでも、キソラの心はかつてないほど充足感に満ちていた。
「さ、次だ次」
ミッションはまだ終わっていない。満足するのはアステリアたちと合流して、
左腕を拾い、ゆったりと、それでも確かな足取りで研究所の方へと向かうと地上から立ち上った【雷】が天を裂いていた。
誰の仕業かは一目瞭然だ。
「まったく、リアも無茶しちゃって」
中で同じように頑張っている仲間の姿を想うと、キソラの足が少しだけ軽くなった。
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