4-1 ファーストフェーズ

 空が怪しげに紫黒へと染まる中で微かに照らす散りばめられた小さな星々。まるで灰塵都市スクルータの未来を暗示するかの様な空の下、スペルビア戦闘員は三番街に差し掛かる各所にそれぞれ待機していた。


 ——灰塵都市スクルータを分断するような形で三番街を封鎖している分厚く巨大な黒き肉の壁。

 見方によっては檻とも言えるその壁は、腐食の散布を極力抑えるかの様に生成された『天井』も含め隙間はほとんどない。これならば、中で何をやっているかは誰も分からないだろう。

 例外は、四番街に直結した東壁と二番街に繋がる西壁にある扉。

 壁の一部をくり抜く様に作られたソレはC機関の調査のためだが、その裏には万が一が起きた時の為の通気口の様な役割を担わせている。

 ようは、全ての悪影響を灰塵都市スクルータに押し付けるというC機関の傲慢な処置だ。

 本来なら人類を守るべく造られたこの閉鎖措置が、いつのまにか悪意の塊へと変わってしまったその壁を前に、空き家で待機しているキソラは少しだけ緊張感を強くさせていた。


 ちらりとキソラは自分の姿を改めて確認し、同室にいるキョウカとアステリアに目を向ける。


「ねぇリア。今思ったんだけど、この隊服のジャケットってかなり目立たない? 夜に『白』って敵じゃなくても丸わかりでしょ」

「んー…出来ることなら黒く染めたくはあるんだけどね。L・A・Rを染み込ませた人工繊維を使用して作った服って、L・A・Rの再生機能が働いているのか白いままなのよね。まぁ、そのおかげで腐蝕に少しでも耐えられるようになっているんだから、これは受け入れるしかないわ。C機関の軍服も同じ理由で白にしてるんだろうし、一応効果は折り紙付きよ」

「C機関のアレは機能よりも高潔アピールの面が大きいわよ。我らは清廉潔白なりーって見た目だけでも見せておかないとこの世界の秩序を保てないみたいな?」


 そうして緊張感を和らげていると、基地で指揮を執っているソフィアからの通信で空気が一瞬で張り詰めていった。


『——ボス。各員、目標である東壁と西壁への配置完了いたしました。各所にて治安部隊の見張りも確認済みです。兵装は暗視ゴーグルにアサルトライフル。治安部隊がこちらの動きを読んでいると仮定して、そのマガジンの中身は腐蝕弾の可能性が高いでしょう。傍には自動車があり、決行時刻になれば離脱する算段かと。そのせいか配備されている人員は予想より少ないです』

「そう、分かったわ。ありがとうソフィア。——各員、聞いているわね。現状を見るに、今日C機関の計画が実行されることに間違いはないわ。作戦開始時刻までその場で待機。それぞれこの作戦に思うところはあるでしょう。最後の刻まで自分の心と向き合っていなさい」

『了解!』


 通信と指示を終え、アステリアが胸に手を当てて一つ息を入れる。


「とりあえず、一つだけ良い情報が手に入ったわね」

「そうね。C機関がコロージョンを発動させたとしても、治安部隊が新成国家オアシスへと逃げ出せる猶予が十分にあるのなら、ある程度はこっちも余裕を持って作業に移れるわ」


 コロージョンの散布装置は三番街の海に近い奥地。本作戦はそこまでキョウカを連れて行き、三番街の腐敗に満ちた環境データを『リグロス』に適合するように情報をリアルタイムで更新して打ち込むことで成功へと至る。

 それはもはや崖っぷちに片手をかけた状態に等しい死に際の極致。僅かなミスも、タイムオーバーも許されない。

 失敗=死だ。

 多少の余裕が生まれたところで、極度のプレッシャーから解放されるわけではない。


「二人とも、よく落ち着いていられるね……。私なんてまた緊張がぶり返してきて心臓が飛び出そうなのに……」

「何言ってるの? 緊張しているに決まっているじゃない」

「え?」


 アステリアがそう言って震える手を見せてくる。


「それ……」

「何百万人って人の命を背負って、『世界』と戦おうとしているんだもの。緊張しない人がいたらそれこそ狂人よ。でも、私はスペルビアのボスだから。弱さを見せるわけにはいかないでしょ?」

「トップが誰よりも不安な表情をしてたら、それは下にまで伝染するものなのよキソラ。そうなって体が動かなくなったらそれこそ失敗率を上げることになるわ」

「なるほど……。じゃあ、お母さんは?」

「私は……ほら、これでも大人だしあなたの親だからね。子供の前でみっともない姿を見せたくないって見栄よ見栄」


 肩をすくめどこか恥ずかしそうに笑うキョウカ。

 ただ、その声は震えておりそれは彼女なりの緊張を和らげるための軽口みたいなものだった。


「ま、キョウカのそれは置いといて、みんな緊張しているんだからアナタも今の内に落ち着かせておきなさい。今はそのための時間なんだし、なによりアナタは貰ったソレがあるでしょ」

「あ——……」


 左胸部分に刻まれた赤いスイセンを指さされ、キソラが手を当てる。その内ポケットには、ユウリから渡された『お守り』が入っていた。

 先祖の街に伝わっていたという、人を護る『想いの風習』。それを思い出し、キソラの身を案じてわざわざ作ってくれたユウリのその温かみ。

 どこかお守りに触れる手が優しく包まれていくのを感じ、バクバクと逸る心臓の鼓動が少しずつ落ち着いていった。


「よし、覚悟は出来たみたいね。時間も丁度いいし、始めるわよ」

「うん。時間かけてごめん。いつでもいいよ」


 顔を引き締め、最後通牒をするアステリアにキソラは深く頷く。

 心はもうブレることはない。


「良い返事よキソラ。——総員、傾注。作戦時刻になったわ。『リテルステラ大地の再生』ファーストフェーズ、開始……!」


アステリアからの一斉通信で、東壁・西壁で待機していた各部隊が同時に動き始めた。



 ——開幕のベルは、見張りをしている治安部隊へのフラッシュバンから。真っ黒に塗りつぶされたキャンバスに、白い絵の具をぶちまけるかの如く、暗い街が白く染め上げられる。

 

「ぐあああああ!」

「敵襲! 敵襲!!」

「現れやがったな……! 世界を汚すゴミが……! 全隊、回復した者から敵を撃て! 皆殺しだ!」


 暗視ゴーグルをかけていたことで、強い光によって目が焼かれ出鼻をくじかれた治安部隊。銃撃音と共にサイレンが鳴り響き、壁の中から待機していた五人一組の隊がもう一つ出てくる。


「よーし! 怯むなよお前ら! ここを突破しなきゃ、なにも道は開かれねぇんだ! 気合入れろぉ!」

「おおおおおお!!」


 東壁。キソラ達が待機する場所で、ディアラが率いる十六人隊が先陣を切る。目の前に、よろける兵士がいれば一人が拳銃で胴体を撃ち、もう一人が接近してナイフでとどめを刺す。

 二人組で一確殺。アサルトライフルの様な高火力を持てないスペルビアは、リスクと安全性を絶妙なバランスで切り替えながら行動しなければすぐにその身体は腐り墜ちる。

 マズルフラッシュに炸裂音、腐蝕弾によって溶ける壁や腐敗の臭い。つい先程まで平穏だった二番街と四番街は瞬く間に苛烈な戦場へと変貌した。


「どうしたヨシハル! そんなへっぴり腰じゃ、あとに続く奴らを守れねぇぞ! 敵がまだ混乱している間に、一人でも数を減らすんだ!」

「……ッ、分かってます!」


 まだド新人のヨシハルのペアは、ベテランのディアラ。トドメ役のディアラを援護する形でヨシハルがついているのだが、ほんの僅か。躊躇いによる咄嗟の判断が鈍く、狙いが甘い。ディアラが危なくなる場面は何度かあった。

 それでも、既に三人減らしているのだからディアラの胆力と実力は並外れている。

 敵の数は残り一隊だ。


「危ないッ……!」


 兵士の喉をかき切ったディアラの後ろ、一人浮いていた兵士がディアラに狙いを定めている。なにもしなければ絶死の位置。

 それに一瞬で気付くと、ヨシハルは無心で引き金を三回引いた。


「ぐあっ……!」


 放った弾丸は、脚と腹を撃ち抜き兵士がよろめく。寸前で放たれていた腐蝕弾は目標ディアラを穿つことなく、あらぬ方向に飛んでいった。


「——ッ! ナイスだヨシハル!」


 倒れ伏していく兵士に一瞬で近づくと、ディアラが喉にナイフを突き刺して命を絶つ。

 これが最後の一人。壁内部の伏兵も確認し、東壁の制圧はこれにて完了。西壁の制圧ももうすぐ終わるとの報告も入った。

 腐蝕弾を食らってしまった隊員もいたが、隊服のおかげで腐蝕には至らずかろうじて摩擦熱による軽傷で済んでいる。

 軽傷者七名、重傷者はゼロ。上々の結果だった。


「はぁはぁ……」


 地面が血に染まった上で、息を必死になって落ち着かせるヨシハル。彼の目には倒れ伏した兵士の姿があり、ここが正しく戦場だという現実を突き付けていた。


「これに慣れろとは言わないが、ここは耐えろよヨシハル。今はまだ作戦が始まったばかりなんだからな」

「……分かってますよディアラさん。もう、大丈夫です。ボスがくれたあの時間で覚悟は出来ていましたから」

「ならいい。とりあえず今は自分が無事だったことを喜べ。——ファーストフェーズ、終了だ」


 息を整えるヨシハルの背を優しく押し、ディアラがアステリアに向けて通信を入れる。

 初っ端から凄絶な現場になったが、ここからが本番。

 ——セカンドフェーズの始まりだ。

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