3-5 ブリーフィング

 スペルビアのブリーフィングルームは、仄暗い光が等間隔に整列された黒いベンチを照らす、広い長方形型の室内。学校の教室の様なその部屋の前方部には教壇があり、壁には横三メートルほどのホワイトボードが。

 キソラとヨシハルを含む戦闘員六十一名がそのベンチに緊張感を持って座っている。

 そんな彼女たちの視線はスペルビア作戦指揮官である色白の妙齢——ソフィアに注がれていた。

 首元まである真紅の髪を低い位置で纏めている彼女はスペルビアの制服を着ているが、それはどこか軍服的。下からブーツに多少のゆとりがある黒のパンツ。上は黒のカッターシャツに細長く剣の様な赤黒のネクタイが結ばれ、その上にタイトなスペルビアの白ジャケットを羽織っている。

 鋭い切れ長の眼差しは銀縁の眼鏡越しでも伝わり、硬い表情からは威圧感しか感じさせない。

 その隣にボスたるアステリアが足を組んで座り、ソフィアと話し合っている。


「……相変わらずソフィアさんの貫禄は半端ないな。知らない人が見たらあの人をボスだと思うぞ」

「だよねー……。何度見ても、エステルとソフィアが双子だなんて信じられないかも」


 緊張感を紛らわす様に、ヨシハルがソフィアをだしに使うとキソラもそれに合わせる。

 ふわふわとして周りを和ませる姉エステル・スノーに、ビシビシと突き刺す様な雰囲気を出す妹ソフィア・スノー。

 二人の印象が真逆すぎて、赤髪じゃなければ想像すらしないだろう。


「——総員、傾注」


 静かに、それでいて重く呟かれたソフィアのそれに空気がより一層と引き締まる。


「こらより話すことは調査班からの確定情報です。『C機関によるエイジア・ローシャン区全土の灰塵都市スクルータ消滅計画』が遂に実行段階に入りました。我々スペルビアはこの計画を防ぐ為に行動します」

「——ッ!」


 この場にいる誰かが息を呑む。覚悟を決めた笑いを見せる者もいれば、顔を引き攣らせる者、震えを抑える者など三者三様の様相だ。

 けれど、全員がしっかりと前を向いている。それは新米のキソラとヨシハルも同じだ。

 ここにいないユウリも含めて、あの学校の場面でC機関がやろうとしていることは聞いていた。

 戦意を昂らせる構成員たちを見てソフィアが一つ頷く。


「結構。では、新人もいることですので改めて本計画の調査の始まりから説明致しましょう。——きっかけは、不自然に流れ始めた灰塵都市スクルータの裏市場です」

「裏市場……?」

「さっきヨシハル、食堂で『こんなのが毎日食べられる』って言ってわよね? あれ、実を言えば毎日食べられるわけではないの。あんな大判振る舞いはここ数か月だけのこと。三ヶ月前のある日を境に、結構な数の『本物』が灰塵都市スクルータの裏市場に流れてくる様になったのね。新鮮な食材に——例えば『土』とか『種』とか」


 言葉を引き継いだアステリアの言葉でキソラが思い出したのが、一か月前のあの日ヤマトが何気なく渡してきた新鮮なトマト。

 その時も疑問には思っていたが、そもそも普通に考えれば、裏ルートとはいえ土や種が灰塵都市スクルータに流れてくること自体があり得ないことだ。

 本来なら灰塵都市スクルータでそれを手にできるのは統治するC機関の者やコネがある権力者だけ。C機関でなければコネもない、ただの一露店の人間にまで手が届くということは不自然極まりない。

 新成国家オアシス以上なら当たり前に手に入るモノだからこそ、灰塵都市スクルータに高値で売り付けたり、最期の晩餐と言わんばかりに群がる貧民を見て愉悦に浸る。

 見下す権力者が考えそうなことだ。


「そうして灰塵都市スクルータの状況を探るべく我々は調査を開始し、少しずつ手に入れた情報を確認するべく、ボスを含めて何度か派遣していたのです」

「あの日、C機関の部隊に一杯食わされたのは癪に障るけれどね。でも、私があの日露店で見つけた培養器クルトゥラは中古品とはいえちゃんと本物だったわ。しかも、壊れた箇所も見当たらない……ね」

「ここまで不自然が過ぎれば、それはもはや異常事態に他ありません。そこで深く調査した結果判明したのが、増える物流に対して減っていく人の流れ。そのいずれもが、C機関に連なる者や新成国家オアシスに上がれそうな人たちばかりでした。そこに、灰塵都市スクルータの寿命とこの時はまだ仮説段階でしかなかったC機関の計画を照らし合わせると……——」


 ——崩壊する大地から、かれらを一足先に避難させた。

 その流れが足りなかった情報に説得力を持たせている。

 

「いつC機関が動くかは分かってるのか?」


 壁に背を付けて立っていたディアラが手を挙げて質問する。


「ボスが殺した治安維持軍の一般兵から回収した端末から深く潜って情報を獲った結果、二日後ということが分かりました」

「情報をまた掴まされたって可能性は?」

「充分あり得るでしょう。我々は一ヶ月前に一つの部隊を消していますからね。組織にそれが伝わっていないわけがありません」

「向こうからすれば、ずっと情報を探る為に何回もちょっかいかけてくる目障りなレジスタンスだもの。ハッキリ言ってこの一ヶ月、報復も対処もなかったのはおかしいわ」

「ってことは……それにかかる時間的余裕がないか、どうせ死ぬ命だから見逃されている?」

「でしょうね。アイツ等基本、灰塵都市スクルータの人間を見下すのが趣味みたいだし」


 侮蔑の表情でアステリアが悪態をつき、かつかつと踵で床を鳴らす。それに釣られて、構成員たちの形相が一斉に怒りに変わった。

 その昂った熱意をソフィアが窘める。


「落ち着いてください、まずは冷静に。抜き取った情報によると、C機関が灰塵都市スクルータを滅亡させるために、今は封鎖された三番街の秘匿研究所跡を使うとのことです」

「……秘匿研究所?」

「人類の運命を背負いながら、災厄をもたらした因縁の地よ。そして、キソラと私たちが交わることになった始まりの場所でもあるわ」

「それって……!!」


 灰塵都市スクルータ三番街、秘匿研究所。そこはキソラが産まれ、アステリアの父が死に、第一次大規模腐蝕事変が起きた元凶の場所。

 スペルビアがC機関の計画を防ぐことは、十年前の因縁に決着をつける戦いでもあった。


「三番街は腐蝕に汚染され、ほぼ死んだ街です。今は封鎖することで腐蝕の拡散は免れていますが、それも完全じゃありません。腐蝕という現象は、腐った箇所からどんどん広がっていくものです」

「それって……大地の寿命の限界が早まっているってこと……?」

「そうですキソラ。三番街以外で頻繁に起こるようになった腐蝕もそれが原因です。そしてこの現状はいずれ、新成国家オアシスにまで及ぶでしょう。だからこそ、そうなる前にエイジア・ローシャン区のC機関は灰塵都市スクルータ滅亡間引きすることに決めたのです」


 その間引きの方法こそが、【黒い胞子】——【コロージョン】の散布。腐蝕事変の現象に目を付けたC機関は、三番街の大地を原料にL・A・Rラルの指向性を微生物に定めることで、恣意的な腐蝕の活性化に成功させたのだ。

 『露店通り』が壊滅的被害を負ったのは、C機関にとって【コロージョン】の範囲を絞った実証実験でしかない。

 かれらが認めている命の範囲に灰塵都市スクルータの住民は入っていなかった。


「あの、C機関がやろうとしてることは分かったんすけど、間引き……した後の大地はどうするつもりなんすか……?」

「簡単なことです。生成炉心エクスビボに新たな大地を生み出してもらうだけですよ。生成炉心エクスビボの生成限界は四千平方キロメートル。それ以上の拡張は出来なくとも、失った部分の補填は出来ます。だから、冷静かつ冷酷にこの判断を行えるのですよ」

「加えて、がめつい奴らは新しく生成された大地に人を住まわせて利権を得る為にもう動いているわ。彼らの頭にはもう灰塵都市スクルータは存在していないの」


 大を生かすために小を切る。

 人類の生存を考えるだけならC機関の行動は間違っていないだろう。大局的に見たら間違っているのはスペルビアの方かもしれない。

 だが、救える可能性があるのに灰塵都市スクルータに住まう数百万人の命を無惨に失わせることを許すことは出来ない。スペルビアにいる者は腐蝕のせいで既にナニカを失った人たちの集まりなのだから。


 キソラも自分の手のひらを見つめて思いに耽る。大好きな街と人を救うため、やれることはなんでもやると。

 今この手の届く範囲は、これまでより遥かに広いのだ。


「——では、これにてここに至るまでの説明は終了。ここからは、C機関の計画を防ぐための作戦の概要に移らせていただきます。

 予想される敵は三番街の閉鎖を守るC機関治安部隊。彼らが放つ腐蝕弾をかいくぐり、三番街内部に侵入して秘匿研究所に突入。散布されるコロージョンを、つい先程キョウカ史が完成させたL・A・Rに変え三番街を『復活』させるのです」

「完成型L・A・R……! 遂にやり遂げたのか……!」

 

 ディアラの喜色を含んだ驚きの声に重くなっていたブリーフィングの雰囲気が活気づいて歓声の声をあげる。

 L・A・Rの完成こそ全てを覆す逆転の一手。キソラ奇跡の存在、キョウカの経験と知識、クリス・ウォーカーによって紡がれた意志がそこに集約されていた。


「薬の名前はL・A・R改め、再生の輝き『リグロス』。作戦名は『リテルステラ大地の再生』。何が起こるか分からない三番街内部には、腐蝕の影響を受けにくいキソラとアステリア、そして『リグロス』を打ち込む実行者キョウカ史。それ以外の戦闘員は、彼女たちを送り込むため全力で治安部隊を抑えてください」


 頼むぞ——と言わんばかりの視線を受け、キソラが大きく頷く。隣にいたヨシハルは黙って拳を出し、そこにコツンとキソラも拳を合わせた。


「実行は二日後の夜二一〇〇フタヒトマルマル。総員、生き抜く覚悟をお願い致します」

「やるわよ皆。私たちの手で、腐蝕を壊すのよ——」

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