2-2 失意の真実

「まさか、こんな壊れかけの街に学校が本当にあったなんてね。それに私たちが望んでいるモノもまとめて揃ってるなんて、自分の運の良さに驚いちゃうわ」


 場を律するかの様な怜悧なその声。蠱惑的な笑みを浮かべながら、アステリアは保健室に入ってきた。その後ろには従者の様にディアラが立っている。

 毅然とした二人のその態度。

 我が物顔でキソラたちを見据える彼女の雰囲気に全員が飲み込まれ、場の雰囲気が一瞬にして掌握されていた。


「君は……あの時の……」

「その節はどうも。またアナタに会えて良かったわ」


 キソラが思い出した記憶に映る銀髪の少女の顔と目の前の顔が一致。

 普段なら、彼女が無事だったことに胸をなでおろすキソラだろうがそんな余裕は今の彼女にはない。アステリアが唐突に放った言葉のせいで頭の中はぐちゃぐちゃにされていた。

 焦燥感が自分の中でより強くなっているのをキソラは感じ、アステリアもそれを理解しているが無視して言葉を紡ぐ。


「それにしても、色んな人に話を聞いた時には耳を疑いましたよ。駄目じゃないですか、雲隠れしたいならもっと目立たず生きていかないと。いくら壊れかけの街とはいえ、人の目がある以上情報はどこまでも拡散されるんですから。——ねぇ、等々力キョウカ助手。あ、ここでは『せんせー』ってお呼びした方が良いですか?」

「あ、貴女は……!」


 ハッキリとキソラ達に聞き馴染みのない肩書でキョウカを呼んだアステリア。

 それに呼応するかのようにキョウカは震える腕をぎゅっと抑える。キソラ達と同年代と思えるアステリアに対して恐怖を抱いていた。


「はじめまして、等々力キョウカせんせー。私の名前はアステリア・ウォーカー。父、クリス・ウォーカーが生前大変お世話になったみたいで、ずっとお礼を言いたかったんですよ」

「ウ、ウォーカー博士の、娘さん……!? そ、そんな……! う、嘘よ……!」

「嘘じゃないですよ。正真正銘、娘です。父とアナタが執筆した『ウォーカー・レポート』だって私の手元にありますよ」

「——ッ!」


 そう言って、アステリアが懐から小さな記録媒体を取り出すのを見ると、キョウカの瞳がより一層開かれる。

 すると途端に怯えは酷くなり、視線はブレブレ。アステリアたちを捉えようとせず、それはまるであらゆる現実から必死になって目を逸らしているようだった。


「アナタが信じようが信じまいがは、今はどっちでもいいですよ。ただ、この『ウォーカー・レポート』を実現させる為には、どうしてもアナタの力が必要なんですよね」

「ま、まさか貴女たち……! アノ実験をやるつもり……!?」

「C機関じゃあるまいし、そんな野蛮なことするわけないじゃないですか。別のアプローチを考えた上での新しい実証実験です。まぁ、結果が狂気に染まることに間違いはないでしょうけど」


 声を震わせるキョウカに対して、一切声色も感情もブレさせないアステリア。場は完全に、この対極いる二人のモノとなりキソラ達は事態が全く飲み込めないでいる。


「そ、それなら私が手伝うことはないわ……! 私はもう二度と、それには関わらないって決めたの……!」

「そうは言ってもですね。この世界の状況は逼迫しているわけで——」


「————もう、いい加減にして!」


 保健室に轟く悲痛の叫び。

 アステリアとキョウカがそちらに目を向けると、そこんは息を荒げながら感情を爆発させたキソラの姿があった。


「二人がどんな関係なのか、なにかをしようとしているのか、大事なことなんだろうけど私にはどうでもいいの! 起きてからずっと、もう何がなんなのかさっぱり分からない……! ねぇ、まずは教えてよ……! 私はなに!? 人間じゃないってどういうこと……!?」

「………」


 その端整な顔を歪ませながら、訴えるキソラ。けれど、この期に及んでもキョウカは答えようとしない。


「はぁ……。まったく、自分の娘にくらい事情はちゃんと話していなさいよね。いいわ、アナタが欲しい答えは私が教えてあげる」

「あ、貴女何を勝手に……!」

「自分の娘にこんな顔させて、責任も何も取らないのなら黙っていなさい。子が向き合う現実に親が目を逸らしてどうするのよ」


 丁寧な口調を変え、怒りを込めた視線をキョウカに叩きつける。それを受けて黙ったのを見て、アステリアは冷たさを感じさせる声色でキソラ達に話しかけた。


「それで、アナタは本当に知りたい? 事実はアナタの心を傷つけるかもしれないわよ」

「いいよ……! 自分が何者なのか、もう見て見ぬふりなんて出来ない……!」


 それは、覚悟の表れ。

 これまで常人を遥かに超えた力を振るいながら『自分はそういう生き物』と誤魔化してきたが、それも限界。

 人を簡単に殺して燃やすなんてものを行って、今まで通り生きていくなんて出来なかった。


「分かったわ。単刀直入に言うわね。——アナタは人間じゃなくて『モノ』なの」

「私が……モノ……?」

「キソラ……」


 無感情に突き付けられたその言葉に、ごちゃごちゃしていたキソラの思考が真っ白になる。身体は震え、温める様にユウリが抱きしめるが今のキソラは彼女の重みを感じる余裕すらなかった。


「アナタが知りたいのは、なぜそうなったかよね。——丁度良いわ。ここは学校だし、答えも兼ねてお勉強の時間にしましょう。そこの男の子、そもそもこの地における腐蝕って何だと思う?」

「えっ……!? 言葉通り、物質が腐ることなんじゃ……。例えばこの地面とか建物が一瞬にしてグズグズになるみたいな……」


 咄嗟に投げかけられた問に、唯一思考が無事だったヨシハルは学習した内容をひねり出した。


「えぇ、間違ってないわ。この新成培養大陸ペタフロート全土があまねく抱えるこの腐蝕問題。けど、本当に問題なのは何故それが起きているかなの」

「何故、起きているか?」

「正解は寿。いくら生成炉心エクスビボが永久機関とはいっても、生み出される超万能培養細胞ハピリスが永久とは限らない。物質である以上、個体の限界は絶対に来るのよ」

「ってことは、もしかして……! そういうことなのか……!?」


 アステリアが語る事実に、ハッとなったヨシハルが思わず口を手で覆う。その手の奥から見え隠れする表情には恐怖が満ちていた。


「どういうことヨシハル……?」

「腐蝕が細胞の寿命なんだとしたら、ソレが真っ先に起こる場所はこの大地が最初に生まれたところ……。つまり、新成培養大陸ペタフロートの端に位置するここ灰塵都市スクルータだ……」

「その通りよ。灰塵都市は落伍者たちが集まって作った街じゃない。いずれ腐り墜ちる場所に、価値の低い人間を造られた街なのよ」

「——————」


 冷酷、そして無慈悲に突き付けられた、自分たちの世界の成り立ち。

 存在意義が土台から瓦解していくかの様にキソラ達は感じていた。


「ただ、灰塵都市を造ったところでそれはただ人をそこに捨てただけ。細胞の寿命っていう根本的な課題を課題を解決しないことには、人類に未来はない。だから、今から29年前にV5主導の下、C機関による延命措置対策が取られたの」


 そこから滔々に語られるのは、C機関による対策の数々。

 新暦375年に、細胞を劣化させない為に栄養剤の様なモノを開発。人にも転用できるそれは【免疫接種イミュニティ】と呼ばれ、然るべき施設から大地に打ち込むことによって大地の劣化を遅らせていた——。


「な、ならそれを続けていけば……」

「それが出来たなら話は簡単だったんだけれどねユウリちゃん。【免疫接種】に出来ることはあくまで劣化を遅らせるだけ。人の健康状態は保てても、新成培養大陸ペタフロートの劣化を完全に抑え込むにはパワーが足りないのよ。——そこで、私の父と等々力キョウカ助手によって生み出されたのが【ウォーカー・レポート】」

「——ッ!」


 その言葉を聞いた途端、キョウカがアステリアを止めに入ろうとするがそれをディアラが遮る。

 アステリアは一瞬だけキョウカに視線を向けると、何かを耐える様に瞼を閉じてから、無表情で言い放つ。

  

「人間が持つ免疫獲得能力と細胞の老化に密接に結びついているテロメアに着目してクローン人間による人体実験を開始。細胞の劣化と思われるあらゆる負の原因をその体に打ち込み続け、最適な免疫を獲得させるとそれを抽出して大地へと打ち込むの」


 どれだけクローンが無残な姿になろうとも、免疫を獲得するまで何度も何度も何度も行われ続けた狂気の所業。

 世界を、人類を救うために彼・彼女らは『モノ』として消費され続けていた。


「けど、結果は失敗の連続。何千回と繰り返されたその実験は、コストの高さと資源の無駄から白紙に戻され、大地の寿命という課題は振り出しに戻る——はずだった」

「も、もしかして……」


 掠れ、言葉にならないほど震えるキソラの声。か細く小さなその声は、しかしこの静かな保健室に嫌に響いて聞こえた。


「そう。それはまさに奇跡の産物。アナタが唯一の成功例なのよ、等々力キソラ—―いえ、こう呼ぶべきかしら」


 言葉を切ったアステリア。彼女の金色の瞳は、怯えるキソラを無感情に捉えている。







「K-3641号」

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