第339話 青天の霹靂

 エントランスには貴族令嬢が集まっていた。俺達が急いでそこに行って、直ぐに話を切り出す。一刻も早く彼女らを王都に返してしまわないと、いつ何が起きるか分からない。なんとなく令嬢達も、ただならぬ雰囲気は掴んでいるようだ。


 ソフィアが話を始めた。


「皆様。おはようございます」


「「「「「「「おはようございます」」」」」」」


「朝から元気があってよろしいですね。実は大切なお話があるのですが、良く聞いてください。ヴィレスタンでの研修は今日で最後となります。聖女様のお仲間が使役する、魔獣の馬車に乗って急いで王都に帰っていただく事になりました」


 それを聞いて貴族令嬢達がざわついた。子爵令嬢のミステルが手を挙げて質問する。


「恐れ入ります! ご予定では、これから四日ほど滞在するのではなかったでしょうか?」


「そのつもりでいました。ですが、急遽、聖女様との話し合いがもたれ、ヴィレスタンと王都の差をその目で確かめていただきたいという事になりました。そこで聖女様のお仲間である、マグノリアさんの馬車に乗って戻っていただく事になったのです」


「そう言う事でございましたか」


「研修ですので、どのような動きがあってもそれは学びとなります。ここは黙って私達に従っていただけますようお願いいたします」


「「「「「「はい!」」」」」」」


「では聖女様」


 俺にバトンタッチした。


「あー。みんなごめんね。本当なら後四日だったけど、ちょっと王都の様子も気になってね。急遽王都に戻る事にしたんだ」


 ミステルが言う。


「いえ! 聖女様。お謝りにならないでくださいませ!」


「急な変更で申し訳ないなと」


「これも勉強。先ほどソフィア様がそうおっしゃいました!」


 すると他の令嬢もうんうんと頭を揺らす。何て聞き分けが良い子達なんでしょう。


「ありがとう。それじゃあ…」


 と、俺がこれからの段取りを話そうとした時だった。バン! と玄関が開いて、第二騎士団のレルベンゲルと騎士が入って来る。


「ルクセン様はおられるか!」


「な、何事です?」


 俺が言うと、第二騎士団のレルベンゲルが俺を見つけたようだ。


「聖女様! 恐れ入りますが、ご報告が御座います!」


 な、なにやら、嫌な予感しかしない。めちゃくちゃ切羽詰まってるし、普通なら失礼極まりないのだが、レルベンゲルは相当焦っているようだ。


「そ、それなら場所を移して…」


 すると階段の上からルクセンが現れた。


「外に騎士団の行列が見えたでな! どうした! レルベンゲル!」


 うわあ。こりゃマズい…貴族令嬢に耳を塞げとも言えないし。


「は! ルクセン様! 東スルデン神国及びアルカナ共和国、共に挙兵しました! 峠の向こう側には先兵が詰めており、こちらの動向を探っているようなのです!」


 あーらら。言っちゃった。


 それを聞いた貴族令嬢達が、ざわつき始める。この国境沿いに居て、隣国とその隣の国が兵隊を差し向けて来たと聞いたのだ。そりゃざわつくに決まっている。


 するとミステルが俺に聞いて来る。


「聖女様…この事でしたか」


 既に兵を挙げてきているというのであれば、隠し事も出来ないだろう。


「それは今、私も初めて聞きました。そう言う雲行きであると耳にはしていたのですが、挙兵したとなると急いで王宮に知らせないといけません」


 不安そうな令嬢を前にソフィアがぴしりという。


「でも狼狽える事はありません! むしろここで私達がそれを聞いたのは、不幸中の幸いであったという事でしょう。こちらには聖女様とお仲間がいるのです。でなければ、その情報は数日遅れになっていたでしょう。情報は本日中に王宮に届けられます。如何に敵が動いたとしても、それほど早くこちらに進軍する事は出来ません。その間に、皆様を王都にお送りする事は十分できます!」


 そうそう! ソフィアの言う通り!


 俺も言った。


「だから落ち着いて! あなた方は無事に帰します」


 だが…貴族令嬢達から、斜め上の回答が出て来た。


「いえ! 私達も戦います!」


 へっ?


「そうです! 騎士様や今訓練されている、シーノーブル騎士団も戦うのではありませんか?」


「い、いや。まだ攻め入って来ると決まったわけでは無いし」


「でも!」


 だがソフィアが諫める。


「よろしいですか皆様。あなた方がいたところで、戦力にはならないのです。むしろ騎士様の足かせになってしまうでしょう。万が一、あなた方が人質に取られようものなら、それこそ国の足を引っ張る事になりかねません!」


「「「「「「……」」」」」」」


 ぴしゃりと言ったソフィアに、貴族令嬢達が沈黙した。だがマジでソフィアの言う通り、戦いの場所に居たところで足手まといにしかならない。


 その話を聞いていたルクセンが言う。


「お取込み中、申し訳ないのじゃが、わしがすぐに陛下に書簡をしたためるのじゃ。聖女様のお仲間にお願いしてもよろしいか?」


「大丈夫です。直ぐにご用意ください」


「うむ」


 そしてルクセンとレルベンゲルは執務室の方へと向かって行った。俺はすぐにマグノリアを呼ぶ。


「マグノリア!」


「はい!」


「一度、私と一緒に王宮に行く! 日帰りできるのは、あなたのヒッポだけ。王城には私がいないと入れないからね。急いでヒッポを呼んで馬車を繋げなさい」


「はい!」


「リンクシルとアデルナ、ルイプイ、ジェーバはそれを手伝って!」


「「「「はい!」」」」


「シーファーレン! 私がいない間、御令嬢達を守って」


「御心のままに」


「ソフィアは皆を導いて」


「もちろんでございます」


「ロサ! 研修中の子達を守って! もし騎士団の手伝いが出来るようなら申し出て」


「わかりました」


「各自状況が分かるまで部屋で待機」


「「「「「「はい!」」」」」」


 皆がざわざわしているが、俺は聖女邸のみんなに告げる。


「私が留守の間、皆の世話をお願いする」


「「「はい」」」


 皆に指示を出し終えたところでミリィに言う。


「ミリィ。私は王宮へ行く、身支度を」


「はい!」


 俺とミリィが部屋に戻り、王宮へ行くための相応しい衣装へと着替えた。身だしなみを整えて、エントランスに降りていくとルクセンとレルベンゲル、ウェステートとウェステートの父親シベリオルがいた。


 そこで俺が言う。


「ルクセン卿。お供していただきます」


「うむ! シベリオル! 留守の間は指揮を任せる!」


「は! 父上! お任せください」


 そして俺がレルベンゲルに言う。


「大所帯で大変ですが、南方と中央の国境に目を光らせて。鉱山付近も抜け道があるやもしれない」


「既に配置しております」


 それを聞いてルクセンが言う。


「では聖女様まいりましょう!」


「はい。アンナ! 行くよ」


「分かった!」


 そして俺はもう一度、ソフィアに言う。


「貴族令嬢の事は王城で確認してきます。それまで不用意な行動に出ないように」


「かしこまりました」


 俺とアンナとルクセンが庭に行くとヒッポに馬車が取り付けてあった。マグノリアに向かって言う。


「王城へ」


「はい」


 三人が乗り込み、馬車に繋がれたヒッポは空高く舞い上がるのだった。

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