第323話 全ては聖女の自己満のために

 そうしてようやく俺達は無事、ヴィレスタン領に辿り着く。領地の入り口付近には、領主のルクセン自らが騎士団を引き連れて迎えに来ていた。


 ルクセンが馬を下りて、俺の所に来て頭を下げた。


「聖女様! 久しいですのじゃ」


「その節は尽力いただいてありがとうございます」


「それはこちらの言葉ですな」


 そして、俺は周りをきょろきょろと見渡す。


「どうされた?」


「ウェステートは来ていない?」


「御屋敷でお出迎えの準備をしておりますがな」


「そうなんですね。それは楽しみだ」


「公爵様の御令嬢はどちらですかな?」


「すみません。研修中は身分の上下を無くしております。特別扱いはソフィアが嫌がります」


「そうじゃったか。噂通り真面目な方なのじゃな」


「はい」


 ここまで来れば、あとは辺境伯らが守ってくれる。俺達は警戒する事も無く、気楽に旅路を楽しむことにした。騎士団のテコ入れもあった為、治安も安定しているらしく市民達の表情も心なしか明るいようだ。


 すると馬車の外から声がかかる。


「聖女様!」


 俺がひょこっと覗く。


 えーっと…誰だっけ?


「第二騎士団長のレルベンゲルに御座います」


 レルベンゲルは、俺の表情を見て自ら名乗った。


「あら、こちらにいらっしゃるのですか?」


「第四騎士団長が不在の為、兼務となっております」


 そりゃご愁傷様。大変なこった。


「わざわざシーノーブルの護衛に?」


「聖女様の偉業は辺境にも届いております! 話が聞こえてくるたびに、騎士達のやる気にもなっております!」


 なるほどなるほど…コイツは、地方に聖女騎士団を作るのにいい情報を持ってそうだな。俺は相手したくないけど、ロサ達にはいい勉強になりそうだ。


「レルベンゲル団長」


「は!」


「恐れ入りますが、我々の研修にお付き合いいただけないだろうか? いろいろと聞きたいことが御座います」


「は! 喜んで!」


「ルクセン様には私から言っておきます」


「ありがとうございます!」


 そしてレルベンゲルは走り去って行った。


 アンナが笑う。


「使える者は何でも使うか」


「当たり前じゃない。何のための研修かって事だよ」


「そのとおりだな」


 すると馬車の先にデカい都市の城壁が見えて来る。城門を潜り市中に入り込むと、ルクセンが俺の馬車にやって来た。


「恐れ入りますがの、聖女様は馬には乗れましたかの?」


「いいえ。ですが私の騎士が乗ります」


「では馬を用意しましたので、それでいかがでしょう?」


 俺がアンナを見る。


「問題ない」


「では」


 そうしてアンナの操る馬の後ろにまたがった。そのまま馬車列がすすみ、俺達はルクセンの隣りに並ぶ。俺達が市中に入った時だった。


「聖女様だ!」

「本当だ!」

「聖女様がいらっしゃってるぞ!」

 

 拝みだす奴もいて、次々に市民達が気づいて行く。歓声が上がり、道の両脇には所狭しと市民達が押し寄せていた。


「これが狙いか」


「聖女がいるうちは、周辺地域からも人が来るだろうからな」


「なるほどね…案外、抜け目がない爺様だ」


「地方じゃ、それこそなんでも利用するんじゃないか」


「みたいだ」


 するとルクセンの城が見えて来る。門が開き中に馬車が入り込んでいくと…。


 いたー! ウェステートが手を振っている。隣りに立ってるのはお父さんだ。


 俺が馬を下りると、ウェステートが小走りに駆けつけて来る。


「聖女様!」


「久しぶり! ウェステート!」


「こんなにすぐ、お会いできるなんて思ってませんでしたわ!」


「少しの間滞在するので、よろしくね」


「はい!」


 うん。やっぱ可愛い。久しぶりに会ったけど、その可愛さは変わっていない。そしてそこにソフィアと貴族子女達が集まって来る。するとソフィアを見かけたウェステートが、すぐに丁寧にあいさつをした。


「ソフィア様! ごきげんよう!」


「あの、研修期間は上下関係はないのです。ウェステートさん。様はよしていただけます?」


「は、はい。ではソフィアさんでよろしいでしょうか?」


「かまいません」


 ソフィアの方から遜ってくれた。


 めっちゃうれしい。


「では、みなさま! 長旅お疲れ様でございました! まずはお茶の用意が出来ておりますので、お荷物を置いてエントランスにお集まりください!」


「「「「「「はーい」」」」」」」


 麗しき花園やないかーい! ええ香りやあ。


 こうして俺の…いや、俺達の、百合の花咲く女尊男卑社会化は実行されていくんやああ。


 エントランスに集まると、とてもいい香りのするお茶とお菓子の香りがしてきた。舞踏会場には立食パーティーのような丸テーブルと、周りに椅子が用意されている。そして部屋の隅には四重奏の楽器隊とピアノが用意されていた。


 流石…ウェステート。俺の書簡にあった通りに早速用意してくれている。


「それでは皆様。音楽鑑賞をしながら軽い軽食をお楽しみください。またこれは研修会だと聞いておりますので、食事の後は日頃練習なさっている皆さんの舞踊を御披露いただけくようになります」


 皆が拍手をした。


 ふはははは。俺が日夜ソフィアの為に血のにじむ練習をして来た男踊りで、ソフィアだけじゃなくウェステートやほかの女子と合法的に踊るのである! 聖女の性能が、バケモノ退治や戦争で人をぶっ殺す事だけじゃないところを、見せてやる! 研修の全ては、俺の自己満の為にあるのである!


 アンナがボソリという。


「聖女! 顔!」


 イカン…。どうやら俺は悪い顔をしていたらしい。


 ニッコリ笑って、皆と同じように上品に拍手をするのだった。

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