第306話 感動の帰宅

 俺達は第一騎士団に護衛され、ようやく聖女邸に帰って来た。だがその様子が少しおかしい。


「あれ? 外壁が高くなってる?」


 すると、一緒に来ていたフォルティスが厳つい顔で言う。


「聖女様のお仲間に、万が一の事があってはならぬと陛下が命じました」


 良き! これなら外から全く見えないし、確かに安全っちゃ安全だ。


「それはそれはありがたき…」


「かつ…」


「えっ? 他に何か?」


「国中から大量の魔導士を集めて、防御魔法をかけて強固な結界にもなっております」


「え。そうなんですか?」


「すべて公費で賄われたそうですよ」


 マジか…。宰相がトリアングルムからの褒賞について、いろいろと食ってかかって来るなと思っていたら、めちゃくちゃ金を使ったからか。


「良かったんでしょうか?」


「聖女様、むしろ当たり前の事かと。トリアングルムの王子の話を聞いて我も確信しました。むしろ、これでもまだまだ足りないのではないかと思っております」


「はあ…」


「周辺警護は常時警戒となり、我が第一騎士団と近衛、聖騎士が持ち回りで行う事になりました」


「ちょ、ちょっとまってください。そんな厳重に? 食料の買い物とかはどうなってます?」


「もちろん。そのような雑用は聖女様のお身内にさせる事が無いようにと、王室から依頼された者が全てを執り行っております」


「それじゃあ、外部の人が中に入ってるのでは?」


「いえ。あくまでも門までという決まりになっております」


 そんな…ウーバーイーツじゃあるまいし。


「食料以外にもありますし、それはどうすれば?」


「それも全て命じていただけたら」


 あ…Amazon。


 聖女邸引きこもりシフトが滅茶苦茶進んでいた。そこで俺はめっちゃ気になった事を聞く。


「今後、私が招いた人はどうなるのでしょう?」


「聖女様の命ならば、誰でも及びいただけます」


 マジ! そんな特別待遇になってんの? や…やった!


「ただ…」


「ただ?」


「教皇様が週に一回訪れ、聖女様に祈りを捧げる事になったようです」


「ちょ。ちょっ! それはどう言う事です?」


 フォルティスが平然と言った。


「間違いなく神の使いである聖女様に何かがあれば、世界が滅ぶと考える人達も増えて来たのですよ。そこで物理的にも魔法でも、神的にも全方位から守る事が決まっています」


 めっちゃがんじがらめなんですけど! 俺はガンジーでもマザーテレサでもないのに!


 こんな雑念だらけの女(男だけど)そこまでして守る必要があるのだろうか? 全く様変わりした聖女邸を前にして、俺は浦島太郎のようになってしまったのだった。


「では! これにて!」


 そう言って、フォルティスが俺達を見送る。この屋敷の住人である俺とアンナ、リンクシルとマグノリアとゼリスはいい。だけど従者に化けて潜り込んでいるシーファーレンが大変だ。


 門が締まり俺がシーファーレンに言う。


「どうしよう。出入りが厳しくなってる」


「そのようでございます。ですがご安心を、ここを出る方策ならいくらでもございます。これでも私は賢者でございますわ」


「そっか。そうだね」


「はい」


 俺達が話していると、聖女邸の玄関が開いた。向こうから人が走って来る。


「「「聖女様ぁ!」」」


 ああ…かわいい。ミリィとスティーリアとヴァイオレットが来た。アデルナが玄関口で手を振っている。


「みんなぁ」


 俺が手を広げると、三人がその腕の中に入って来てくれる。


 んーーーー! いい匂い! この子らはなんていい匂いがするんでしょう!


 俺はぎゅっと皆と肩を組み、すーすーと女子吸いをして補給する。


 んん-。生き返るわあ…。たまんねえ…。


 俺が思わずトリップしそうになっていると、ミリィが言った。


「みなさんご無事でよかったです。アンナもリンクシルもマグノリアもゼリスも!」


 俺がニッコリ笑って言う。


「みんなが待ってるからね」


 実際は、全員死ぬところだった。全員があの世に一歩足を突っ込んでいた。こうして生きてたどり着いたのが信じられないくらい。


「うう、う…うううう」

「スン…スン…」

「ぐすっ…ぐす」


「ちょ、ちょっと泣かないで」


「だって、だってぇ」


 珍しくミリィが、女の子になっちゃってる。目にいっぱい涙をためて、顔をくしゃくしゃにして俺に抱きついて来る。


「スティーリアまで」


「もうしわけ…すん…ございま…えっ、えっ、えっ」


 もうしゃべる事は出来ないみたいだ。


「ヴァイオレット…」


「うわあああああん! よかったぁぁぁ! みんなああああ! よかったああああ!」


 ヴァイオレットにつられ、皆が堰を切ったように泣きだした。するとリンクシルやマグノリア、ゼリスまで泣き始める。


 ゼリス! お前は男なんだから泣くな。


 それを温かい目で見つめるシーファーレン。腕を組んで目をつぶってウンウンと言っているアンナがいる。


 みんな…。


 可愛い‥。

 可愛い…。

 可愛いぃ!!


 ん? どうする? チューする? チューしたら泣き止んでくれる? なにか美味しいものでも食べようか? ああ…暴発しそう。かわいい! があふれちゃう。


「さあ。とにかくみんな屋敷に入ろう。アデルナや他のみんなにも会いたいからね」


「は、はい。ぐしゅ、失礼しました。マロエ様とアグマリナ様もお待ちです」


「そうだね」


 そして俺は三人に囲まれて、アデルナに挨拶をした。


「留守を守ってくれてありがとう」


 アデルナは、ほんのちょっと目頭を押さえて言う。


「お待ちしておりました」


 玄関を潜って入ると、マロエとアグマリナとジェーバとルイプイがいた。その後ろにずらりとメイド達が並んでいる。


「「「「「「「お帰りなさいませ! 聖女様!」」」」」」」」


「みんなただいまぁ! お待たせ!」


 皆、気丈に耐えていたが、目に涙があふれて来た。


 ぽろぽろぽろぽろぽろ ぽろぽろぽろぽろぽろ ぽろぽろぽろぽろぽろ


 泣き始める。


「よくぞご無事でぇ!」

「お話は聞いておりますぅ!」

「うわーん」

「えーん」


 俺は、四人の所に行って頭を撫でた。


「みんなが送り出してくれたから、すっごい頑張れた! みんなのおかげで、ネメシスから守れたよ! 必ず平和な世界を作ってあげるからね! みんなが幸せに暮らせる世界を!」


 よかった。死に物狂いで頑張ってよかった。最初はソフィアを連れて帰って来るだけの予定が、あの経験をした事でさらに全員が愛おしく感じる。


 俺がこの世界に来て初めて、ようやくスタートがきれたような気がした。

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