第290話 宿敵との邂逅

 メリディエス側近の言動は明らかにおかしかった。それは非常に無礼で、王族たちの居る場所で使う言葉では無かったのである。俺達は危機感を感じて、咄嗟に王族の側に駆け寄ろうとした。


「なっ…」


 ジュリアンが向かって来る俺達に驚き、次の言葉を発する。


「であえ! 曲者!」


 恐らく俺達を刺客だと思ったのだろう。


 …まあ曲者ではあるんだけどね。


 だがその言葉を無視して走り寄ると、視界の端でダッ! と動く影があった。なんとメリディエスの側近が、空中に飛び上がってソフィアに向かって飛んだのだ。


「危ない!」


 俺は咄嗟にソフィアに飛びついた。すると俺の左肩に激しい激痛が襲う。


「ぎゃっ!」


 思わず叫んでしまったが、間髪を入れずにアンナがやってきて背中に隠していた剣を振るう。シュッと何者かが背後から飛び去り、距離を置いて着地する。


「くっそー! もう少しだったのに! 邪魔しやがって!」


 俺の肩からは血があふれ出ており、俺は慌てて左肩に手を当て再生魔法をかけた。


「ヒール」


 しゅうううう! と肩の傷が塞がり、血が止まったが服は破れたままだった。俺は目の前にいるソフィアに言う。


「大丈夫だった?」


 すると…ソフィアの驚いた眼に、唐突に涙があふれ出て来た。


 気が付けば、俺の変装ペンダントが斬られて床に落ちている。


 ソフィアがふるふると震えて大きな声で叫び、俺に抱き着いて来た。


「聖女様ぁぁぁぁぁぁ!」


 俺も思わずソフィアをきつく抱きしめて言う。


「ソフィア。迎えに来たよ」


 俺の正体がバレてしまったのを見て、アンナとシーファーレンも変装ペンダントを取り去った。それを見てカイトがあっけに取られて言う。


「お、お前達…」


 その場は騒然となるが、ソフィアが俺を知っていた事で曲者かどうかの判断が鈍ったようだ。入って来た騎士達が、その場に立ち止まりどうすべきかの指示を待っている。


 だがボソリと呟く声が聞こえる。


「飛んで火にいるなんとやら…。これは運がいいのか悪いのか」


 それはメリディエス王だった。


 俺達がくるりと振り向いて、メリディエス王に向かう。ジュリアンは呆けたような顔をしており、言葉を失ってしまったようだ。だがカイトが俺達に詰め寄る。


「お前達はなんだ! なんで人が変わった!」


 ここは上手い事言って、この少年王子をたぶらかすのが一番だ。


「私達は、こちらの王と従者が曲者だと知っていたのです。その為、皆様をお守りしようと潜伏しておりました」


 なんちゃって。


 するとやはり頭のいいカイトは、この状況を利用するべく乗って来た。


「…もちろん、分かっていたけどね。こういう状況になるだろうとは思ってたんだ」


 よしよし、お利口さんだ。


 だが状況が飲みこめないジュリアンが、カイトに大きな声を上げる。


「どういうことだ!」


「え? 兄さんは状況が見えないのですか? いまメリディエス王の側近が、ソフィア嬢に飛びかかったではないですか。もし私の従者が飛び込まなかったら、ソフィア嬢は死んでましたよ。そんな事になったら国際問題ですよ」


 だがジュリアンは、まだ状況が飲みこめずに半笑いで言う。


「な、何かの間違いですよね? メリディエス陛下」


 だがメリディエス王は何も答えず、俺を睨んだままだった。もちろん俺もそいつから、一瞬も目を離す事はない。アンナもシーファーレンも、身動きせずに俺の前に立ちメリディエス王を睨んでいた。


 緊迫感が周りに伝わり、騎士達も動けずに張り詰めていた。トリアングルムの王もマルレーン公爵夫妻も立ち尽くしたままだ。そんな状況だと言うのに、ジュリアンだけが何とか体裁を取り繕いたいようで、あわててメリディエス王に歩み寄る。


「メリディエス王!」


 そこでアンナが叫んだ。


「ダメだ! 寄るな!」


 ジュリアンがびくりとしながらも、最後の一歩を踏み出してしまった。


 ジャギッ!


「えっ」


 そんな間抜けな一言が、ジュリアン王子の最後の言葉となる。横顔は何もなっていないように見えたが、何事が起ったかを確認するかのようにこちらを向いた。それを見てトリアングルムの王とカイトが小さく声を上げる。


「なっ!」

「ひっ!」


 なんとこちらを向いたジュリアンの顔半分が裂かれ、目玉が飛び出し脳がむき出しになっている。しかも口が半分持って行かれており、何かを言おうとしたがしゅるるるると空気が漏れるだけだった。


 ぐらりと体を崩して、ドチャッ! とその場に崩れ落ちた。それを見ていたトリアングルムの騎士達がようやく動き出し、メリディエス王に向かって突撃していく。そしてアンナが再び騎士達に大きな声で叫んだ!


「止まれ!」


 だが騎士達は止まらず、一斉にメリディエス王に飛びかかっていく。その次の瞬間だった。メリディエスの側近が騎士達の前を素早く横切った。


「へっ?」

「なっ?」

「どっ?」


 プシュウウウウウ! と騎士達の首元から血が噴き出て、三人の騎士がその場に崩れ落ちた。俺達の目の前に立っていたのは、マルレーン家の別荘で会った危険な少年だった。


「あれ? 体が鈍いや…。三人しか殺せなかった…」


 などとつぶやいている。どうやらカイトにばら撒かせた、シーファーレンのお香の力が効いているらしい。


 そして俺が叫んだ。


「みなさん! 動かないで!」


 それを聞いて皆がその場に留まる。そこで俺は自分の正体をばらした。


「私はヒストリアの聖女! 訳あってここいます!」


「せ、聖女…」

「聖女だと…」

「なんでここに…」


 と場内がざわついた。だが俺は構わずに言う。


「さて、メリディエス王…。いえ、邪神ネメシス、そろそろ正体を現わしたらどうです?」


 メリディエスは思いっきり殺意の籠った目を俺に向け、次の瞬間ニヤリと口角を上げた。


「面白い…、何やら策を練っていたようだな」


 気づかれたか? 


「小賢しい策を練るのは、そちらでしょう。ソフィアを狙って何をするつもりだったのか」


「くっくっくっ! そいつはもう用済みだ。我が狙いは貴様よ! 聖女!」


「それは奇遇。こちらの狙いもあなただから」


 ばしゅううううう! とメリディエス王が黒い霧に包まれて、その霧がグルグルと俺達から離れた所に現れた。黒い霧が晴れると、そこには別の者がいた。


 若っか! 


 爺さんだと思っていたら、めっちゃ若くて髪の長い顔が整った男が立っていた。だがまるで黒い霧がまとわりつくように、ぐるぐると体の周りを舞っている。それどころか、奴の背景はまるでブラックホールでもあるかのように黒い。


「まったく忌々しい娘だ」


「それはお互い様」


「だが…餌で釣る予定が省けたと言うもの」


 どうやらソフィアを使って俺を釣ろうとしていたらしい。もし万が一、ソフィアに先に接触されていたら、俺はまんまと釣られていただろう。


「わたしに勝てると思ってるのか」


「クックックッ。さあてな、ダメなら次の機会だ」


「逃げ場があるとでも?」


 俺が言うと…ネメシスは少し黙ってから言う。


「なるほど…別の策を練っていたと言う事か」


 気づかれただろうか? 俺達が考えていた次の策とは、俺達以外のメンバーが王城内に破邪の刻印が刻まれた魔石をばら撒くと言うものだ。その動きを察知されないように、邪神対策のお香で誤魔化したのである。すでにこの状況は、ゼリスの鼠が察知して動いている。効果があるのであれば、コイツはここからは逃げられない。


「だとしたら?」


「お前を殺してしまえばどうとでもなる」


「やってみればいい」


 俺がそう言うとネメシスの暗黒の気配が、ぶわっ!と膨らんだように見える。あの危ない少年も身構えており、一色触発の状況へと陥るのだった。

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