第272話 いきなりの本命

 王宮の使者は、なんと次の日に宿に来た。俺達が急いで変装をして、エントランスに降りていくと、昨日の武器屋で出会ったおじさんとその部下達がいた。


「おお、いたか」


「ええ、いらっしゃった時にいないと失礼かと思いまして」


「そうかそうか、それは良い心がけだ」


「傷薬は気に入っていただけましたか?」


 すると男が言う。


「あれは凄い物だな。あの治癒力があって、あの小ささはとてもいい」


 だろうね。瓶でポーションを持ち運ぶよりは、コンパクトな塗り薬の方が良いに決まっている。あれは俺とシーファーレン、クラティナの薬の質の良さが重なってできた物だ。そうそう簡単に出来る物じゃない。


「それで、お買い求めになられるという事でしょうか?」


「まず、本日は王宮に来ていただけないだろうか?」


「王宮に?」


 いきなりのお誘い! 想定外!


 俺が少し慌ててしまいそうになるところを、シーファーレンがフォローする。


「正式なご商談という事でしょうか?」


「そうだ。あるお方がとても気に入られてな」


「わかりました。それでは参ります。いつお伺いすれば?」


「それが、今からなのだ」


「今から…」


「馬車を用意してある」


「何人行けますか?」


「四人乗りだ」


「わかりました。では準備してまいります。直ぐに参りますのでお待ちください」


「うむ」


 俺達は急ぎ部屋に戻って、ネル爺やマグノリアにその旨を伝えた。


「と言う訳で、私達四人で行って来る。その間は部屋で、周囲のホテルを監視していてほしい」


「はい!」


「わしは…」


「リンクシルと一緒に護衛について」


「は!」


 そうして俺達は準備をし、クラティナは荷物をまとめて大きな背負子を背負う。


「正体ばれたらどうしよう」


 するとシーファーレンが言う。


「人間、開き直りが肝心ですわ」


「腹をくくるしかないか」


「はい」


 それでもバレないように気を付ける事にして、俺達は階段を降りていく。待ちかまえていた王宮の使者に誘導されて、馬車に乗り込み出発した。その馬車は王宮の馬車らしく、とても豪華で乗り心地が良いものだった。


「王宮付の薬師とかかな?」


「魔導士という事も考えられますわ」


「ああ、賢者みたいなご意見番」


「そのような者がいてもおかしくはございません」


 俺達の馬車は都市の中心に向かって走っていく。中心の方に行けば行くほど、立派な邸宅が立ち並び、恐らくは貴族の屋敷なのだろうと思う。


 するとアンナが言う。


「なにか、腕の立つ者が一般人に混ざっているな」


「えっ?」


「恐らくは警護に出ている者だろう」


「なんでだろう?」


「わからん」


 俺は皆の頭を集めて、小さい声で言う。


「まさか…罠とかじゃないよね?」


「どうでしょう? でも私達がここに来てる事など、知る者はいないと思いますわ」


「だよね…」


 すると俺達の視界に、高い城壁が見えて来る。


「えっ、まさかの王城に直接入り? てっきり周辺の施設かと思った」


「どうやらそのようでございますわ」


 見る見るうちに、デカい門が近づいて来て、車列が近づくと中から開かれた。馬車が門を通過していき、とうとう王城内に入り込んでしまったのである。


 俺が若干慌ててしまい立ち上がってしまうが、シーファーレンが俺の手をひいて座らせる。


「大丈夫ですわ。オリジンには指一本触れさせません」


 するとアンナも言う。


「いざとなったら全て斬り捨てる」


「いやいや。そんなことしたら戦争になっちゃうよ。まずはじっくり様子をみよう、足浮きだってしまってゴメン」


 クラティナが一連の流れを見て緊張し始める。俺はクラティナに言う。


「ごめん。落ち着いて、私が浮足立っただけ」


「はい」


 馬車が到着すると外から開かれ、使用人が俺達を誘導する。どうやら王城に行くのではなく、別館のような場所へ通されるようだ。


 使用人が言う。


「それではここでお待ちください」


「はい」


 俺達は椅子に座り、商談相手を待つことにする。その前にメイド達が飲み物などを持って来たので、アンナが確認をするが特に毒などは無いようだ。


「ただのお茶だ」


 ここは客間というよりも、それこそ商談に使われるような部屋で、特に王宮らしい飾りつけなどはされていない。商人などを通す為の部屋だと思われるが、という事はここに来るのは王宮付の薬師かなにかだろう。


「失礼いたします」


 メイドがドアを開け人が入って来た。若い男が一人と、従者のような男が二人それにつき従えている。


「やあ、待たせたね」


 うっわ。


 めっちゃイケメンで青みがかった黒髪の男だった。その髪の毛は肩に着くかつかないかの長さで切りそろえられ、どことなくいい香りが漂って来る。間違いなく下々の者ではない。


 とりあえず俺が挨拶をした。


「こんにちは」


 するとお付きの人間が言う。


「不敬ですよ」


「えっ?」


 するとイケメンが言う。


「かまわないよ」


「しかし! 王子!」


 えっ! コイツ王子!


「いいんだ。良い腕の薬師らしいね、興味があって呼んでもらったんだ。勝手にこっちが呼びつけたんだから、礼儀など問わない。それよりも僕が話す時に、口を挟まないでほしいな」


「申し訳ございません」


「あ、バレちゃったから言うけど、第三王子のカイトといいます」


 敵。コイツがいっちゃん危険! ソフィアに手を出す危険人物!


「これはどうも」


 するとカイトが後ろの従者に言った。


「ほら! 警戒されちゃったじゃないか! 余計な口を挟むな」


「は、はい!」


 なるほど。なかなかに切れ者らしい。俺達はそこで一気に気が引き締まり、目の前の第三王子を警戒するように見るのだった。

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