第271話 種まきが実る時

 次の日の朝、まだ陽が昇る前に俺達は支度をして市場に出かける事にした。シーファーレンがその方が良いというのだ。そして俺達が朝日と共に市場に到着すると、さっそくクラティナに声をかけて来る人がいた。


「あ! 昨日の薬師じゃないか!」


 どうやらこの市場をしきっている人間の一人らしい。クラティナは淡々と挨拶をする。


「おはよう」


「おお、おはよう。待ってたよ!」


「えっ?」


 そして昨日の屋台の場所に行くと、長蛇の列が出来上がっていたのだった。


「あんたの評判が凄くてね。並んでいる人らは金周りのいい人らだ。何を売ったらこんなことになるのかね」


 俺とシーファーレンが顔を見合わせる。シーファーレンが仕込み、俺が聖魔法をかけた傷薬のせいだと気づいたからだ。


 すると一人目の客が話を切り出して来た。


「凄い傷薬を売っているらしいじゃないか!」


「あれは。おまけ…」


 クラティナがそう言おうとしたので、俺がそれを遮って言う。


「お目が高い。そうなのです。傷薬には定評がありましてね」


「わたしにも売ってくれ!」


「はあ。それはよろしいですが、お安くはないですよ」


「かまわん!」


 昨日はおまけでつけていたが、俺は思い切る事にした。


「金貨五枚でも?」


「おっ、そんなにするのか?」


「いらなければいいんですが」


「いや! くれ!」


 クラティナが慌てて背負子から一つの木箱を取り出した。それを金貨五枚と交換する。


 次の奴が言った。


「もうちっとまからないのか?」


「まあ嫌なら買わなきゃいいだけだから」


「わかったよ! 一つくれ!」


「まいど!」


 そうしてもう一つが金貨五枚になった。めっちゃ高級な薬になったもんだ。だがそのやり取りを見ていた数人が、列から離れて行く。恐らく手持ちの金では足りなかったのだろう。これで金持ちだけに絞られた。


 そして何個か売っているうちに、一人の客が言った。


「これなら王宮でも買ってくれそうなもんだがな」


 するとシーファーレンが言う。


「そう、それは良い事を聞いたわ」


 俺達は一時間ほどそこで売っていたが、直ぐに店をたたんだ。まだ並んでいる人らがいたが、もう品切れという事にして終わる。


「いい感じ」


「はい」


 俺達は一旦宿屋に戻り、ネル爺の所に行く。


「ネル爺」


「お早いお帰りですね!」


「種まきが成功したからね」


「それはすばらしい!」


「ネル爺が調べた王宮御用達の武器屋に連れて行って」


「かしこまりました!」


 マグノリアとゼリスとリンクシルだけをそこに残し、俺達は再び宿屋を後にする。ネル爺について商店街を抜け、奥の武器屋へと向かっていった。なぜかチラチラとみられる事が多くなったが、恐らくはクラティナの事を見ている。クラティナはいつの間にか、この町で噂の薬師になっていたのだった。


「ここです」


 俺達は立派な武器屋の前に来た。武器屋と言えばアンナ。アンナを先頭にして、俺達は武器屋に入っていく。


「いらっしゃいませ」


 するとアンナが言う。


「まあまあいい武器があるな」


「おお、お目が高い」


 そして武器屋の主人が、アンナの持っている剣に目を向けた。


「素晴らしい武器をお持ちで」


「手入れの油をくれ。極上のだ」


「かしこまりました」


 そう言って武器屋が油を持ってくる。そしてアンナが武器屋に言った。


「そういえば噂を聞いているか?」


「なにの、でございます?」


「市場よく効く傷薬を売っている薬師の話だ」


「ああ! はい。聞いております! 昨日から噂でもちきりですからな。何でもとてもすごい薬だそうで」


「そう言う薬は、王宮あたりでも興味を示すだろうか」


「そりゃもう。うちに出入りする人に言ったら、きっと興味を示すでしょう」


 そこでアンナが俺をチラリと見る。俺が変わって武器屋の主人に言った。


「その薬師を連れて来たんだ」


「えっ! なんですって!」


 シーファーレンに押されてクラティナが前に出る。


「あ、あの」


「あんたがそうかい!」


「そ、そう。わたしが作った」


「そいつは凄い。もう少し待てば、王宮の使用人が来るんだが話をつけてやろうか?」


「いいの?」


「そりゃ…まあ…」


 と若干歯切れが悪くなったので、俺は薬を売って儲けた金貨を五枚ほど机に置く。


「口利きはただでとは言わない」


「まいど! ならもう少し待ってるといい」


 俺達が適当に店内を物色していると、そこに馬車が到着した。それを見た主人が言う。


「来たよ!」


「ありがとう」


 そして王宮からの使用人に、武器屋の主人が話してくれた。すると使用人が興味を示して、クラティナに声をかけて来る。


「あんたが街で噂になってる薬師か」


「そうだよ」


「その傷薬。見せてもらえるか」


「いいよ」


 そしてクラティナが木箱を渡す。それを見て使用人が言う。


「こんな簡素なものなのか?」


 どうやら疑っているらしい。


 するとアンナが武器屋の主人に言う。


「短剣を、切れ味のいい奴だ」


「は、はい」


 武器屋の主人が短剣を出すと、アンナは自分の手のひらをスッと切った。それを見た王宮の使者が驚いている。


「な、なにを!」


 だがシーファーレンがアンナの切れた手を取って、特製の傷薬を刷り込んだ。最後に布で拭いて、アンナが使用人に手のひらを見せる。傷はすっかり消えていた。


「凄いな。まるでハイポーションだ」


「こーんな傷薬に興味はあります?」


「もちろんだ。兵士達に持たせるなら丁度いいし、ポーションより手軽だ」


「では是非一つ持ち帰っていただいて、お偉方にお話をしてくださらない?」


「わかった。貰って良いのか?」


「本当は金貨五枚ですが、これは商売ですので」


「わかった。で、もっと欲しい時はどうすればいい?」


「まあ旅の途中ですから、それほど持ち合わせてはおりませんが、あるだけ買っていただいてもよろしいですわ。それに素材さえあれば、もっと作れますので」


「よし。どうやって連絡を取る?」


「街の宿場町の路地に入って二件目の安い宿場に泊まっています。そこにいらっしゃってください」


「わかった。ではそうしよう」


 そして使用人が武器商人にふりむいて言う。


「薬の話は終わりだ。手入れ用の道具を買いに来た」


「はい!」


 それを見た俺達は、使用人に挨拶をして武器屋を出るのだった。


「めっちゃくちゃ上手くいった」


「やはり、種まきは大事ですわね」


 昨日とは全く違う手ごたえに、俺の気分も高揚していた。このままうまくいけば、噂の薬師として王族に知られるかもしれない。いきなりの接近は難しいかもしれないが、僅かな望みが出て来た事に、思わずニヤリと笑みを浮かべてしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る