第260話 丘の上の屋敷にて遭遇
なぜかクラティナはシーファーレンにべったりとくっついている。そして何故か俺に対しては、とげのある視線を投げ続けていた。どうやらシーファーレンが俺と仲良くしているのが面白くないらしく、先ほどからずっとジト目で見られていた。
シーファーレンが言う。
「クラティナ。離れてくれる?」
「えー、どーしてですかぁー! 何年ぶりにお会いしたか分かってるんですか?」
「五年と八カ月ぶりかしら」
「ほら! じゃあくっついてもいいじゃないですか!」
「いや。元よりくっついて良い理由なんてないわ」
いずれにせよ話が進まない。俺がシーファーレンに言う。
「えっと、話は聞ける状態かな?」
「もちろんですわ」
そこで俺がクラティナに聞いた。
「えーと、この周辺の事ならいろいろ知っているって聞いたんだけど、聞いて良い?」
「……」
あからさまにプイってされた。女の子にプイってされると、心がごそっと削られる。男に無視されるなら大歓迎だけど、女子に無視されると泣きそう。
するとシーファーレンが言う。
「ちょっとクラティナ。ここでは言えないのだけど、あなたがそんな態度を取って良いお相手じゃないのよ!」
「えー、でもー」
クラティナからもっと精神が削られる前に、俺がシーファーレンに言う。
「いいのいいの。無理強いはしたくないから」
「…お優しい」
「でもどうしようかな」
「簡単ですわ」
そしてシーファーレンがクラティナを正面から覗き込む。するとクラティナがカーっと顔を赤くして、もじもじとし始めた。
「クラティナ。最近この周辺で何か変化が無かったか知りたいの。例えば知らない人が住み着いたとか?」
「いたよ!」
簡単にしゃべった。
「どんなひと?」
「丘の上に屋敷があるんだけどね。ボクがそこに薬を届けたことがあるよ」
「そうなのね。そこに案内してくれる?」
「はい!」
スムーズにきまった。とにかくシーファーレンに対してはイエスマンらしい。行くことが決まったので俺がニッコリ笑ってクラティナに言った。
「ありがとう」
ぷいっ!
きっっつう!
「とにかく連れてってね」
「はい!」
とりあえずシーファーレンの言う事を聞いてくれるのだから問題はない。そこでクラティナがシーファーレンに言った。
「ちょっと仕込み良いかな! 頼まれていた薬の準備がひつようだから!」
「いいわ」
クラティナは奥にひっこんでいき、俺達はテーブルに座って待つことにした。そこで俺はシーファーレンに聞いた。
「えっと。彼女とはどういう関係?」
「昔、いろいろと教えてあげたんです。自分には何もないーって嘆いていた彼女に、生きる希望をと思いましてね。薬の作り方や調合を教えて、わたくしの本を一冊あげたんですよ」
「それで、あれほど懐かれちゃったと?」
「最初はわたくしにも噛みつきまくりでしたわ。あの子はあれで不運で、両親を小さなころに亡くして浮浪児として生きて来た過去があるのです」
「そうなんだ…」
「まあ、聖女様と同じ気持ちですわ。彼女は不遇な人生を送らなくてもいいのに、この社会のせいでそうなってしまった。そこに手を差し伸べただけです。ですが何故か親の様にしたわれてしまいまして」
いや。わかるけど…。シーファーレンからはめっちゃ母性を感じるし、きっとクラティナはシーファーレンを親の代わりとでも思っているのだろう。ならば親し気にしている俺を目の敵にするのも分かる。
しばらく待っているとクラティナが戻って来た。
「シーファーレン様ぁ! 案内するよ!」
「ありがとうクラティナ。ごめんなさいね突然来たのに」
「シーファーレン様の為ならなんでもいい!」
そして俺達がクラティナに連れられ、街を抜けて郊外へと向かっていく。
「外なのね」
「そうだよ」
村の外に屋敷があるというのは珍しい。だが公爵家ならば、魔獣避けも作る事は十分に考えられる。森の小道を登っていくと、丘の上に屋敷が見えて来る。かなり大きな屋敷で、周りが高い壁で囲まれていた。
「あれだろうね。普通の商人や貴族じゃ、あんな屋敷は建てられない」
「そうですわね。村に住みたくない事情があったという事でしょう」
道を上って真正面に行くと、塀もかなり高く敷地も大きかった。俺達は門に行ってノッカーを叩く。
カンカン!
シーン
返事は無かった。
「いない?」
シーファーレンがクラティナに聞いた。
「クラティナは、いつ来たの?」
「えっと、半月前くらいかな」
そこで俺はゼリスに言う。
「ゼリスお願いできる?」
「はい」
ゼリスが森の方に向かって詠唱すると、小鳥が飛んできて肩に止まる。それを見てクラティナが驚いた。
「えっ! 鳥?」
「誰にも言っちゃだめよ」
「う、うん!」
そして俺がゼリスの耳元に囁く。
「中に人がいるか調べて」
「はい」
鳥がゼリスの肩を飛び立って、敷地内に入って行った。ゼリスがしばらく集中しているが、直ぐに鳥が飛び出して来て肩に止まる。
「誰もいません」
「えっ? 誰もいない?」
「はい」
俺とシーファーレンが顔を合わせた。そしてシーファーレンが言う。
「護衛も従者もいないという事は、出かけたと言う訳ではなさそうです」
「だよね…」
やっと会える! と思っていたのに、いきなりの肩透かしを食らってしまった。すると突然そんな俺達に声がかかる。
「おや? 誰だい?」
俺達が振り向くと、血色の悪い顔と目の下にクマのある少年らしき人物が立っていた。黒っぽい羽の服を身に着けており、その眼付きだけがギラギラと俺達を捉えている。その時、アンナが言う。
「みんなは、わたしの後ろに…、リンクは構えて」
何かの気配を感じ取ったのか、アンナがピリピリしている。アンナの言うとおり俺達は、アンナとリンクシルの後に隠れるのだった。
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