第249話 邪神の脅威に備えるために

 虚ろなまなざしを向けるカレウスを前に、ルクスエリムは悲しい顔をしていた。呼ばれた妃のブエナが泣いており、第一王女のビクトレナは難しい顔をして座っている。可愛い顔が台無しだ。


 ルクスエリムがカレウスに厳しく言った。


「邪神から心につけ入られるなど情けない! 日頃の鍛錬がなっておらんのだ!」


 だが何を言われてもカレウスはボーっとしていた。そこで偽賢者のシルビエンテが言う。もちろんシーファーレンに言わされているのだが。


「陛下。恐れながら申し上げます。カレウス様は被害者です」


「被害者?」


「邪神に抗うのは普通の人間には難しいのでございます。心より女神フォルトゥーナに信仰を捧げた者ならば、防ぐ事も出来たやもしれませぬが、それでも五分五分と言ったところでございましょう」


「そんなにか?」


「見てください」


 邪神ネメシスが発した、黒い煙を吸い込んで倒れた者達が呆けた顔をしていた。


「あれはどうなっているのじゃ?」


「言わばあれは麻薬のようなものです。空っぽの状態に吹き込み、意のままに操るのがネメシスの手口なのです」


「なんと…」


 するとシルビエンテが俺を向いて言う。


「聖女様。カレウス様と倒れた騎士達に、神聖魔法をかけてあげてください」


「わかりました」


 そして俺はまずカレウスに神聖魔法をかける。体が白く光り輝いて次第に明かりが薄れてきた。するとカレウスの瞳に光が戻って来て唐突に叫んだ。


「はっ! こ、これはなに?」


「どうした事じゃ…」


「あっ…。そうだ…私は…私はとんでもない事を…。父上を斬りつけてしまった」


「覚えておるのか?」


「申し訳ございません! 気づけば父上を斬りつけていたのです!」


 どうやらその間の記憶はあるようだ。カレウスはがっくりと顔を落として肩を震わせた。どうやら泣いてしまったらしい。


「恐ろしい…」


「いままでは恐らく、回りくどいやり方で貴族をたぶらかし、どうにかしようとしておったのでしょう。第三騎士団をもたぶらかし、聖女様の首を狙ったにもかかわらず失敗した。恐らく痺れを切らして、自らが出て来て精神支配を行ったのです」


「あれが…邪神」


「はい」


 俺はその会話の中を聞きながらも、倒れた騎士達に歩いて行き神聖魔法をかけた。するとボーっとしていた騎士達が、ハッっと意識を取り戻して周りを見る。


「我は…いったい」

「力が抜けて…」

「暗闇の中にいたように思います」


「この通りです。ネメシスは人の心に入り込む術を使っております」


 するとルクスエリムは思い出したように言った。


「叔父上が! 叔父上がネメシスだったという事か?」


「違います。デバロー公爵になり替わっただけでしょう」


「では叔父上は?」


「残念でございますが、恐らくは…」


「殺されたか…」


「確定ではございませんが」


 めちゃくちゃな奴だ。


 とりあえず全員に神聖魔法をかけ終えた俺は、ルクスエリムの元へとやってきた。


「陛下は回復魔法が必要ですか?」


「わしは大丈夫だ。騎士達が守ってくれた…じゃが何人かは死んでしまったようじゃ」


「残念でございました。即死ではどうしようもありませんでした」


「聖女のせいではない。あのような化物の侵入を許した責任は王宮にある」


「それはどうでしょうか? あれの侵入を防ぐのは容易ではないかと」


「そうか…」


「ですが一度見ました。何か方法はあると思います」


 俺が言うとシルビエンテが重ねて言った。


「わしも初めて見ましたがな、これから聖女様と話し合いが必要であると思いましたわい」


「そうか。出来ればなんとかしてほしい」


「もちろんでございます」


 そしてフォルティス騎士団長が言った。


「陛下。王宮の警備を更に強化いたしましょう」


 そこでシルビエンテが言う。


「聖騎士は女神フォルトゥーナの加護を受けております。いったん彼らを常駐させてください」


「わかった。教会には…」


 ルクスエリムを遮って俺が答える。


「陛下。教会には私から申し伝えます」


「うむ。すまんのう」


「仕事です」


 そしてシルビエンテが言う。


「王宮に聖結界を展開する事を提案いたします」


「この広い王宮にか?」


「そうです。そしてそれを、これから早急に開発しなければなりません」


「分かったのじゃ」


「それと。カレウス様の件は、一切外部に漏らさぬよう」


「そうさせよう。フォルティス!」


「緘口令をしきます」


「うむ」


 とりあえずその場はそれで収める事にする。後は今後の対策を詰めていかねばならない。俺の従者として従っているシーファーレンに目配せをすると、シーファーレンは軽く頷くのだった。


 そしてルクスエリムが言う。


「バレンティア! 聖女様達の護衛を」


「は!」


 普通なら断る所だが、万が一の肉壁がいる。そこで俺は微笑みながらバレンティアに言った。


「よろしくお願い申し上げます。バレンティア様のお力が必要です」


 バレンティアが一瞬驚いたような顔をしたが、次の瞬間きりっとして敬礼をした。


「尽力を尽くします」


 そして王宮での事件は終わった。俺達は所在を隠すために、バレンティアにある所に連れて行ってもらう事にする。


「では。バレンティア様」


「は!」


「私共をギルドへお連れ頂けますか?」


「ギルド? でございますか?」


「いつまでも近衛を、私の護衛につけておくわけには参りますまい。あそこで護衛を雇います」


「かしこまりました」


 俺達は王宮を出て馬車に乗り込み、近衛騎士団の護衛のもとギルドへと向かう事にしたのだった。

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