第248話 血の海になる謁見の間

 突如現れた公爵家の重鎮に、皆はどう反応していいか分からないまま固まっている。しかしコイツが裏で糸を引いている事は調べがついており、本来ならすぐに捕らえるべきなのだ。だが王の叔父という立場の人間に対し、簡単に動けないのも心情としては分かる。


「叔父上! 何をおっしゃってるのですか?」


「陛下、あなたは本当にこの国の事を考えておられるのか?」


「何を…」


「そこの訳の分からない女に言いくるめられて、この国のあり方を変えようとしておるように見えるがのう」


「そのような事はございませんぞ。この国の為になると思うてやっております」


 俺は不自然に現れたデバローに違和感を覚えた。これだけの手練れがいる中で、突然ここに現れる事なんて出来るのだろうか? フォルティス第一騎士団長もバレンティアも、かなりの凄腕だと聞く。だがそれ以上に鋭いアンナが全く反応していなかった。


「アンナ。あの爺さんは、いつから居た?」


「いや。気配を感じ取れなかった」


「突然現れた?」


「そうだ」


 あのような爺さんが、ここにいる手練れを欺いて潜入していた?


 デバローが一歩前に動いた時、バレンティアがすぐに動きルクスエリムの前に立ちはだかる。また諜報部の連中も、ルクスエリムの周辺を囲みデバローを睨んだ。アンナもするりと俺の前に動いて、デバローとの視界を塞ぐように立ち、フォルティスとマイオールが剣を抜いている。王族を前にして剣を抜くのは、異例中の異例である。


 バレンティアがルクスエリムに聞いた。


「陛下。デバロー様が剣の達人だとは知りませんでした。ご存知でしたか?」


「いや、叔父上は剣は苦手じゃ」


「我はデバロー様の気配に、気づきませんでした。そして聖女様の懐刀も」


 バレンティアの言葉に、だんだんと場の空気が張り詰めてきた。


「どういうことだ…」


 すると突然デバロー公爵が高笑いをした。


「ふはははははは! 簡単には欺けぬようだな」


「貴様! 何者だ!」


 するとデバロー公爵の周りにバフッと黒い煙が現れ、次第にその煙が薄れて行く。するとそこに現れたのは、顔に傷のある男だった。


「なっ! 何者!」


 ギラギラした鋭い目と白い肌、やたらと赤い唇が異様に吊り上がっている。


「さて。何者でしょう」


 声質と口調が変わった。これだけの騎士がいる場所で、めちゃくちゃ余裕なのが不気味だ。すると俺の側にいるマグノリアが、ガチガチと歯を鳴らして震えていた。


「あ、あの男です。私に聖女様を襲わせた男」


 いきなりの黒幕登場。


「捕らえよ!」


 ルクスエリムが言うと、騎士達がわっと飛びかかった。だが次の瞬間その場所は黒い煙に包まれ、離れた所に傷の男が現れる。黒い霧に包まれた騎士達が、バタバタとその場に倒れ込む。


 それを見たフォルティスが叫ぶ。


「囲め! 不用意に近づかぬように!」


 騎士達が傷の男を囲み、じりじりとその輪を狭めていく。マイオールが斬りかかるが、傷の男は再び黒い煙を発して消えた。周辺の騎士が倒れるもマイオールは倒れなかった。その場をバッと離れて大きい声で叫ぶ。


「吸ってはいけない!」


 どうやら身をもって、その黒い霧の効果を確かめたようだ。再び違う場所へ現れた傷の男に、諜報部員達が短剣を構えて飛びかかった。次の瞬間。


 シュパシュパシュパッ! なんと諜報員達が空中でバラバラになってしまう。


 騎士達はなすすべなく翻弄されるが、それでも何とかルクスエリムを守る陣形を保っていた。


 するとシーファーレンが俺に耳打ちをした。


「ネメシスです。浄化魔法が効きます」


 なるほど。あれがネメシスか…


 傷の男が声高らかに笑う。


「王の懐刀は鈍いですねえ。まったく使えないではないですか」


「なに!」

 

 あからさまに挑発してきている。それに反応し第一騎士団と、近衛騎士達がピリピリとしてきた。じりじりと傷の男に近づきだす。


「最初から我が出ればよかったようです。このような無能な騎士達に守れるはずがありませんからね」


「まて」


 フォルティスが騎士達を止め、次の瞬間、物凄いスピードで自ら斬り込んだ。


 ギイン!


 傷の男がフォルティスの剣を、自分の短剣で受けている。


「流石に間に合いませんか。流石はフォルティス」


 フォルティスはその言葉を聞き終える前に、横なぎに剣を振るった。だがまた黒い煙となり傷の男が消えてしまう。そして次の瞬間、事もあろうにルクスエリムのそばに来て首を狙ってきた。


 ギャン! 


 だがそれは目にもとまらぬ早業でバレンティアが止める。バレンティアはそのままその剣を押し切ろうとしたが、傷の男は再び黒い煙になって消えた。


「まずい!」


 フォルティスが叫ぶ。次に傷の男はカレウスのもとに現れて、両脇の騎士の首を斬り落とした。


「う、うわあああああ」


 カレウスが真っ青な顔で後ずさり、慌ててフォルティスと諜報部員が飛びかかる。


 このままではカレウスの首が飛ぶ。


 だがしかし、それを見越した俺とアンナが準備をしていた。身体強化をかけた俺達は、結界を張って走り傷の男に浄化魔法をかける。


 シュバッ! 


 浄化魔法に包まれた傷の男が一瞬怯み、カレウスの首に手をかけようとするのをやめて飛び去った。俺は黙って浄化魔法と雷魔法を繰り出し、傷の男が固まったところにアンナが剣を振り下ろした。


 バシュッ!


 アンナは、傷の男が受け止めようとする短剣ごと腕を切り飛ばした。


「ぐあっ!」


 たまらず男は更に大きく飛び去って、天井付近の梁に飛び乗った。腕からは血を流しているようで、どうやら斬れば怪我は負わせられるらしい。


「せいじょぉぉぉ! やはりお前が邪魔だあああ! 無能な奴らがお前を仕留め損ねるからこんなことにぃぃ!」


「アンナ! とどめを」


「ああ」


 俺が魔法の杖をかかげて浄化魔法を飛ばす。だがその前に黒い煙になって傷の男が消えた。


「どこ?」


 全員が周りを探すも、傷の男はどこにもいなかった。だが唐突に声が聞こえて来る。


「許さない。この世界は我のものだ。必ず手に入れてやる」


 声を警戒し皆が剣を構えている。アンナがぽつりと言った。


「気配が消えた」


「どう言う事?」


「いなくなった」


 どうやら傷の男は消えたらしい。騎士が傷の男の腕を拾おうとしたが、黒い煙になって消えてしまった。残ったのはあっけにとられた騎士と震えるカレウス。騎士達の死体が転がり、それを見たルクスエリムが言った。


「なんと言う事だ。また王城に賊を入れてしまうとは」


 だがそれを制するように、シーファーレンに操られるシルビエンテが言う。


「あれは、邪神ネメシスの借りの姿ですじゃ。並の賊とは訳が違いますのじゃ」


「なんと…。あれが邪神」


 そこにいる誰もが言葉を失う。するとフォルティスが大声で言った。


「聖女様! 生きている者の治癒を! 急いで!」


「はい」


 俺が倒れている騎士達のもとへと走り、広範囲の回復魔法をかけた。


「ゾーンメギスヒール!」


 一気に光が広がり、即死を免れた騎士達が何とか目を覚ます。王城でこのような甚大な被害が出るとは思っていなかった。俺達は初めて邪神ネメシスの脅威を知る事となるのだった。

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