第240話 捜査はふりだしに戻る

 なんだなんだ? もしかしたら喧嘩でも始まるのか?


 聖騎士に化けたアンナに近寄る第一騎士団を警戒し、俺達はアンナの席に着いた。すると第一騎士団の騎士達が俺達に向かって言う。


「その人は聖騎士だ。あんたら商売女が相手にする様な人じゃないぜ」


 そこで俺が言った。


「あら? 何処で飲もうが自由じゃない?」


「まあそうだが、俺達は喧嘩を売りたいわけじゃないんだ」


 おや? どゆこと?


「なんです?」


「情報を共有したいんだよ。教会ではどうなってるのかとか、聞ける範囲で良いからな」


 なんだ。喧嘩が始まるわけじゃなかった。だが教会の事を聞かれたとしても、アンナは何も答えられない。どうする?


 すると地味な女に化けたスティーリアが立ち上がって言う。


「聖騎士さん。トイレはこちらです先にそちらへ」


「ああ」


 すると第一騎士団の騎士が言う。


「トイレから戻ったら、一緒の席でもいいかい?」


 店の方からミラーナが言う。


「聖騎士さんがいいならねえ」


 そしてトイレから地味な女と聖騎士が戻ってきた。第一騎士団の連中が聖騎士に言う。


「ちょっと席を一緒にしてもいいだろうか?」


「あ、はい」


 ちょっとへなへなした返事が返ってきて俺はすぐに悟った。アンナとスティーリアが入れ替わっている。教会の事を聞かれたので、スティーリアが機転を利かせて入れ替わったらしい。


「悪いね」


 そして第一騎士団が座ると、すぐに飲み物を頼んだ。


「酒をくれ! 人数分だ! あんたも飲むだろう?」


「ええ」


「聖騎士さんは随分上品だな」


 すると自分の口調に気がついたスティーリアが話し方を変える。


「あ、そうか? そうでもないが?」


「そうか。すまないね」


「いや」


「それで、ちょっと聞きたいんだが、聖女様達が王都にいないって本当かい?」


 いきなり直球が来た。どう言うつもりで聞いたかわからないが、それならばここにいる全員が答える事が出来る。そして騎士に化けたスティーリアが答える。


「そのようだねえ。王都でごたごたが始まって郊外に逃げたらしい」


 すると第一騎士団の騎士はホッとしたような表情を浮かべた。


「そうか。よかった! 俺達は抹殺されたんじゃないかって思ってたんだ」


「ま、抹殺って」


「実は第一騎士団の仲間が、聖女邸が襲われて間者の死体を片付けたって言うんだよ。だけどその後に聖女邸がもぬけの殻になったと聞いたんだ。そこでもしかしたら、聖女様達が殺されたんじゃないかなんて噂がたってね。俺達第一騎士団は聖女様には死ぬほど助けてもらったんだ。もしそんなことがあろう者なら、殺した奴らを絶対に許さないって思ってたんだよ」


 そう言う事だったか。それを聞いたスティーリアが答える。


「聖女様は郊外に出たと聞いている。もちろん無事だし、教会では生存を確認しているから心配は御無用だよ」


「よかった! まあ教えてもらった礼だ。飲んでくれ!」


「あ、ああ。ありがとう」


 これは良い。丁度こちらからも聞きたい所だった。俺とアデルナとミリィ、そしてヴァイオレットが変わりばんこに聞く事にした。


「だけど、第一騎士団が守る中で聖女邸を襲うなんて、随分大胆な行動をとったものですね?」


「まったくふてえ野郎達だよ。まあ結局は聖女様に全滅させられたらしいけどな」


「なんでそんなことをしたんでしょう?」


「俺達騎士団でもおかしいと思ってるんだ。聖女邸の守りが薄い時を見計らって、襲撃を図っているからな。その日に聖女邸の守りが薄くなるなんてことは、一部の人間しか知り得ないはずなんだ」


「あら、誰が知ってたって言うんでしょう?」


「そんなもん。軍部と宰相、あとは王宮関係者と王様達に決まってる」


 普通に考えたらそうだ。


「なのに間者は、なんでその日が手薄だって知ったんでしょうねえ」


「それが分からないんだよ。フォルティス団長も団員に内通者がいないかと調べているが、俺達の中に内通者がいるなんて考えられない。俺達は王の剣なんだ。裏切るわけがない」


「なるほどです」


 するとまた酒が運び込まれて来て、俺達はそれを口にした。どうやら騎士達の酒の色が濃い所を見ると、ミラーナがあえて強めに作っているらしい。俺達の酒は淡くて色がついている程度だった。


 しばらく飲み続けると、騎士達がだんだんと酔い始めた。そろそろ口も軽くなってくる頃だろう。


「さっきの話なんですけど、やっぱりおかしいですよね。内通者がいないのに手薄な日がバレているなんて」


「ああ、その話かあ。本当だよな、一部では閣僚の中にいるんじゃないかとか、王族に紛れているんじゃないかなんて話も出て来る。まあここだけの話だぞ! 不敬罪で俺達がしょっ引かれる」


「そんなことはしません。飲み屋で話された事は全て冗談のようなもの、私達もここから外には出しません」


「ははは。そうか?」


「ええ。ここは騎士様の、うっ憤を晴らしていただく場所ですから」


「そうかそうか!」

 

 だいぶ気分が良くなっているようだ。だがそのおかげで騎士団で何が話されているかを聞き出す事が出来た。しばらく飲んでいたが、騎士達は明日の仕事に差し支えるという事で早々に帰って行く。良い飲みっぷりだし品行方正だし、どのテーブルも声は大きいものの、人に迷惑をかける事無く物凄い勢いで酒を飲み早々に帰って行ったのだ。


 深夜零時を回る前に、店を閉める事が出来るらしくミラーナ達も無理はしていないようだ。店を閉めて皆が集まって話を始める。


「聞いていたとおりか、第一騎士団に内通者はいないようだ」


「そうですね。やはり閣僚にいるのでしょうか?」


「気になる所があるのは、王族にいるんじゃないかと冗談めかして言っていたところだ」


「言ってましたね」


「もう一度ルクセン辺境伯に連絡を取ってみるかな」


「はい」


 そして俺達のホステス仕事は終わる。ガラの悪い冒険者や街の人を相手にするより、ずっと楽だったと思う。それだけフォルティスの教育が行き届いているという事だ。更に第一騎士団は俺に対して恩義を感じているようだった。帝国戦やワイバーン討伐、第三騎士団との戦いで俺の援護の事を感謝しているようだ。特に帝国戦で一人も死ぬことなく第一騎士団が帰ってきたから、誰もが俺に対して悪いイメージは無いのだろう。


 賢者邸に帰ってきた俺達はすぐさま、手紙をしたためてルクセンに渡すように仕向けた。そしてその答えはすぐに帰ってくる。ルクセンは使役されているネズミの事を知ってか知らずか、手紙をしたためて返して来たのである。


 そこには一度会って話そうと書いてあった。


「やっぱり何か感づいているね?」


「そのようです」


「会うしかないね」


「はい」


 もしかしたら最初に俺達に依頼をした時から、ルクセンは何かを掴んでいたのかもしれない。それを俺達に言わずに捜査を依頼したのだと分かった。そして会う当日になり、俺とアンナは変装をして賢者邸を出発するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る