第50話 人として扱う

 俺はルクスエリムの許可を得て他の公務を中断し、捉えた女の子の尋問をさせてもらう事になった。正直なところ俺にも話してくれるかどうかは分からない。だが事の詳細を確かめるまでは、なんとかしてみるつもりだった。クビディタスの孤児院の事はとりあえず中断だ。


 今日、騎士団の詰め所に一緒に向かっているのはアデルナだ。包容力のありそうなおばさまなので、もしかしたら少しは心を許すんじゃないかと思ったのだ。アデルナはボリュームのある体を馬車の椅子に収め、少し緊張気味な様子で俺にあれやこれやと聞いている。


「なんでも噛みつかれそうになったとか?」


「いや、噛みつかれはしなかった。ただ、ご飯を吹きかけられたかな」


「あら、もったいない」


「まあそれでもちゃんと食べてくれたし、とりあえずは今日どうかなって感じ」


「わかりました」


 俺達の乗る馬車が騎士団の屯所に到着すると、早速外側から馬車の扉が開かれる。するとそこには、第一騎士団副団長のマイオールと騎士二人が立っていた。


 今度はこいつか…。熱血男は嫌いなんだがな…


「これは! 聖女様! 本来は騎士団の仕事であるというのに、御足労頂きましてありがとうございます!」


「マイオール卿は、お忙しいのではありませんか?」


「捕らえた者の証言によっては、これからどうなるか分からないです。今まだは他に犯人がいないかを騎士団が捜査しております。本来は私も出るところでしたが、フォルティス団長から直々の命令で護衛の任にやってまいりました!」


 ああ、あの厳ついおっかねえおっさんの指示か。ならマイオールも言う事を聞かなきゃいけねえな。でも俺はイケメンに側に寄ってほしくないんだよなあ。


 俺が馬車から降りようとするとマイオールが手を差し伸べ来るので、それを無視してポンッと一人で降りた。そして次にアデルナが出てくると、マイオールはアデルナにもきちんと手を差し伸べる。アデルナは、ほんの少し頬を赤くしながらマイオールの手を取った。


 なんだろ? 俺も、おばちゃんだと焼きもち焼かないんだな。


「では」


 俺達が屯所に入っていくと、昨日より少ない人数が出迎えてくれた。昨日はルクスエリムが来ていたので、大袈裟だったようだが今日は十名に満たない。


 むさっくるしく無くていいや。とにかく牢屋に向かおう。


「ではあの子の元へ」


 そして俺達が昨日の牢屋屋の前に連れていかれると、テーブルの上には手つかずの食事が置かれてあり、繋がれた少女がこちらを睨んでいる。


 あれ? 昨日は食べてくれたんだけどな。


 俺は牢の前に立っている二人の騎士に声をかけた。


「入れてください」


 牢屋が開いて、俺とアデルナとマイオール、そして騎士二名が一緒に入る。


「こんにちは」


「‥‥‥」


 どうやら少女は、まだ心を閉ざしているようだ。


「せっかくの料理なのに食べないのかな?」


「お前が食べさせろ」


 少女が口を開いた。だがその無礼な口の利き方にマイオールが叫ぶ。


「貴様! 聖女様に向かってその様な口利き!」


「マイオール卿。すみませんが私に任せてください」


「出過ぎた真似を!」


 そう言ってマイオールが頭を下げる。


「お静かに」


「はい」


 そして俺は昨日と同じように、匙を持って少女にそれを近づける。するとそれを口に入れた少女が、プッっと料理を吐き出した。


「冷えてる」


 すると牢の前に待機していた騎士が言った。


「お前が食わなかったからだろうが!」


「あたしは聖女様に食わせてもらいたいんだよ!」


「黙れ!」


 いや、お前が黙れ。


「お静かに。そして新しい料理をお願いできますか?」


「しかし!」


 見張りの騎士はそれが気に入らないようで、抵抗してくるがマイオールがそれを諫める。


「聖女様がおっしゃっているのだ! すぐに用意しろ!」


「は!」


 そしてしばらくすると、暖かい料理が運び込まれ冷たいものと取り換えられた。そして俺は再び匙を持って、少女の口にそれを近づけるとぱくりと食べて飲みこんだ。


「どう?」


「さあね」


 すると…俺の隣りで黙っていたアデルナが、怒気をはらんだ声で少女に言った。


「おまえさん。あれを作った料理人に申し訳ないと思わないのかい? そして農家さんや猟師さんに申し訳ないと思わないのかい?」


「アデルナ…」


「いいえ。聖女様、ここは言わせていただきます。あんたがどんな経緯でここに来たのかなんかは知らないけどね、作った人や用意してくれた人に感謝の一つもするべきさね! この料理が食べたくても食べられない子供だっているんだ。ありがたくいただく! そして感謝する。それくらいはしなさい!」


 あちゃちゃちゃ。そんな事を言ったらまた降り出しに戻るじゃないか。


 そう思っていたのだが、少女の口から信じられない言葉が出た。


「…おいしい…」


「そう! 美味しいものを食べたら美味しいっていうのさ! それが作ってくれた人への感謝の気持ちさね! では、聖女様続きを…」


 すんごい迫力に俺も圧倒されていた。


「あ、はい。えっと、次は何を食べる?」


「あの、パンを」


「はい」


 そして俺はパンをちぎって少女の口元へ持って行く。するとマイオールが慌てて言った。


「危険では?」


「大丈夫」


 そして俺が指を近づけると、口を近づけてパンを頬張った。


「どう?」


「…おいしい」


「それはよかった。なら自分で食べる?」


「えっ?」


「鎖を外してもらおうよ」


「はあ?」


 少女が驚いているが、俺は振り向いて牢屋の外にいる騎士に言った。


「あの、すみませんが彼女の鎖を外してください」


「えっ! いや! それは…」


 牢屋の外の騎士がうろたえている。そしてマイオールも俺に言った。


「聖女様。恐れ入りますが、聖女様が外に出たらにいたしましょう。我々がここに残りますので、それならば私も容認できます」


「うーん。わかりました。なら私とアデルナは外に、そしたら鎖を外してあげて」


「わかりました」


 そして俺とアデルナが牢屋の外に出て、騎士が一人代わりに中に入る。そして鍵を使って手首の錠前を外した。足はそのまま椅子に括り付けられたままだ。少女は手首をさするようにして、両腕を揉み解している。


「じゃあ自分でどうぞ」


「あ、ああ…」


 そして少女は自分の手で匙を持って料理をがっつき始めた。俺が与えていた時の数倍の早さで飯を平らげてしまった。


「おかわりは?」


「いらない」


「そう…、では私は中へ。アデルナはここで見ていて」


「私も行きます! 聖女様に何かあってはいけません」


「大丈夫です。私もアデルナに何かあったら困るのです」


「ですが…」


「言う事を聞いて」


「わかりました」


 そして俺は再び牢屋の中へと入った。再び腕は固定されており、飛びかかったり出来ないようになっている。少女の目の前に顔を近づけて、俺はささやきかけるように言った。


「貴女は動物が好きなのかな?」


 いきなり想定外の質問をされた少女は面食らったような顔で俺を見た。だがすぐに落ち着いて、俺の問いに答える。


「さてね。あたしは何も言わないって言ったよ」


「あ、そうだっけ? じゃあ私の事を話すか」


「聞いちゃいねえ」


「私はね、この国の聖女。人々の病気や傷を治し、時には戦争に行くのも仕事のうちかな。そして孤児達の様子を見たり、国の偉い人とお話をしたりする人」


「ふん」


「でも争いごとは大嫌い。戦争には本当は行きたくないと思っているし、戦争はしないで欲しいと願っている」


「‥‥‥」


「そう言う人」


 少女は特に表情を変えずに、俺の言う事を静かに聞いているようだった。もちろん聞かせたから何だって事はないが、人の話を聞くならまずは自分の話をしないといけないと思って話を続けている。


「私はこの世界のあり方に少しは疑問を持っている」


「‥‥‥」


「それは貴女のような困っている人が多いって事」


 どうかな? かまをかけてみたら、なんて答えるか。


「‥‥‥」


「貴女が何をしたのか知らないけど、怪しいと思われて捕まってしまったらしい。それは、貴女がワイバーンを使役したのを目撃されているから。ワイバーンを使役するテイマーなんて、この辺じゃあ聞いた事がないからね。だから貴女に白羽の矢が立ったってわけ」


「‥‥‥」


「でも、実際あなたはワイバーンを使役したことがあるだけで、私からは犯罪に加担した人じゃないかもしれないと思われているわけ。そこまでは理解してるかな?」


「‥‥‥」


「だから何かを知っているなら、少しだけ教えてほしいと思っているんだ。はっきり言うけど、王様に頂いた時間は一週間しかないから、出来る事なら貴女を救えないかと考えているんだ」


 するとマイオールと騎士達がざわついた。


「聖女様! お言葉ですが! この者を救う? そんな事はありえないかと!」


「マイオール卿。どうしてですか? 実際に襲ったところを見ていないのでしょう?」


「それはそうですが、状況証拠がそろっております! ギルドでもワイバーンを使役するテイマーなどおりません」


「ワイバーンを使役する人を見た事無いから、この子が犯人だとそう言っているのですか?」


「それは…そうです」


「そんな簡単に犯人だと決めて、万が一、他にもワイバーンをテイム出来る犯人が居たら、この子は無罪で処刑されることになりますけど」


「それは…」


「まずは、話を聞かないと。でも時間に限りはある。だから私は彼女と話をしたい」


「失礼いたしました」


 ほんと黙っとれ!


「では、続けましょう。えーっと、私は大勢の人に憎まれております」


 騎士達やアデルナまでがざわつく。俺が憎まれている事など無いと思っている。だが今の言葉で少女が反応を示した。


「なんでだ?」


 やっとだ。全く取り付く島が無いと思っていたが、多少は反応してくれた。


「結果なんだけど、帝国軍との戦いで大勢の兵士を殺したから。死んだ兵士の家族らは私を恨んでいるでしょう」


「なんだ。悪いヤツなんじゃないか!」


「そう。向こうの兵士の家族からしたら私は極悪人。だけどこちらの殺されなかった兵士とその家族からすれば、大恩人になるのかな? どっちから見るかと言う事でその意味は変わって来る」


「人殺しは悪い事だ」


「まあ、理由はどうあれそうかもね。それが戦争となると正当化される、それが世の常識になっているかな」


「‥‥‥」


「だから私を殺したい人は大勢いる。そしてこの国に敵対している人も私を殺したいでしょうね。だけど正直な所、私は死にたくない」


「勝手だな」


「そうだね。勝手だね。でも私は自分と大切な人を守るためなら人を殺す」


「やっぱ悪いヤツ」


「あなたはどう? 自分の家族を殺した人や殺そうとしている人をどうする?」


「殺してやる」


「だよね。それと一緒の話」


「‥‥‥」


 少女はまた黙り込んでしまった。何を考えているのかは分からないが、少しは心に響いてくれることを願っている。俺は彼女に言う事を忖度しないし、こちらの事も正義面して話す事もない。だがどうしても真相をしりたい。一週間で女の子は殺されてしまう。その前になんとか救えないものだろうか…


 俺はこうして生きているし被害も無かったから、死罪まではしなくても良いと思うが、この国の法律では間違いなく処刑される。でもこの子が死んでしまったら、大元の犯人まではたどり着けない。どっちかと言うとそいつが処刑されるべきで、この子は死罪は取り消してもらいたい。 


 でも焦っても仕方ない。


「アデルナ」


「はい」


「あれを」


 そしてアデルナが鞄の中から木製の髪留めを取り出した。俺はそれを牢屋越しに受け取って、少女の元へとやって来る。そして少女の後ろに立って、そっと髪を両脇から撫でた。


「なにすんだ!」


「痛い事はしない」


 そして少女の髪の毛を後ろに持ってくる。すると騎士が慌てて言った。


「その者は汚いですよ!」


「それはあなた達が風呂に入れてあげないから」


「しかし」


 黙っとれ!


「いいのです」


 そして俺は少女の髪を後ろに持ってくると、綺麗な髪留めでその髪をまとめてあげる。そして再びアデルナに声をかけた。


「紅を」


「はい」


 そして俺はアデルナから口紅を受けとって、少女の前に行く。


「な、なんだよ!」


「ちょっと口を閉じて見て」


「お、おい」


「しー!」

 

 俺が口に手を当てるとムって口を閉じた。そして俺は小指に紅を乗せて、女の子の唇に沿ってなぞるように塗ってあげた。そして少し離れて少女の顔を見る。


「やっぱりそうだ」


「なにがだよ!」


「可愛い」


「へっ?」


 女の子が面食らったような顔をする。そして俺はアデルナを見て言った。


「ね、アデルナ。かわいい子だったでしょう?」


「さすがは聖女様! 見る目がおありになります」


 騎士達も何が行われているのか不思議な顔をしてみている。そして俺は手に布を持って、水魔法でその布を潤した。それで少女のおでこやほっぺの汚れを拭いてやった。


「これでよし! 女の子はおしゃれでなくては」


「そ、そそ、そんな! 勝手に!」


 少女は頬を赤らめて、慌てたように言った。そして少女の目の前にその紅の入れ物を置いて言う。


「これあげる」


「‥‥‥」


「じゃ、また来る」


 そう言って俺は牢を出るのだった。少女と騎士達は何が起きたのか分からない様子で、ポカンと俺とアデルナを見ていた。


「えっと、マイオール卿。今日は帰りますが?」


「は、はい! わかりました! 行くぞ!」


「「は!」」


 そして俺は振り向いて言う。


「出来れば食事の時だけでも、腕を外してあげて欲しい。あと女の子なのですから、せめてトイレにはいかせてあげなさい。垂れ流しなんて可哀想すぎます。屈強な騎士達が大勢いるのだから、見張っていればいいでしょう?」


「わかりました」


 牢の前の騎士が頭を下げた。そして俺は牢の中の少女にも声をかけた。


「トイレを見張られたくなかったら、何かを話した方が良いと思う。そうでなければ、貴女はこの屈強な男どもに見つめられながら用をたさなくてはならない。私は出来ればそんなことはさせたくないと思っているから」


「‥‥‥」


 女の子は答えなかった。そして俺はニッコリと女の子に微笑みかけて、その牢屋を後にするのだった。全く人間らしい扱いを受けないで、何かを話せと言っても話すわけが無い。だが俺の一存で少女は開放できない。この国の決まりがそうなっているのだから仕方がないのだ。


 そして俺とアデルナは騎士の屯所を後にするのだった。

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