第46話 ギルドマスターと密談
慌て顔のビアレスは俺の前であたふたしている。俺はただギルドに冒険者登録をしたいと言っているだけなのだが、物凄く汗をかいていて、なんて答えたらいいか迷っているようだ。
「なにかマズかったですか?」
「いや、その…」
ビアレスが口ごもると同時にドアがコンコンとノックされた。
「は、入れ!」
「失礼します!」
制服を来た女がトレイにお茶セットを乗せて持ってきた。そしてそれをテーブルの上に置いて、お茶を注ぎ始める。まずは俺の前に置いて次にスティーリアの前、そして最後にビアレスの前に置くとビアレスはそれを持ってゴクッ! と思いっきり飲んだ。
「うわっち!!」
恐らく今ので舌を火傷してしまったんじゃないかと思う。それほどに喉が渇いていたようだ。
「ギルマス! 淹れたてです!」
「わ、わかっとる!」
「気を付けてください」
「あ、ああ」
そしてビアレスは対面のソファーの背もたれに背を預けた。
「ふぅー」
「大丈夫ですか?」
すると身を持ち上げて来て、膝の前で両手を組んだ。
「失礼しました。それでもう一度お伺いしますが、聖女様は冒険者登録をしに来たので?」
このくそオヤジが。さっきから何度も言ってんだろ! 何回も言わせんじゃねーよ!
「そう言ったと思いますが? ねえ?」
俺はスティーリアに同意を求める。するとスティーリアがビアレスに言った。
「恐れ入りますが、聖女様は冒険者登録を出来ないのですか?」
「いえ、そんな事はありません。ギルドは誰にでもその門を開いております。貴族のご子息が来る事もございますので」
ならいいじゃねえかよ! なんでそんな困った顔すんだ? この野郎!
「なら問題ございませんね」
しかしビアレスはうんと首を縦に振らなかった。
「あの、それは…。まず聖女様が何故、冒険者登録をしたいのかお伺いしてもよろしいですか? まさか冒険者に混ざってダンジョンに潜りたいっていう訳でもありますまい?」
「そうですね。別に魔獣狩りをしたいわけでも、お宝探しをしたいわけでもありません」
「ならなんでしょう?」
「私はいろいろな情報をお伺いしたいのです。ギルドは王宮でも知らない情報を握っていると聞いたものですから」
「それはもちろんです。ですがそれらは冒険者に有効な情報であって、王宮や聖女様に有効な情報かと言われれば、そうではないかもしれませんよ?」
ビアレスが少し落ち着いて来た。どうやら俺の目的を聞いて、自分が思い描いていた来訪理由とは違ったので安心したらしい。今度はフーっとしながらお茶を飲んだ。俺とスティーリアも目の前のティーカップをもってお茶を飲む。
「さすがは聖女様。とてもお美しくお茶を飲まれますな」
うへぇ…。こんな厳ついオヤジでもおべっか使ってくんのかよ。男っつーもんはみんなこんなかと思うと、反吐が出る。でも笑顔は崩さない。
「どうも。それで冒険者登録の件はどうなります?」
「いや、もし聖女様の欲しい情報をお伺いできれば、冒険者登録などしなくても情報はお渡ししますよ。この国の救った英雄に対し、情報を渡さないなんて出来かねます」
あ! そうなんだ! それはそれでよかった!
そしてビアレスは続ける。
「もちろん聖女様のような実力者が、冒険者になったら引く手あまたでしょうが、もし冒険に出て何かあったり、良からぬ冒険者に手を出されたりなどしたら、ギルドの存続にかかわるでしょう。諸事情もありまして、出来ればご遠慮願えると助かりますな」
「わかりました。それでは冒険者登録は見送りましょう」
「助かります」
俺はこいつが信頼にあたる人物なのかどうかの見定めをしていた。もしかしたら嘘の情報を流してくるかもしれないし、クビディタスや貴族などから賄賂を貰ってるかもしれない。そんな奴に俺の目的を簡単に言う訳にはいかない。
「冒険者になる人達の情報を知りたいのです。冒険者はどんな人がなるのか興味あります」
「そんなことで? それでしたらいろんな奴がいますよ。食いぶちを求めて来る町民や、腕に自信のある騎士崩れ、または魔法学園の生徒なんてものいたりして。ギルドは貴族から孤児院まで幅広く採用してます。本当にいろんな人です。まあ聖女様が来るって言うのは初めてですがね」
孤児院という言葉がビアレスから出た。これは好都合だ。
「貴族と言えばどんな方が?」
「まあ三男以下の家を継げない貴族の息子とか、お家取り潰しになった貴族とかですかね? あとは騎士だった者が軍を辞めて、金の良い冒険者に鞍替えしたりします」
「なるほど。貴族と言うのもいろいろなのですね。町民もいるとか?」
「もちろんです。貧しい家の出の者とか、商人だったけど親が殺されてしまったとか、普通に商人の護衛になりたくてなんて奴もいます」
「なるほど。では魔法学園からも?」
「ええ。聖女様が聞きたいのはこのあたりでしょうかね? 魔法学園の生徒で冒険者希望は意外に多くて、王宮魔導士になれなかったりすると、冒険者を選ぶ者は多いですね」
「なるほど」
ならそろそろ聞きたい本題に入るか。
「孤児院からも?」
「もちろんです。自由に誰でもなれるのが冒険者。自由を手に入れたくて冒険者になる孤児は多いです」
ならば、孤児出身の冒険者を紹介してほしいところだが、なんて言ったらいいか? と俺が考えているとビアレスが付け加えて言う。
「あー、実は私も孤児院出身でして、その腕っぷしで冒険者になりランクを上げ、いつの間にかギルドマスターになってましたね」
なんだって? お前、孤児院出身なの? そんな筋肉隆々で? 全く気が付かなかった!
「そうなんですね!」
おっと、ちょっと興奮しそうになった。落ち着け俺。
「そうなんですね。孤児から冒険者になるのは大変だったでしょう?」
「私の場合はそうでもないですね。子供の頃から悪ガキで喧嘩ばかりしていましたから、だから腕っぷしばかり強くなってしまって。気がつけば冒険者ランクがどんどん上がって、引退後はこうしてギルドマスターをしているって訳です」
なるほど。それならある程度信用できるかな。
「私は孤児院の子らに、もっと広い世界を見てほしいと思っています。冒険者は自由と聞きますので、良い職業のうちの一つかと思います」
「ははっ、ありがとうございます。実はここだけの話…」
なになに? 良い情報でも聞けるか?
「なんでしょう」
「私は孤児院の子らには、ほんのちょっぴり気をかけているんです。無事に育って、立派な冒険者になってくれればいいと思いましてね」
「なるほど。ですが、中にはなりたくなくて冒険者になる子もいるのでは?」
「もちろん無理強いはしませんよ。向き不向きがありますし、ですが金はいいですからね。良い暮らしをしたいのなら、冒険者はオススメでしょうな」
「そうですか、皆自分の為にやっているのでしょうね?」
「もちろんそうです。身よりもいませんし、稼いだ分は税金を引かれてきちんと払われますしね。まあ稼いだら飲み代に消える奴もいますが、孤児院の奴らは貯める傾向にあるようです。貯めて、より一層良い武器を買ったりしてますね」
おお、少し核心に迫って来たかもしれない。ここは焦って話を進めるべきではないな。俺は落ち着いて話を進める。
「私も孤児院を視察する身ですから、孤児院の子らにはより良い未来をと思っています。孤児の未来が狭まってはいけない、学ぶ場も少ないですし、そういった子らにギルドは優しいという事ですね?」
するとビアレスは合点が言ったように答える。
「なるほど! そう言う事でしたか! 聖女様はもっとギルドに門を広げて欲しいと、孤児院の子らに手を差し伸べて欲しいと言っておられるのですな?」
いや、俺は情報を欲しいだけだけど、でもあながち違ってもいないか。
「そうです。ですので、ギルドがそう言う子供の為に良い場所であらねばならない。私はそう考えているのです」
「おお! 私の考えもそうです! 娼館に勤めさせたり奴隷商に売られているなんて噂も耳にしますからな!」
いきなりコイツから本題に入って来た。
「それを、ビアレス殿はどう思います?」
「えっと、なんつーか、聖女様の前でこんな汚い言葉を吐くのはどうかと思われますが、クソですな! そんな事の為に生まれて来たんじゃねえ! あ、すみません。孤児院の子供達は、そんな為に生まれて来たのではないのです」
「ビアレス殿の気持ちは分かりました。そしてそれについて何か知ってますか?」
「噂程度ですがね。一部にそう言う孤児院があるとかないとか。だけどギルドは衛兵じゃありませんから、そんな事を調べたりはしませんけど」
なんだよ。調べておけよ! 俺の為に!
「そうですか。私はそう言う可哀想な子供達がいるのを許せないのですがね」
「聖女様…、なるほどわかりました。そう言う事なら協力させていただきましょう」
「よろしいので?」
「まあ表だってやるわけには参りませんが、そう言うのが得意な連中もいるんですよ。口を割る事も無いですし、まあどちらかと言うと孤児院出身の奴らはそれを面白く思ってませんから」
なるほどね。
「お金なら私が出します。ただし資金提供があった事を内密に出来ますか?」
「もちろんです。まさか聖女様がそんな事に気を回されておいでとは思いませんでした」
「自分が面倒を見ている子らが、どうなっているのかは気になりますから」
「わかりました。それでどうしましょう?」
ビアレスに言われ、俺はバックから金貨袋を出してテーブルに置く。
「大金貨が五十枚入っております。これでお願い出来ますか?」
「はっ? いやいやいや! 多すぎます!」
まあ大金貨一枚が日本円にして十万円くらいなので、五百万もあればと思ったのだが多すぎるようだ。だが俺は続ける。
「ビアレス殿を信じて、次の世代の子らの為にこのお金を使ってください」
「ちょっと待ってください」
ビアレスが慌ててチリンチリーン! と紐を引いて呼び鈴を鳴らすと、しばらくしておさげ眼鏡の女の子が入って来た。
「失礼します」
「ビスティー、忙しいところ悪いね」
「いえ」
「こちら聖女様だ」
「もちろん存じております」
「そしてこちらはビスティー、孤児院上がりのギルド職員です。口が堅くて信頼できます」
真面目そうで可愛いじゃん! ちょっとそばかすの感じとか、小ぶりな顔とかめっちゃいいよ! うーん! かわいい!
「そう。ビスティよろしくね」
「はい! 聖女様にお目にかかれ光栄です!」
「堅くならないで、とにかくいろいろとよろしく」
「はい!」
そしてビアレスとビスティは話を始めるのだった。
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