第一章 聖女転生

第1話 ヒモ聖女、王城へ

 俺達が乗る馬車が豪華な建造物の前に止まった。豪華というだけではなく凄くデカい石造りの建物だ。その周りにはお堀が掘られており、建物まで長めの石畳の橋が続いている。橋の先には円柱系の大きな石の柱があり、その間に重厚な木で出来た門がある。


 城。まぎれもない巨大な西洋城が俺の眼前にあった。


 こんなん…ヨーロッパかどっかの観光地でも、なかなかお目にかかれなそうだな。


 もちろん俺はヨーロッパに行った事はないが、テレビやイメージビデオなどでこんな風景を見たことがある。まるで中世にでも来たようなその風景に息をのむ。


「あの…、おかけになったら?」


 あれ? 俺、いま立って馬車の窓から首だしてる?


 マダムに言われて気が付いた。あまりにも興奮しすぎて、立ち上がって馬車の窓からその建物を覗きこんでいたようだ。まるで電車で窓の外を見る子供のように。


「す、すみません」


 そして俺が座ると、馬車はそのまま石畳の橋の上を走り出す。


「はやる気持ちを抑えられぬようだな」


 笑われながら白髭の老人に言われてちょっと恥ずかしくなった。


 ていうか…一体なんだ? 俺はついさっきおばちゃんの店で美沙樹に、背中を包丁でぶっ刺されたばかりだ。それなのに豪華な馬車に揺られ、荘厳な雰囲気の建物に入ろうとしている。


 プーパッパパパ! といきなりラッパの音が鳴る。


 なになに!?


 馬車はそのまま開いた門をくぐって中に入る。遠目で見てもやたらデカい城だったが、近くに寄って見るとその大きさは圧巻だった。玄関前の階段下に馬車が止まる。


 コンコン! 


「失礼します!」


 外側から扉がノックされて声がかかる。


「城に到着いたしました!」


 すると扉が開き、先ほどバレンティアと呼ばれていた騎士が膝をついていた。


「うむ」


 威厳のある声で老人が答え、手を引かれて馬車を降りていく。続いて品の良いマダムが降り俺がその後ろに続いた。するとバレンティアと一緒にいた、これまたイケメンの騎士が俺の手を取ろうとした。


 うえっ、男に手を取られたくない!


 そう思って立ち止まっていると、騎士が俺に尋ねた。


「聖女様? どうされました?」


「あの、自分で降りれます」


 俺は、そう言ってさっさと馬車を降りた。


 しかし俺はどこに連れていかれるというのだろう? 城の大きな階段を上りきると、これまた大袈裟な扉があって、その中に入って行く。


 うわあ…


 あまりもの豪華な内部の作りに、俺は思わずため息が出そうになった。物凄いバカでかいシャンデリアに、とてつもなくデカい絵画、赤に金の模様が施された毛の長い絨毯、あちこちに置かれたデカい彫像、扉には全て金の装飾が施されている。


 すげえ城だな。陛下とか言われていたので、間違いなくあの白髪のおっさんは王様でこっちのマダムはお妃様だ。そして俺はなんだ? 聖女っていったいなんなんだ?


 するとマダムが振り向いて俺に声をかけて来る。


「お披露目会までに、着替えと化粧直しの時間があるわ。そこで少し休むといいでしょう。フラルは少し緊張しているようですから」


 助かる。ここまで何が何だか分からず進んで来た。ちょっと腰を落ち着けて、自分がいったいどこに来たのか? そして俺自身が何者なのか? あんたらが何者なのかを考えたい。


「ありがとうございます」


 俺はそう言って静かに礼をする。だがそのお礼の仕方を見てマダムが苦笑いをしていた。そして俺に優しく語り掛けて来る。


「やはり、今日はちょっと緊張しているのかしらね?」


 何の事か分からないが、俺は何か間違いを犯しているらしい。


「すみません」


 とだけ言っておく。すると俺の側に楚々とした女の集団が近づいて来た。どこからどう見てもメイドの格好をしている。間違いなくメイドなのだろう。


「フラル様。それではこちらへ」


 俺にメイド服姿の女性が声をかけてくるが、これがまためっちゃ可愛かった。こんなに可愛い子から声をかけられるなんて、ヒモ冥利につきる!


「可愛い人だ」


 やはりナンパの極意は褒める事だ。褒める事から少しずつ距離を詰めるのが大事だ。俺はそう思って、うっかりそんな言葉を吐いてしまった。自分が女である事を忘れて。するとメイドが困った顔をして首をかしげる。


「は?」


 普通なら軽口をたたいて軽く照れるか、下心を見透かしたような顔をされるかだが…。目の前のメイドは、首をかたむけて何を言われたのか分からないような顔をしている。だが一緒に馬車に乗って来たマダムが俺に助け船を出してくれた。


「聖女はちょっと緊張しているようなの。少し疲れているようだし、ほぐしてあげなさい」


「失礼いたしました! 気遣いが足らずに申し訳ございません」


 こんな可愛い子に頭を下げられると、とても申し訳なくなる。


「いや、おれ…」


「オレ?」


「いや…、私が緊張しているだけだから気にしないでほしい」


「かしこまりました。それでは」


 そうして俺は王様の行列から離れ、そのメイド集団と共に違う方向へと歩いて行く。豪華な絨毯の上を楚々として歩くメイド達に合わせ、俺もそっと歩かなければならない気がしてゆっくり歩いてみたりする。


 でも一体どこに行くというのだろう?


 するとメイドの一人が声をかけて来た。


「祝賀会の服装は数種類ございます。中からお選びいただけましたらと思います」


「わ、わかった」


 どうやら俺はこれから祝賀会に出るらしい。そしてその為に着替えるようだ。


 それは助かったぜ! こんな十二単みたいな重たいドレスは早く脱がせてほしい! もう着ているだけで重労働だ。ドレスなんて生まれてこのかた着た事ないからな!


「こちらです」


 一緒に来たメイド達が、部屋の前の廊下に並んで頭を下げる。その前を俺と可愛いメイドが通り過ぎて共に部屋に入った。続いてぞろぞろとメイド達が入って来る。恐らく俺より先に部屋に入ってはいけないのかもしれない。部屋の中には既に服が用意されており、俺はかけられたドレスの前に連れていかれる。


 可愛いメイドが言った。


「聖女様。どちらにいたしましょう?」


 数種類の鮮やかな色のドレスが用意されているが、俺は地味で一番動きやすそうなものを選んだ。なんとなく修道女っぽい服だが、それが一番軽そうだったのだ。


「そちらでよろしかったですか?」


 えっ? ダメだった? だって用意されていた服だし、選べって言ったから選んだんだけど。


「はい」


「やはり、いつものお召し物に近いお色がお好みでしたか」


 なるほど。俺はいつもこんな地味な格好をしているわけだ。ならば問題ない、それにしてほしい。俺が決めるとメイド達が俺に一斉に群がってくる。俺と話をしているメイドは若いが、集まって来たメイドはそこそこ年配だった。そしてメイド達は、俺の服を丁寧に脱がし始めるのだった。


 恥ずかしい…。こんな可愛い子の前で、いきなり服を脱がされ始めるとは。いや…むしろ手間が省けるか? いやいや…俺は何を考えてるんだ? 今はヒモじゃなくて聖女なんだぞ。


「汗をお拭きいたします」


 可愛いメイドが、俺の体を布を押し当てるようにして汗を拭きとってくれた。どうやら服の重さと緊張のあまりに汗をかいていたようだ。そんな事を考えている間にメイド達の作業は進み、あっという間に修道服に着替えさせられるのだった。


 一体君らは誰なんだよ? なんで俺が女なんだよ?


 という疑問も誰に聞けるわけも無く、俺はただされるがままにしているだけだった。

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