ヒモ聖女の半百合冒険譚 ~美女に転生した前世ヒモ男は、令嬢たちを囲って百合ハーレムを作りたい、ついでに世界を救う~

緑豆空

聖女転生

 俺はヒモ。悪い?


 私的な生活保護を受けるヒモの俺が、ノホホンと生きていられる日本は平和だ。


 今日もまったりと女の部屋にいる。一人暮らしのワンルームのカーテンは閉めたままだが外は明るい。世の中のサラリーマン達がパソコンを開いている時間だ。裸でベッドに横たわってる俺は、スマホをいじりながら玄関口にいる奈緒に声をかける。


「ご飯代置いてってな」


「ギャンブルとかしないでよ!」


「分かってるって」


 今日も女から金をもらう。それは俺が働いていないからだ。奈緒は、そのあたりをきちんと分かってつき合ってくれている。そう思いたい。そして奈緒は知らないが、そんな相手が他にもいた。日替わりであちこちの女の部屋を泊まり歩いては金をもらう。その金で服を買い酒を飲み、また金をもらう。


 ジゴロのヒモ。正真正銘のクズ野郎とは俺の事だろう。


「さてと…」


 誰も居なくなった部屋で服を着て玄関口に行くと、ガラスのアヒルの置物の下に一万円札がおいてあった。俺はアヒルをそっとどけて一万円をポケットにしまい、外に出て合鍵で鍵をかけた。


「一万円か…俺も落ちたな」


 俺は既に三十代後半に突入し、容姿にもかなり陰りが出始めた。この前ポツリポツリと白髪を見つけてショックを受けたところだ。最近の女の中では一番親しくしていた奈緒も、もうそろそろ愛想をつかし始めているのを感じる。どちらかというとこれは、お恵みのような代物に近い。


 もうここには、来れないかもな…


 俺はそう思った。奈緒も既に二十代後半に差し掛かって、結婚も視野に入れる齢だ。アパレルで働いてはいるものの、お金の余裕があるわけでもない奈緒に、これ以上寄生しているわけにいかない。アイツは器量も良く頭も悪くないし、俺のようなクズは忘れ良い男を見つけるだろう。


 俺は奈緒が好きだ。だから幸せになってもらいたいと思う。


 カラン。俺は玄関のポストに合鍵を投げ入れた。


 そして俺は表通りに出る。


「やっべえよな」


 最近はいつも思う。三十歳を超えた辺りからモヤモヤと思っていた事だ。それが三十代後半に突入してからは、毎日のように考えてしまうようになった。いつまでもこのままでいられるわけがなく、いつか誰からも相手にされなくなる。だけどその暮らしを終わらせることが出来ずに、ずるすると生きている自分を悔やむことがあった。


 今日の夜に泊まる女の目処をつけなくちゃ…その前に腹ごしらえだ。


 ひとまず俺は電車に乗って渋谷に出た。


「やっぱ渋谷はいい」


 渋谷は昔から俺の遊び場だった。だが俺は数ある定食屋の中でも決まった所に行く。おばちゃん達が切り盛りする居酒屋で飯を食うと決めている。小鉢が大量にカウンターに並べられ、それらを定食にプラスして食う事が出来るいい店だ。店内に入るとおばちゃんが声をかけて来る。


「いらっしゃいませ」


「どうも」


「あらお兄さん、こんにちわ」


 ホスト時代からしょっちゅう来ていた店なので顔を覚えられている。まるで東京の母親であるかのように接してくれるので、なかなかに居心地が良かった。席に座るとおばちゃんがオーダーを取りに来る。オーダーと言っても頼む物はいつも決まっていた。


 むしろおばちゃんの方から聞いて来る。


「いつもの?」


「ああ、いつもので」


「あいよ」


 少し待って出てきたトレイの上には、牛すじ煮込みと手作りのぬか漬け、そしてだしのきいた味噌汁にマグロの山かけの小鉢がのっている。ご飯はサービスで大盛りになっていた。


「お兄さん。いつも来てくれてありがとうね」


「おばちゃん。こっちこそありがとうだよ」


 おばちゃんは俺が何の仕事をしているとかは知らない。俺が礼を言うと、おばちゃんはニッコリ微笑んで厨房に戻って行った。この時間はごった返しているので、ゆっくり話をする時間などないのだ。


 俺はズズっと味噌汁を飲む。だしがきいてて美味い。そして牛すじ煮込みの中からこんにゃくをつまんで、パクっと口に放り込んだ。これもヤバいくらいに味が染みてて美味かった。その味を楽しみながら、白米を口の中に放り込む。


「うんまっ!」


 母さんが作っていた牛すじ煮込みの味を思い出させる。そして次に牛すじをつまんで口に入れようとした時だった。


 グサッ! という音と共に、俺の背中にいきなり火箸を突っ込んだような激痛が走った。


「ぐああぁぁ!」


 俺は叫び声をあげて床に転げた。後ろを見ると、そこに立っていたのはむかし俺が付き合っていた女だった。


「みっ! 美沙樹!」


「あら、名前を憶えていてくれたのね?」


 美沙樹は一年くらい前まで俺が一緒にいた女で、結婚をせがまれていた女だ。流石に俺のようなヒモ野郎と結婚させるわけにいかないと思って、俺はこの女のもとを去ったのだ。俺がこの店に入り浸っている事を知っていた美沙樹は、どうやら待ち伏せをしていたらしかった。


「な、ゴフッ、お前、なんで…」


 血を吐きながらも話しかける。


「あなたが私を捨てるからよ。逃がさないって言ったじゃない」


「ぐぅ、お前にはもっといい男が…」


「私にはあなただけだったの、あなたを殺して私も…」


 美沙樹がそう言いかけて包丁を首に持って行くが、周りにいたサラリーマン達が一斉に美沙樹を取り押さえた。


 俺が叫ぶ。


「そいつを止めてくれ!」


 こんなかわいい美沙樹が、俺ごときを殺して死んでもらっては困る!


「離して! 離してよ! 私も死ぬんだから!!」


 店のおばちゃんが大きな声で叫んだ。


「やめなさい! きっと生きていればいい事がある!」


 おばちゃんグッジョブ!


 それを聞いたサラリーマンたちは、より一層手に力を込めてそれをさせなかった。


「す、すみませ…、皆さん…、そいつを死なせないで…」


「ちょっと! おにいさん! きゅ救急車! 早く救急車を!」


 おばちゃんの甲高い叫び声を最後に、俺は死んでしまうのだった。ウダツのあがらないクズの俺の死にざまとしては、これ以上ない理想的な死に方かもしれなかった。


 …何も成せない人生だった。ただ女に寄生して…。


 もう少し人の役に立つ人生であったなら。好きな女の為にいろんなことをしてあげたかった…。もし生まれ変われるなら、次は人を幸せにする人生にしたい。



 ……………………………



 俺は一体どこに行くというのだろう?


 たぶん俺は死んだ。それが証拠にあれだけの激痛を今は感じない。だが何故か意識が残っており、深い湖の底に沈むかのような感覚に襲われている。


 俺は…沈んでいる? あの世に行くのか? 


 とりあえず冷静になって考えてみる。


 なんにも残してないし誰も幸せにしていない。とにかく俺は人として最低だった。なにせ大好きな女達を一人も幸せにしないで死んじまったんだから。愛した女達の呆れ顔が目に浮かぶ。



 皆を幸せに出来たら良かったのにな…


 

 そんな事を考えている俺に、唐突にしわがれた声が聞こえて来た。


「…汝はその称号を受け入れ、国の為に尽力すると誓いますか?」


 なんだ? 


 突然ぬるま湯から外に出たような感覚。どうやら俺は今、跪(ひざまず)いているようだ。胸の前に手を組んで頭を下げた格好をしているらしい。


 なるほど。閻魔大王が、俺の事を裁いてるのか?


 急に好奇心が出て、閻魔大王の顔を一目見てみたいと思った。少しだけ頭を上げて薄っすらと目を開けてみる。


 なんだ?


 閻魔大王ってのはすっごく金持ちらしい。目の前には豪奢なローブを着た足元が見えた。


「…誓うか?」


 俺の目の前の閻魔大王が、言葉を切って何かを言い終えたようだ。周りはシーンとしており、俺は何かを問われて答えなければならない状況のようだ。


 どうしよう。


「どうかね?」


 閻魔大王がもう一度聞いて来たので、目を開けて前に立つ人の顔を見る。するとそこにはモフモフの白髭を生やした、バチカンの司教のような老人がいた。どう見ても閻魔大王だとは思えない。


 とにかく誓うか? と聞いていたようなので答える事にしよう。


「誓います」


 あれ? 


 鈴が鳴るような美しい女の声が聞こえた。俺が喋ったはずだが、なぜか女の声に聞こえる。ぞくっとするいい女の声が俺の口から出た。



 パチパチパチパチ! ワーーーーー!



 周りから盛大な拍手と歓声が上がった。今の今まで気が付かなかったが、どうやら俺は何かの祭典が行われている場所で、驚くほど大勢の人間に囲まれていたのだった。その人々が一斉に拍手をし、歓声を上げていると分かった。 



 なにこれ! なんでこんなことになってんの?


 訳が分からない。するとその司教のような人が、木の杖のような物を俺に捧げて来た。


「聖女の杖を授けよう」


 どうすればいいんだろう? なんで俺はこんな式典に出ているんだ?


 とりあえずめっちゃ不安だけど立ち上がる。


 訳が分からな過ぎて焦り汗が噴き出して来た。きょろきょろと周りを見てみると、執事のような人と目が合った。その人が目配せで杖を受け取るように言っている気がする。俺はとにかく分けも分からずに杖を受け取った。すると次の瞬間その会場は一斉にシン…とした。



 えっ? やばいやばい!



 俺は再び目が合った執事みたいな人を見ると、何か口をパクパクさせている。読唇術をマスターしているわけでもないが、なんとなく言っている事が分かった。なのでそれをそのまま口にしてみる。


「謹んでお受けいたします」


 すると再び、ワーーーーー!と歓声があがった。


 何これ?


 俺は今、自分に起きている事が全く理解できなかった。さっき美沙樹に背中を刺されて死んだはずだが、やたらと大勢の前で祝福を受けている。一体、俺の身に何が起きたというのだろう?


 すると俺の両脇に二人の人影が現れる。きょろきょろ見ると彼女らはどうやら修道女のようだ。年老いた中にも気品のある表情で俺を見つめ、ニッコリと微笑みかけている。俺も思わず微笑み返した。


 はぁ~


 するとそれだけで、大勢の観客からため息が漏れた。


「それでは参りましょう」


 修道女の一人に言われ、俺は立ち上がりその場を後にした。


 そこは大聖堂のような場所で、俺は赤い絨毯の上を修道女からエスコートされて歩いて行く。その大聖堂の大きな入り口をくぐり外に出ると、これまた多くの民衆が集まっていた。


「聖女様ぁ!」

「おめでとうございます!」

「聖女様ばんざーい!」

「こっちむいてぇぇ!」


 民衆が俺を見ると、ワッ! と爆発するような歓声が上がる。もの凄い声援に耳がおかしくなりそうだが、何事も無かったように歩く。


 とにかくここは冷静に。


 すると階段の下に馬車が待っていた。それはそれは豪華な白地に金の飾りのついた四頭立ての馬車で、馬車の前に二人の騎士が威風堂々と立っている。


 フルプレートの鎧と剣を帯剣している? ヨーロッパか? イギリスの式典か? とにもかくにも二人ともイケメンすぎてぐうの音も出ない。こいつらは俺の敵だ。キライ!


「聖女様。それではこちらに」


 俺は騎士に手を引かれるままに、その馬車に乗り込んだ。すると中には髭の老人とマダムが豪華な服を着て座っていた。


「無事に式典は終わったようだな」


 その老人が重厚な声で俺に言う。俺はどう答えたらいいのか全く分からずにニッコリと笑い「はい」とだけ答えた。すると馬車がゆっくりと走り出す。先ほどの騎士が馬車の窓から顔をのぞかせて老人に声をかけた。


「陛下。我々が責任を持って警護いたします」


「頼んだぞ。バレンティア」


「は!」


 どうやら騎士達は、この馬車と並走しているようだ。上下に揺れていたので馬に乗っているらしい。あっという間の出来事に俺はただただ呆然としていたが、次第に意識がはっきりして来た。


 まて! まて! まて! ここはどう考えてもヨーロッパ、ローマかどっかの国だろ?そして立派な馬車だし、車とかビルとか何も無かったぞ? 人民が着ていた服を見た限りは、現代じゃないような気がするが、そういう演出だろうか?


 プチパニックとなった俺の額から、どっと汗が噴き出て来る。すると目の前に座るマダムがハンカチを俺に差し出してくれた。


「あ、ありがとうございます」


「大役でしたね。汗もかくでしょう、本当にご苦労様でした」


「は、はい」


 大役? 俺はいったい何をしていたのだろう? そしてマダムはハンカチと共に、バックの中から豪華に飾り付けられた手鏡を渡して来た。どうやらそれを見て額の汗を拭けと言っているらしい。


「ありがとうございます」


 そして俺はその手鏡を受け取り、自分のおでこに浮いた汗を見ようと顔を映した。


「嘘ぉぉぉぉぉぉぉ!」


 俺は唐突に声を出してしまった。


「どうしたのだ?」


 目の前の白髭の老人が驚いて俺に声をかけて来る。しかしその隣に座っているマダムがフォローするように言う。


「汗でお化粧が崩れているのですもの、女性なら自分の目を疑ってしまうわ。でもあなたは誰よりも美しいわよフラル。別に驚くほどの事にはなっていないから安心なさい」


「は、はい」


 違う。俺は化粧崩れで驚いているのではない。


 小さな手鏡に映る俺は…それはそれは美しい外国の白人女性になっていたのだ。白に近いような金髪の巻き髪と、青く澄んだ大きな目をした絶世の美女に。


「これで我が国も安泰じゃろう。百年ぶりの聖女の誕生に国も湧きたっておるわ」


 せ、せい…じょ? 前後の流れから考えたら、それ…俺の事だよな。


「そうね。我が国を脅かす敵対国にも御触れを流しましょう」


 話が見えないので、俺はただウンウンと頷くだけだった。


 ところでこの馬車は一体どこへ向かっているのか? 


 どうやら俺はヒモ男の称号を返上し、聖女に生まれ変わってしまったのだった。

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