第3話 婚姻成立


 意味が分からない。この少年は何を言っているのだろうか? 妻? 



 「……あたしがあんたの妻になれって……言うの?」



 「そ、そうだ!! 僕……じゃない。……お、俺の妻になれ!!」



 目の前の少年の突然の言葉にしばらく直立不動になる。自然と身体の痛みも感じなくなっている。

 今まで結婚なんてものには縁のない人生だった。勇者として各地を巡っていた時も、ギルドの研究所で働いてきた今までも。間接的にアピールされたようなことはあったかもしれない。



 でも、今は違う。



 あたしは今、はっきりと結婚を申し込まれている。人魔じんまに。



 欲が出る。この少年の澄んだ黄色の瞳を見ていると思い出す。あの時に感じた気持ち。もう1つのを。



 「……どうしてあたしに妻になってもらいたいの?」



 あたしは突然のプロポーズの理由を尋ねる。見知らぬ人間であるあたしにプロポーズをしてきたんだ。もしかしたらずっと以前からあたしのことを知っていたのかもしれない。あたしのことをずっと見ている間に恋心を抱いてこの絶望的な状況に偶然を装って出てきたのかもしれない。



 「さっきの魔王竜ヴァロルグとの戦いをみてて決めた。ルーニャは強そうだし、それに魔王になるからには妻がいた方がいいと思って!」 



 聞いたあたしがバカだった。この少年は何か勘違いをしている。妻というのは家来でもなければ男のアクセサリーでもない。見ず知らずの人魔じんまながら今から将来が心配だ。ここは結婚というものが何かをよく教える必要があるだろう。 



 「いい? 結婚って言うのは遊びじゃないの。そんな単純な理由で相手を決めないことね」



 「ん? そうなの? 結婚は自分がいいなって思った相手とした方が良いって聞いてたからルーニャと結婚したいと思ったのに。それじゃダメなのか?」



 「うっ……」



 少年は純粋な目であたしを見つめてくる。調子が狂う。が、あたしはひるまず結婚とは何かを少年に説く。



 「結婚って言うのはそんなに簡単に決めていいものじゃないの! ……そもそもあんた結婚指輪なんかも持ってないんでしょ?」



 「結婚指輪?」



 「何? 指輪も知らないの? 結婚指輪っていうのは夫婦の証として左手の薬指につけるもののこと」



 あたしは荷物の中から取り出した1つの箱を少年の前に差し出し、蓋を開ける。中には綺麗な2つの銀色の指輪が顔をのぞかせた。この指輪を見るのもいつぶりだろうか。未だにこんなものを持ち歩いているあたしもどうかと思うが、少年に対しての指輪の説明には役立った。少年はあたしが見せた指輪をまじまじと見つめている。



 「へぇ、これが指輪なのか」



 「そう。ただしこの指輪はただの指輪じゃない。この指輪は契約の指輪」



 「契約の指輪?」



 「そう。この指輪はつけた2人は互いの命を共有する。つまりあんたが死んだらあたしも死ぬ。逆にあたしが死んだらあんたが死ぬ。結婚って言うのはそれくらいの覚悟が必要なの……どう? そんな指輪付けられる?」



 あたしは不思議そうにあたしの顔を見る少年に説明する。もちろん結婚生活が破綻して離婚をする夫婦などこの世界には山ほどいる。でも、初めから結婚生活がそんなものであると思わせるのはこの少年にとっても良くないことだろう。あたしは話を大げさに結婚とはどういうものかを説く。



 「ほら、こうやってお互いに相手の薬指に指輪をつけあうことで契約が成立するの」



 あたしは指輪を1つ取ると少年の薬指に指輪を通した。この契約の指輪は特殊な魔力でつくったものらしく指輪は相手の指のサイズに変形する。あたしがつくったものではないけどこの契約の指輪をつくった者からそう聞いていた。実際にあたしが自分の指にはめたことがあるからこの指輪の構造は理解している。



 「へぇ~~、綺麗だなぁ♪」



 少年は呑気に自分の左手を空高く挙げ、指輪を見つめている。



 「これでルーニャと結婚したことになったのか?」



 「いや、……あのねぇ」



 少年はキラキラした瞳であたしを見つめている。話を聞いていたのだろうか? 契約の指輪は互いの命を共有するというのに。あたしは呆れて目を閉じる。結婚がどういうものかを理解するにはまだ幼かったのかもしれない。



 「大丈夫。この契約の指輪は2人が互いに指輪をつけた時にだけ効力を発動するだけ。だからまだ結婚はしてない。……さっ、これで分かったでしょ? 結婚って言うのは遊びじゃないの。分かったらさっさとここから……」



 その時、左手を何かに下から持ち上げられた。咄嗟に閉じていた目を開けると少年が右手があたしの左手を持ち上げていた。慌てて少年のもう一方の手に視線を向ける。と、そこには銀色に輝く指輪があった。



 「そっか。じゃあこのもう1つの指輪をルーニャにつければいいんだね!」



 「ちょ……だ! だめぇ!!!」



 慌てて左手を身体の方へ引こうとしたが、指輪はすでにあたしの左手の薬指の第3関節までしっかりとやってきていた。



 『すっ……』



 その瞬間、2つの指輪が眩い光を放ち、森の中であたし達の周囲は光に包まれた。おそらくは契約の指輪の効力が発動した証だろう。



 「…………うわぁ、すごい。指輪ってすっごくきらきら光るんだねぇ」

 


 指輪の契約が成立してしまったというのに少年は呑気に自分の手の指輪を見つめている。



 最悪だ。



 冗談半分で結婚とはなんて教えるんじゃなかった。あたしは目の前の人魔じんまの少年、魔物の妻になってしまった。


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