狩りの始末

「腹を開くぞ! 風下には立つなよ!」

 動かぬ肉塊と化した砂蟲は、その場で解体される。腹に金筒を挿し、内臓に溜まったガスを吹き出させた後に開腹し、内容物を取り出すのだ。

 はらわたの汁は桶に溜めておき、ゴミ捨て場に撒く。強い刺激臭による害虫や害獣避けでもあり、付着した砂に混じり、やがて風に臭いが運ばれることを期待した砂蟲への嫌がらせでもある。

「ようし、運ぶぞ! 声揃えろ!」

 砂蟲は、土や石以外はその糧にできない癖に何でも喰らう。そのため、腸の中に幾つも出来た憩室には、腐敗しきった生き物の成れの果てや、砂船により運ばれていたのであろう貨物などが、未消化のまま捨て置かれている。砂蟲自身、これが原因で命を落とすことも少なくない。

「親分! これで全部だ!」

「よぉし! よくやった、野郎共!!」

 この奇妙な生き物は、旧文明の時代には既に存在したらしい。稀に出没する古株の腸から出たアンティークは商会を通じて海都まで運ばれ、高値で取り引きされる。また、砂蟲が呑み込んだ貨物は誰の持ち物でも無いとされるため、狩りの後始末のガラクタ漁りもバハルクーヴの男達にとっては貴重な収入源となるのだ。

「おうら、じゃり共! ぼさっとすんな!」

 見張りを終え、特等席で砂蟲狩りを見物していたカメリオらも、当然後始末に駆り出された。砦の男達は総出でわいわいと、石造りの作業台に載せられた砂蟲を解体していく。

「ああ、クソッ! くっせえなぁ……」

「ぐっ、鼻が……曲がりそうだ……」

 砂蟲の表皮で拵えた分厚い手袋をしてはいるが、選り分け作業は気が滅入るものだ。この後の風呂が待っていなければ、きっと三人の心は挫けていたことだろう。良い香りの香草が蒸された風呂は、バハルクーヴっ子の社交の場でもあった。

 また、風呂にも以前に彼らが解体した砂蟲が有効活用されている。よく天日に干した砂蟲の死骸は、ここら一帯では燃料として重宝しているのだ。特に、繁殖期に採れる胎の中の仔は燃したときの煙が少なく、煮炊き用に人気だ。

「てめえらもこれまで散々、人を喰いまくったんだ……おあいこだぜ?」

 ぼそり、とエリコは独りごちる。

 エリコの母は、昨年の同じ季節に砂蟲が起こした崩落事故に巻き込まれた。即死だったという。この島では、子供達を集めて文字を教えていた。昔近所に住んでいたという姉のような存在の女性に影響され、砂蟲の腹から取り出した旧文明の本を、綺麗に洗浄しては宝物のように収集していた。エリコの名も、その本の中から付けられたものだ。

 父は、エリコが幼い頃に砂蟲との対峙中にこの砦で命を落とした。この島には十分な薬も無く、怪我を治すのも本人の運と気力任せだ。以前の砂蟲との争いで怪我をした結果、治りが不十分であった脚で後れを取り、頭から砂蟲に呑まれたのである。

「いけるか?」

「おう」

 ヤノの問い掛けに、エリコは短く応える。声色に彼の昏く烟る心を見抜いたのは、流石の兄貴分だ。

「風呂から上がったら、果実水でも飲むか」

「おっ、いいね。ヤノの奢りだな」

「調子乗んな」

 ヤノはエリコの肩を、自らの肩で殴った。あまり力は入れていないのだが、大柄なヤノの一撃により、エリコは作業台に顔が付きそうな程につんのめった。

「くっせ! 眼の前に来た! 染みる!!」

「鍛え方が足りねんだよ、大袈裟」

 カメリオは、そんな二人の気心の通じ合ったやり取りに微笑ましさを感じながらも、ヤノのようにはエリコの機微を感じ取れない自分に少し寂しいような気持ちを覚える。

「船が来たぞ!」

 と、そこへ誰かの声が聞こえた。件の番頭が到着したらしい。俄に引き締まる空気の中、カメリオも表情を引き締める。

(風呂……入れるかな)

 だが、先の番頭への悪印象に匹敵――或いはそれ以上に、カメリオは深刻な問題に直面していた。砂蟲の悪臭は、時間が経てば経つほど刺すような刺激を帯びるのである。作業台からはそれなりに顔の距離は離れているはずだが、最早、目が染みてきた。

 海都から来た好色者が、せめて砂蟲と対峙した砦の男達に風呂を浴びさせる程度には良識的であることを、カメリオは祈った。

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