孤島、望むは砂ばかり
物見櫓の青年達
太陽に砂が霞むのか、砂に太陽が霞むのか。見渡す限り砂ばかりの物見櫓で目を凝らすカメリオには、皆目見当もつかなかった。榛色の瞳に映る景色は、目が眩むほどに静かだ。
「そういえば、もうすぐだよな。海都から新しい人が来るの」
砂に目が眩むのを誤魔化すように、カメリオは両隣の二人に声を掛ける。彼らが住まうこの島に、商会から新たな責任者が赴任することは、つい先日に掲示が出たところだ。娯楽が少ないこの砦に詰める男たちは、誰も彼もが何かしらの形で世間話のタネにしている。
「気になるのか?」
「俺たちの長になる人だし、一応は」
先に反応したのは、カメリオより二歳年長のヤノだ。赤支子色の瞳を顰めるようにして砂を睨み付けるヤノは、溜め息混じりに皮肉を吐いた。
「……わざわざこんな時期に寄越されるなんざ、余程人望が無いんだろうな」
乾季が始まったばかりのこの季節は、砂蟲の繁殖期だ。仔を妊んだ砂蟲らは、手当たり次第に大地を、岩を、口許に近付く何もかもを呑み、齧り、喰らいまくる。島に人を運ぶ砂船など、通り道に出会せば一呑みだ。
前任者が風邪を拗らせて亡くなってから、一年以上も経って新任を寄越されるのだから、余程この島は商会にとって旨味が無い場所なのだろう。だが、こんな時期に島へと送られてくる方も気の毒だ。死んでも構わないお荷物だと、商会から言われているのも同義である。
「それがよ、来るのはどうやら番頭クラスの大物らしいぜ」
ヤノの言葉を受けて、訳知り顔で言葉を繋ぐのはカメリオとは同い年のエリコだ。雄黄色の瞳で地平線を睨みつけたままの言葉は、同じく砂に霞んだ地平線を睨む二人に衝撃を齎した。
「はあ……? マジかよ」
「わざわざ、こんな遠い島に……!?」
ここ、バハルクーヴ島の他に、複数の居住可能な台地――ここでは『島』と呼ばれる――を統治する大商会、カームビズ商会の番頭と言えば、この砂の大地随一の大都会たる海都においても権勢を誇る存在だということは、海都から遠く離れたこの島に住まう彼等であっても知るところだ。商才は勿論のこと、胆力に優れ、人心掌握に長けた者のみが選ばれるという立場の人材が、何故バハルクーヴのような辺鄙な島に飛ばされたというのか。
元より商会の人間に対しては懐疑的なヤノは、訝しげに瞬きをしてエリコに詳細を話すよう促す。
「余程の訳アリか? そいつ」
「おお、俺もちょいとネタを集めてきたんだけどな」
エリコの情報収集力は、幼馴染みの二人も舌を巻く程だ。人懐っこく可愛げがある性格が、情報源の口を緩ませるのであろう。今回彼が仕入れた情報も、かの番頭に関する予備知識としては精度が高いもののようだ。
「今度来る番頭ってのが、元々は次期商会長だと言われてた実力者なんだと」
「それが、どうして……?」
ますます怪しい。商会から送られてきた前任の責任者は、お世辞にも実力者という雰囲気ではなかった。この島への赴任は、何か懲罰的な意味合いも含まれていることは、カメリオにも理解できる。
一体どういうことなのか――脳裏にぎっしりと疑問符を浮かべたまま、カメリオは相槌を打つ。勿論、物見櫓からの監視は怠らない。
「ああ、女に子供を産ませた上に、結婚の約束を反故にしたらしいんだけど――よ」
カメリオが小さく息を呑んだのが聞こえたのか、一瞬エリコはしまったという顔をする。だが、エリコとて聞かれたから答えたまでだ。物見櫓に、俄に気まずい空気が流れた。
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