10万の傷、きれいな死体。
さく
10万の傷、きれいな死体。
ある男が死んだ。そいつはなかなか有名な動画配信者で、若者の中では知らない人がいないレベルだった。しかし彼は、ある動画で大炎上した。 原因は一本の動画。
「家出少女を助けてみた。」というタイトル。それは、家出をしてきた15歳ぐらいの女の子を、自分の家に泊めてあげるという内容だった。世間的に見たら、成人した大人が未成年の、それも異性の子供を家に泊めるのは、お互いの合意の上でもグレーな部分ではあった。しかしこの動画の炎上ポイントはそこではなかった。問題は、動画の後半。少女が家に帰ってからの出来事だ。最後の感想と呈して、カメラマンが彼に訪ねた、
「まさかあの子に手だしたりしてないよな?」という、冗談交じりの質問。この質問に対して彼は即座に否定した。
「いやいや、そんなことするわけ!」
当たり前だ。そんな事あっていいはずがないんだから。彼の返答とお決まりの挨拶で動画はおわった。しかし、コメント欄で話題になったのが彼の表情。カメラマンからの質問の際、少し彼の表情が歪んだのが気になった。
これは素人でもわかるくらいに、焦りを隠すような表情だった。これに気づいた視聴者からは、
「最後の表情的にこれは黒だなw」
「わかりやすすぎw」などという冷やかしコメントが殺到した。そして、これを信じた他の人達からは、
「未成年に手をだすとかきもすぎる。普通に最低。」
「こういう人だったのは知らなかった。社会のクズ。」
「人助けのつもりでも手だしたらだめやんw
やっぱ欲には抗えないかーw」などという、
小さな憶測を真実だと受け止め批判するコメントが跡を絶たなかった。そして怒りは波紋する。大きくなってゆく。暴露系動画配信者からのありもしない事実のこじつけ。そしてまた、それを信じた人からの批判。最終的に彼は、顔も見たことがない人達から存在を否定されてしまった。視聴者達はやりたい放題、彼が悪く見えるように動画を切り抜き配信したり、本人になりすまし、
「手をだしたのは事実です。本当にすみませんでした。」とコメントしてみたり。
少人数の伝言ゲームですら、本当の内容が最後の人に正しく伝わるのは難しいのに、彼はそれが10万人規模の話なのだ。彼はその後、この一件が事実なのか、虚構なのかも訴えず、この世をあとにした。
彼が亡くなったことがわかった途端、批判コメントをしていた人達は逃げるようにコメントを消していった。その代わりに、批判で溢れかえったコメント欄には、次々に
「ご冥福をお祈りします。批判してる人なんて気にしなくてよかったのに。」
「事実かもわからなかったことを信じ切ったからこうなる。批判したやつ、逃げるなよ」
など、掌返しなコメントが多く並んだ。この中にもきっと、デマ情報を信じ切って批判していた人がいるだろう。それなのに、彼が死んだのは自分のコメントのせいだと思いたくないから、罪悪感をなくすために、過去の自分を否定し、きれいな言葉を並べる。本当は駄目なことだとわかっているから、彼らは焦る。
その後、警察からの関係者への取り調べにより、批判者が事実だと信じ込んでいたものが、事実ではなかったことがわかった。
彼が焦ったような表情をしたのも、返す一言で大問題になってしまうという恐怖から来たものだろうということで、この問題は片付いた。
彼は、殺されたのだ。大勢の批判者に。事実だと信じ、自分の意見を疑わなかった人達に。そして、
「あれ、この状況おかしくない?」と声を上げることができなかった僕たちにも、もしかしたら、小さなナイフで、彼を傷つけてしまった責任があるのかもしれない。
10万の傷、きれいな死体。 さく @Kawa_tare
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