天女魔年 第4話 効果
少女が、倒れないよう支えていた右腕にぐったりともたれかかってきた。
慌てて首筋から唇を離し、彼女の顔を覗き込んだ。
「やりすぎたか・・。」
彼女の瞼はゆっくりと閉じていってしまった。左手を口元に当てると、息はしているようだ。気を失ってしまったらしい。
今までに感じたことのない美味に夢中になってしまった。
彼女の身体をそのまま床に下ろす。
閉じた瞼の淵から涙が盛り上がってあふれそうになっていたので、彼女を起こさないように唇を近づけて吸い取った。
「涙も甘いのだな。」
快い味ではあるが、やはり血のほうが美味だ。濃いというか何というか、前に飲んだ酒の味に近い。飲み続けると酔うところも似ている。
血でこれだけ美味なのだから、肉や臓器も美味なのだろうが、今食べてしまったら、今後この美味を味わうことができなくなってしまう。
血だけでも私は割と満足していた。この血を味わい続けられるのであれば、彼女を生かす価値はあるだろう。それには他の魔人にかっさらわれぬよう、自分の手元に置いておかなくては。
そのためには、今のままでは力が足らぬな。
彼女は数日たっても、目を覚ます様子がなかった。一瞬目を開くこともあるが、すぐにうとうとと眠りに入ってしまう。
熱があるうちは、額の上に冷やした布を当て、定期的に取り換え、合わせて水を与え、回復薬を飲ませておいた。
着替えをさせてやりたいところだが、さすがに女性ものの服は持ち出せない。目に見えるところの肌を拭くのが精一杯だ。
この洞窟は、私が森で狩りや採集をする時に、たまに休んだり、時には泊まったりするところだった。
さすがに飲み物や食べ物は傷んでしまうので、彼女を運び入れた後、館に行って取ってきたが、寝るところの準備はしてあったし、結界も常に張ってあった。それに、中が暗くならないよう明かりがともるようにもなっている。いろいろ手を加えていたおかげで、今回は助かった。
それから一週間ほどたち、私は洞窟の入り口で空の月を見上げていた。
そういえば・・病の発症がない。
私には、持病がある。一定周期で死にたい衝動が湧き上がるのだ。実際に私は何度も自分を虐げようとしている。通常は一週間周期くらいで発生するのだが、その衝動がない。
簡単に治るものではない。私は幾度となく治療には失敗している。
ここ一週間ばかりの間に行った、通常と違うことといえば、彼女を救い、その血を味見と称して吸ったことくらい。
彼女の血が病の発症を抑えてくれているのだろうか?
だとすると、ますます彼女のことを手放せなくなってしまうのだが。。
「あの・・。」
背中側で声がして、私はビクッと体を震わせた。振り返ると、寝ていたはずの彼女が、額に乗せていたであろう布を手に持ちながら、こちらを向いて立ち尽くしていた。
なぜだ?全く気が付かなかった。
外の魔物を警戒していたからか?それとも、物思いにふけっていたからか?
それにしては気を緩めすぎだ。思わず舌打ちをしたいのを心の中にとどめる。
私の表情が硬いことを見て取ったのか、彼女は強張った笑みを浮かべた。
「私はどのくらい寝ていたの?」
「一週間くらいだが。」
そんなに。と彼女が呟く。そして、手に持った布に目をやり、私に向かって頭を下げた。
「その間、私を看病してくれたのね。ありがとうございます。」
彼女が礼を言ってきたが、私は軽く頷くだけにとどめた。別に礼を言われるようなことではない。全ては、彼女のためではなく、私のためだ。
彼女は顔を上げると、不思議そうに首を傾げた。
「なぜ、私はまだ食べられていないの?」
正直、食べられる側から、食べる側に質問する内容ではない。
「そなたは・・食べない。」
私の言葉に、彼女は驚いたように目を見開いた。
「そなたを生かしておく理由ができた。」
「理由?」
彼女は訳が分からないといった体で、また私に問いかける。
「そうだ。だから君は安心して、身体を回復させればいい。だが、見返りを要求する。」
「・・命を助けてもらったのだから・・いいわ。何?」
「そなたの血を定期的に摂取させてほしい。この間のように、そなたが気を失うほどはしないと約束する。」
彼女は、私の言葉に、わかりやすく顔を歪めたが、軽く息を吐くと、わかったわ。と答えた。
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