【第三部連載中】深淵を纏いし姫はダンジョン攻略無双を配信する -VRMMORPGの知識と経験を駆使して、最強の美少女アバターに転生した俺はダンジョン配信で成り上がる-
そらちあき
プロローグ
第1話、世界の終わりと、始まり
表紙絵:https://kakuyomu.jp/users/sorachiaki/news/16817330660398871875
―☆☆☆ー
世界が終わろうとしていた。
視界に映るのは美しい星々が瞬く澄み切った夜空と、今が23時55分だという事を示す時計の針。
この世界で見てきたどんなものよりも美しくて、そして何よりも悲しい光景だった。
もうすぐ、この世界は終わる。
この時計の針が0時を示した瞬間、全てが無に帰すのだ。
俺はその事実を受け止めきれずにいた。いや、受け入れる事を拒んでいたのかもしれない。
この世界には数えきれない程の、かけがえのない大切な思い出があったからだ。
VRMMORPG――
今から10年前、世界で初めて誕生したフルダイブ型の
映像が出力されるヘッドマウントディスプレイを付けて遊ぶような擬似的なVRゲームではなく、専用の機械を装着して意識そのものを電子の世界へ送り込む事で、仮想空間で実際に身体を動かして遊ぶ事が出来る人類の技術の結晶。
その画期的なシステムは瞬く間に世界中のゲーマー達の心を鷲掴みにし、当時高校生だった俺もそんなBSOに心を掴まれ、サービス開始直後からこのゲームに夢中になっていた。
現実には存在しない広大なファンタジーの世界。
大空をドラゴンが舞い、ダンジョンにはモンスターが蔓延り、魔法が存在し、剣を携え冒険に旅立つ、誰もが夢見た理想の世界。
奥深いゲームシステムと、個々で決められる細かなステータス配分や、多種多様な
更にBSOはキャラクタークリエイト機能にもこだわっており、性別はもちろんの事ながら身長や体型、髪型などを事細かく設定可能で、一切の妥協なく自身の思い描く姿を作り出す事だって出来た。
それに声まで自由自在に変える事が可能だった為、現実世界とはまるで違う理想の自分となった人々はBSOの世界で新たな人生を謳歌した。
「アイテムストレージ、【銀の手鏡】コール」
俺が喉を震わせると夜空の下に凛と透き通った少女の声が響き渡り、白い光と共に銀の装飾が施された手鏡が出現する。
そして鏡面に映し出された姿を、俺は目に焼き付けるようにじっと見つめていた。
さらりと光沢のある柔らかな黒髪を腰まで伸ばし、星のように煌めく真紅の瞳を長いまつ毛が彩っていて、桜色の唇は柔らかく艶を帯びている。
きめ細かい白い肌は無垢の天使のように汚れを知らず、頬はほんのり赤く染まっており、その少女は幼いながらも完成された美しさを宿していた。
それは現実ではありえない程の完璧な容姿をした美少女であり、BSOの世界での俺――魔剣士の少女『アルク・ホワイトヴェール』の姿だった。
俺は鏡の中の自分を見つめたまま、ふっと口元を緩める。
「この姿ともお別れですね。短い間だったけど、楽しかったです」
俺の設定した可愛らしい声で、鏡に映る美しく可憐な少女が寂しそうに呟いた。
この世界に初めてログインしたあの日から、『アルク』の姿はずっと一緒に過ごしてきた自分の分身のような存在だから、こうして感傷に浸ってしまうのも無理はないと思う。
かっこいい男性キャラを作るセンスが絶望的に皆無だった俺は、慣れ親しんだアニメやゲームの世界に出てくる美少女キャラを参考にして『アルク』を作った。
男性キャラを作るより女性キャラを作る方が何倍も楽しくて夢中になって、キャラクタークリエイトの画面と一週間以上は格闘していたっけか。
まさしく理想とも言える女性キャラが完成したのに加え、声もこだわって作った結果、現実では絶対に聞く事が出来ないような美麗なボイスが完成した時は嬉しくて、仮想空間の中で思わず小躍りした程である。
そして俺は『アルク』となってこの広大な世界を自由に駆け巡ったのだ。
10年の時を経てアルクのレベルはカンストである100に到達し、魔剣士という攻撃に特化した職業を極め、世界各地に点在するダンジョンを攻略していった。
そしてその果てに『
真のエンドコンテンツと呼ばれ、世界中の猛者達が挑んでいったが攻略者が現れる事はなく、猛者達は口を揃えて『
しかし、俺だけは知っている――あのダンジョンは決して攻略不可能でもバグダンジョンでもない事を。
俺は10年間のプレイで世界中から集めた最強クラスの武器や防具、アイテムを携えて
何もかもが俺にとってかけがえのない宝物であり大切な思い出だった。
しかしそれも今日で終わりを迎える事になる。その全てが無に帰すのだ。
――10年という歳月と科学技術の発展は、BSOを置き去りにするのに十分過ぎる時間であった。
フルダイブ技術は10年の間に飛躍的に進化を遂げており、BSOはもう時代遅れのゲームとなってしまう。
それこそまさしく現実世界と遜色のないような感覚を味わえるVRMMORPGが続々と誕生し、仮想空間の中で体を動かすだけでなく味覚や嗅覚すらも完璧に再現可能となった。
更に現実では不可能な動きを可能にする『アシスト技術』も誕生し、プレイヤー達はそのアシスト技術の恩恵を受けてより高みに昇っていった。
何処にでもいる平凡な人間がアシスト技術を使えば、お伽噺に出てくるような英雄達と何ら遜色のない動きを仮想世界の中で発揮出来るのだ。それは多くのプレイヤー達にとって魅力的だった。
BSOにはそんな便利な機能は存在せず、五感の全てをサポートしておらず、それは大きな足枷となり、時代に取り残され、多くのプレイヤー達が過去の遺物だと切り捨てた。
アクティブプレイヤーは減少の一途を辿り、遂にはサービス終了が決定してしまったのだ。
そして今日、この世界は10年という歴史に幕を閉じる事となる。
俺は夜空に浮かぶ大きな満月に視線を向けた。
綺麗に澄み切った夜空には雲一つなく、まるでこの世界の終わりなんて存在しないのではないかと錯覚してしまいそうになるくらい幻想的な光景が広がっていた。
けれどカチリと時計の針が動く音が聞こえて、世界の終わりはゆっくりと着実に近付いていく。
今頃、プレイヤー達の拠点である王都では最後の瞬間を迎えようと、皆が思い思いの時間を過ごしている事だろう。
俺のようにBSOから決して離れる事のなかった古参プレイヤーから、引退していたが最後を見届ける為に復帰したプレイヤー、サービス終了直前にお祭り気分で遊びに来た新規プレイヤー、本当に様々な人達がいるはずだ。
そんな彼らと一緒に過ごす最後の時間は、きっと楽しいものになるに違いない。
だけど俺は何処よりも綺麗に夜空が見えるこの小高い丘の上で、たった一人で最期の時を迎えたかった。
この10年間は俺の人生で一番輝いていた時間で、そしてその全てはBSOと共にあった。
そんな世界が終わってしまうのは悲しいし、寂しい。
ぼろぼろと瞳から溢れていく涙を拭い、嗚咽を漏らす。
この姿を誰にも見られたくなかったから、王都から遠く離れたこの場所を選んだのだ。
俺はもう一度だけ夜空に輝く美しい満月を目に焼き付けて、小さく息を吐き出す。
そして銀色の手鏡から手を離し、草原に体を横たえた。
カチリと再び時計の針が動き出す音を聞きながら俺は目を瞑る。
意識が徐々に遠のいて視界が闇に染まっていく。
そしてこの世界の終焉と共に深い眠りについた。
サービス終了を告げる鐘の音が鳴り響く――それが世界の終わりではなく、新たな始まりを告げる合図だとも知らずに。
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