第51話 欲しけりゃくれてやる、探せェ!

 まだエリオットが王国騎士団情報部に配属されて間もない頃だ。

 新人といっていい彼に、いかにもレベルの低そうな任務が下った。


「犬の捜索を君にまかせたい」


 情報部部長、ハワード・ファルセット侯爵が何の感情もなさそうな顔で資料を渡してきた。


「犬探し、ですか?」

「うん、君、犬好きでしょ?」

「いや、それはまあ」


 たしかにエリオットは犬が好きだ。いや犬を愛している。

 ライクではなくラブなのだ。

 だがそれでも『犬探し』という安っぽい仕事は貴族である彼のプライドを傷つけるものだった。


「正確にはね、その犬がつけている首輪をとり戻してほしいのだよ」

「はあ、首輪を」


 ハワード部長は手元の資料を指さして話をつづける。


「その犬はデマリンド侯爵家のものだ。ごく最近、デマリンド侯爵のご当主が急逝きゅうせいされたことは知っているかね」

「は、はい、うかがっております」


 なんだか急に話が重たいものになってきた。

 エリオットは姿勢を正して状況説明を聞く。


「そのご当主がしるされた遺言書がね、おそろしく厳重な金庫に保管されているそうなんだ」

「はあ……、まあ当然の配慮はいりょでしょうか」

「うん。で、その開け方がね、逃げた犬の首輪の中に隠されているというんだよ」

「はあ!?」


 うっかり変な声を出してしまった。エリオットはあわてて手で口をふさぐ。


「し、失礼いたしました。しかし、その……」

「まるで演劇のシナリオみたいな話だろう?」

「はい……」


 エリオットもハワード侯も苦笑いを浮かべてしまった。


「しかし現実の事なのだ。デマリンド家におんを売っておけばいつか得する日もあるだろう。よろしく頼むよ」

「は、はい……」


 しかし結局は犬探しではないか。

 事情は分かったがあまりやる気にはなれない仕事だ。

 乗り気ではないエリオットを見て、ハワード侯はスッと横をむいてポツリとつぶやく。


「あーこれはひとり言なのだが」

「え?」

くだんの犬は外国産の大変めずらしい犬種らしくてねぇ、この国にはまだその一匹しかいないそうなのだよ」

「ほう! それはそれは!」

 

 エリオットの青い瞳に強い光が宿った。

 だがハワード侯の話はまだ終わっていない。


「デマリンド家の依頼はあくまで首輪のことで、金庫の開け方さえわかれば他はどうでもいいという雰囲気ふんいきだった。

 犬そのものはどこでどうなっても構わないんじゃないかなあ……?」

「…………!」


 つまり。

『欲しけりゃくれてやる、探せェ!』

 と言っているのだ。


「わかりました、行ってまいります!」


 エリオットの心に火が付いた。

 やりがいのあるいい仕事じゃないか。


 この国に一匹しかいない犬!

 まだ自分が見たこともない犬!!

 飼い主が不在になっためずらしい犬!!!


「その犬、絶対ものにしてみせますッ!!!!」

「う、うん、首輪のこと忘れないでね?」

「大丈夫ですっ、僕はそんなものに興味ありませんから!」

「いや興味は持ってくれないと困るぞ、エリオット君、おい!」


 エリオットは挨拶あいさつもせずに部屋を飛び出していった。


「やれやれ小僧が!」


 ハワード侯はチリリン! と呼び鈴を鳴らすと職員を呼び寄せた。


「あの小僧にデニスをつけてやれ、一人にしておいたら何をやらかすか分からん!」


 エリオットのもう一人の仲間、デニスがチームに加わった瞬間だった。

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