第32話 ジーンの天才的な答え

「え、ええっと……」


 ジーンは返答にきゅうした。

 ネコ派か?

 イヌ派か?

 そんな下らないことで人生が台無しになりそうなのだ。


「それは、その」


 正解が何なのかわからない。

 どちらが好きかではなく、どう答えればこの場を生き延びられるのか。

 ジーンの頭にはそれしかなかった。

 

「ええいハッキリせん奴め!」


 ヴィクトル二世は煮え切らない態度のジーンにイラつき、ターゲットをミックに変えた。


「お前は、お前はどうなのだ?」


 主君の熱いまなざしを向けられたミックは、しかしな~んにも考えていない顔で能天気のうてんきにこう答えた。


「あっ、自分はセミとかカブトムシが好きっすねー」

「……チッ、子供か」


 ヴィクトル二世は舌打ちし、エリーゼはフンと軽くため息をついた。

 それだけで二人の興味はミックから離れてしまう。


(なんだそれ!? 大人とか子供とかいう話ではないだろ!?)


 ミックめ、汚い奴だ。

 そう思ったが責めているヒマはない。

 ふたたびジーンのターンになった。


「で、お前は」


 彼は困った。

 正直、ジーンにとってイヌとかネコとかどうでもいい話だ。

 しかし相手は国王である。ネコガチ勢の国王である。

 どうでもいいとは言いにくい。

 

「……ネコを、選択します」

「よしッ!」


 会心の笑みを浮かべる若き王様。

 しかしその横からイヌガチ勢の女装男が疾風の速さで詰め寄ってきた。


「理由は?」


 左右の青い瞳からすさまじい圧力が放たれている。

 もはや殺意だ。

 イヌを愛さないものは万死ばんしあたいする、くらいの思想を抱いていそうな目つきだ。


「り、理由は」

「はい理由は?」


 刺すような視線を至近距離でびせられながら、ジーンは己の判断を告白した。


「わ、私はこの方におつかえしている者です。主人がネコ好きなのに自分がネコ嫌いというのでは、身辺しんぺんをお守りすることが出来ません」

「……」


 ジーンが土壇場どたんばでひらめいた案。

 それは無理矢理にでも騎士道精神や忠誠心の話にしてしまえ、というものだった。


「主人がネコ好きならばそれにしたがいます。逆にイヌ好きならばそれにしたがいましょう。

 大切なのはあくまでこの忠誠心であります」


 ジーンはドン、と己の胸をたたいた。


「主人の身の安全に比べれば私自身の趣味嗜好しゅみしこうなど、ささいな問題なのであります!」


 エリーゼも、いやエリオットもまた騎士である。

 主君を守り、ささえることの重要性は、魂の根幹こんかんといってもよい大きな部分だった。

 だから納得する。

 イヌ派のエリオットが望む答えではなかったが、それでも納得のいく答えだった。

 

「なるほど、そういうことでしたか。

 ジーン様は理想的な護衛でいらっしゃいますね」


 エリーゼの顔から圧力が消える。と同時にスーッとジーンの身体が軽くなった。

 冗談ぬきに死地を脱した心境だ。


 結局ヴィクトル二世は一匹の猫を買うことに決め、手続きをさせた。

 お届け先が王城だと知って店員はぶったまげていたが、そんなことはこれまでの大騒ぎにくらべれば小さな話である。





「うむ、さわいだせいか小腹こばらがすいてきたな」


 なんだかんだで上機嫌なヴィクトル二世が今度は食べ物を要求してきた。

 日頃は豪華ではあるものの出された料理をただ食べるだけの食生活である。

 いわゆるジャンクフードを食べる機会というのは、こんな時にしかない。


「あっ、あそこにクレープ屋がありますよ、いかがですか?」


 ミックが明るい笑顔で屋台を指さす。

 庶民しょみんにとってはありふれた存在だが、だからこそ高貴な身分のお方にはめずらしい。


「うむ、よかろう!」


 目をキラキラさせて喜ぶ大男。こういう部分はまだ子供っぽい。

 では早速さっそくと走り出すミックとジーン。

 しかしミックは急に立ち止まり、ヴィクトル二世とエリーゼに質問した。


「お二人はチョコレートと生クリーム、どっちがお好きですか?」

「ッ!?」


 ざわっ……!

 瞬間、ジーンの表情に電流はしる。

 顔に冷や汗をたらしながら、おそおそる問題の二人を確認した。 

 

「生クリームで」

「わたくしも生クリームで」


 ホッ、と胸をなでおろす……。

 と、同時にドッと疲れを感じた。

 今日の任務はある意味、日常の厳しい訓練よりもしんどい。

 

 四人分のクレープを買いながら、ジーンはミックに文句を言う。


「お前なぁ、いい加減にしねえとマジブッ飛ばすぞ」

「え、なんで?」


 ミックは本当に何のことか分からないようだった。

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