第22話 凶刃の異教徒

 ブラナ神父は追ってきたエリオットの姿を忌々いまいましげににらんだ。


「もう来たか化け物め」


 ブラナ神父は祭壇の下をなにやらゴソゴソとさぐっていたようだ。

 エリオットの方へ向き直ると、彼の手には一振りの剣がにぎられていた。

 短い、しかし分厚ぶあつく、頑丈がんじょうそうな刀身。

 聖職者が持つにはふさわしくない、やけに実戦的な短剣ナイフだった。


 神父は短剣を持っていない方の手を自身の顔へやると、眼鏡をつかみ投げ捨てた。

 伊達だて眼鏡だったらしい。


 距離をおいてたがいの様子をうかがう両者。

 この舞台にはさえぎるものが何ひとつなく、また月光がつねに照らされていて夜とは思えぬほど明るい。

 風も弱い。かすかに足元の草をゆらす程度。

 まるで森の神とやらが決闘の邪魔となるものをすべて排除してくれたかのような環境だ。


「……貴様は何が目的だ?」


 神父は眉間みけんにしわを寄せ、険悪けんあくな表情でエリオットに問う。

 宗教家というより暗殺者のほうが向いていそうな、凶悪な空気をまとっている。


生贄いけにえうばうのが目的か?

 何を血迷ちまよって貴様のような妖魔が人の世に混ざっている?」


 ビックリするようなとんでもない言いがかりに、エリオットは軽くのけぞった。


「おいおい何を言うかと思えば。僕は人間だ。

 冗談にしてもセンスが悪すぎるんじゃないか?」

「ふざけるな! 女と思えば少年、かと思えばなんだあの剣技は!

 その歳であんな技が身につくものか、正体を見せよ!」


 殺気だった表情で短剣を向けてくる神父。

 エリオットとしてはため息をつくしかない。

 好きでこんな身体をしているわけでは無いのだ。


「正体といわれても、今のこれがありのままの姿でね。

 そっちの方こそ正体をさらせよ、お前はいったいどこの誰なんだ。

 お前の本業は神父なんかじゃない、もっと別の邪悪な何かだ、そうだろ?」


 その言葉に神父は目つきを変えた。

 これまでの殺意に怒気までこめてエリオットに襲いかかる!


「いうに事欠ことかいて邪悪とは! この口の減らぬ化け物が!」

おのれを客観的に見てみろよ、悪魔でさえ恐れ入るぞ!」


 ギャリィィン!!


 細剣と短剣がけずれあって闇夜に火花を散らす。


「真の悪党は子爵じゃない、お前だ!

 あんなマヌケ野郎にここまで悪辣あくらつな真似が出来るわけないからな!」

「まだ言うか! すべては真にあるべき社会をとり戻すために必要なことだ!」


 ブォン!


 分厚い短剣がにぶい音をたてて空気を切り裂く。

 エリオットは大きく後ろに飛んで宙返ちゅうがえりをし、それを回避した。


 まともに食らえばおそらく骨まで断ち、頭蓋ずがいを砕くだろう。

 剣ですらし折られるかもしれない。

 神父が使っている得物えものは恐ろしい凶器であり、また本人もそれを使いこなす剛腕ごうわんの持ち主でもあった。


 この男にはなにか大きな背景があるとエリオットは予感した。

 ブラナ神父には深い知識と練達の戦闘技術、そして熱狂的な思想がある。

 ただの快楽殺人鬼でそんな事はあり得ない。

 ならばどういう事だろうか。このなぞの男は、何を魂の根源として存在しているのか?


 ジリジリと敵との間合いをはかりながら、エリオットはこれまでに得た情報を脳内で整理する。


 この男の生活は清貧せいひんだった。

 この男は謎の言語をあやつる。

 この男は普通は学ぶことのできない特殊な知識を豊富に所有している。

 この男は儀式で複数の神に生贄いけにえささげようとしていた。

 

「少しわかって来たぞブラナ神父。

 お前は悪魔崇拝者ではない、異教徒だ。

 しかもかなり身分の高い人間だろう。

 どうだ?」

「フッ」


 神父は陰険いんけんな表情で笑った。

 当たらずも遠からずといったところか。


「お前の部屋から押収おうしゅうした謎の手紙、あれは何が書いてあった? 答えろ!」


 うっかり間違えて持ち帰ってしまったのを『押収した』と強弁するエリオット。

 まあこういうのは言ったもの勝ちである。

 神父は露骨ろこつに不快そうな顔で返事をした。


「あれはあの子爵ブタからのただの定時連絡だ。

 今日、この場に、予定通り集まろうというだけの内容だよ!」


 吐きすてるようにそんな事を言う。

 しゃべり方がずいぶん投げやりだったので、どうやら真実だろうとエリオットのほうも納得した。


「なんだそんな事か」


 拍子抜ひょうしぬけするエリオットめがけて、神父がまたも突進してくる。

 重厚な刃を高々とかかげて襲いかかってきた。


「せめてお前だけでも死ね! もはやこの町はここまでだ、お前という外敵を排除はいじょしなければ、我が女神に顔向けできぬ!」


 まされた凶刃がエリオットの脳天にせまる!

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