17:インターバル B面

 演劇部の最初の部活動は、僕たち新入部員を含めた部員全員の自己紹介に終始した。

 多分それは、どこのクラブでもさして変わらないだろう。部活初日によくある、ごくごく普通の内容である。

 ただ、ふつうはクラブの部長なり主将などと呼ばれる面々が進行役、そうでなくても自己紹介のトップだったりラストを締めるのが定石だろう。にもかかわらず我が演劇部は、部長である森小路センパイの影が薄い! というより戦力外通告を受けるありさま。しかも、そんな扱いに異を唱えるどころか完全に慣れ切っちゃっているんだから、なんだかなぁ。



   *



「ほえ~」


 狭い部室内を気の抜けた守口の声が響き渡る。

 大勢いた新入部員たちが帰宅したことで、ひしめき合った狭苦しさがようやく解消されたからだろう。


「あーっ、むさ苦しかったー。臭いわ狭いわで、酸欠で死ぬんじゃないかと、本気で思ったわ」


 椅子にもたれて姿勢をだらしなく崩すと、両手を挙げて気持ちよさそうに伸びをする。

 これ以上は無いという完全無欠な弛みっぷりには、三条学園高校生徒会長としての威厳や気品が欠片もない。それどころか「臭かった、むさかった」と、登録した新入部委員を言いたい放題にディスりまくる始末。

 さすがの口の悪さに「もう!」と瑞稀も語気を荒げる。


「せっかく来てくれた新入部員を、そんな風に言っちゃダメだよ」


 悪態をつく守口を瑞稀は諫めるが、この女が窘められて黙るようなタマなはずがない。


「何言ってるの!」 


 即座に反論すると「あの連中は〝ココを使い続ける〟ためだけに集めたようなモノよ!」と、使い捨ての〝駒〟だと言い切り、清々しいほどに扱き下ろす始末。


「だから、そんな風に言っちゃ……」


 ダメ!

 というより早く、土居までもが「言いかたに少し棘があるけれど、浩子ちゃんの言い分も正しいんだよ」と断りを入れるように2人の間に割って入ってきた。


「え?」


 驚く瑞稀に土居が「当たり前なんだけど」と前置きして補足説明を始める。


「クラブ活動の体裁がないと、部室として体育館倉庫を借りる大義名分がないんだよね。廃部になった途端、僕たちはここを追い出される」


「そういうことよ」


「幸い彼らが来てくれて部員登録をしたから、廃部の憂き目は逃れたけどね」


「うん。感謝しないとね」


 素直にありがたがる瑞稀に「そんなモノは要らん!」と守口が一蹴。


「下心満載のゲスイ奴らよ! いくら無名高校の演劇部だからって、どいつもこいつも演技経験がゼロて何なの! 私や土居だって初歩の初歩くらい齧っているわよ!」


「無いものねだりだし、そんな贅沢言えないよ」


 所詮はクラブ活動。経験なんかなくても楽しくやれれば良いと思う瑞稀に対して、守口が「甘い!」と斬り捨てる。


「クラブ活動だから百歩譲って未経験を良しとしても、連中の目的はアンタよ、アンタ!」


「わたし?」


 自分を指さし頓狂な声をあげる瑞稀を守口が「チョロそうに思われたのよ!」とビシっと言い放つからさらにビックリ。

 チョロい? わたしが? 何のこと?

 意味不明の単語に首を傾げて戸惑っていると「その無自覚な仕草がダメなの!」とさらにダメ出し。


「傍から見たら隙だらけでハードルが低いのよ」


「それこそ何かの間違いでは?」


 アピールポイントなんて、ひとつもないのに。

 右脚に障害があって杖つきだし、知った人間じゃないと満足に喋れない対人恐怖症気味な性格、その他にもと欠点を論えばキリがない。


「無自覚って怖いわ」


 本気で悩む瑞稀を守口がと恐ろしい子認定。

 諦めたように「ムダな詮索だから、分からなければ別に良いわよ」と匙を投げてこの話はお終い。


「とにかく瑞稀のお芝居がもう一度見れる。それだけで演劇部を立ち上げた意味があるっていうモノよ」


 肩を竦めながら言う守口に同意するように土居が「そうだね」と言葉を重ねる。


「僕と守口は森小路さんのファン1号と2号だから、芝居を再開してくれるだけで嬉しいんだ」


「だから後のことは私たちがやっておくから、瑞稀、アンタはもう帰りなさい」


 何がどうなのかは分からないが、後片付けと施錠はしておくからと半ば戦力外通知気味に、瑞稀は部室から追い出されたのであった。

 


   *



 通院の予定がない日。

 瑞稀は寄り道をすることもなく、だいたい真っ直ぐに帰宅する。

 脚が少々不自由なのでヘタに遊んでも疲れるだけ。

 ゆえの直帰が状態になったのだが、それがコミュ障と人見知りを増長させる悪循環になっているのは当人もあずかり知らぬところ。

 それでも用事があれば出かけることはやぶさかでない。コミュ障気味ではあるが、瑞稀は引きこもりの自宅警備員ではないのだ。

 もっとも、そのお出かけのほとんどが、本屋への立ち寄りかスーパーでのお買い物なのだが。

 その滅多にない例外で、瑞稀は駅前のスーパーマーケットにいた。

 理由は簡単。買い物しなけれなならない品物があったから。というか、買い物をせざる得なかったのが実情である。

 それが事件に発展するとも知らずに。

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