16:ファーストコンタクト(実際には3度目ですが)


 腹を空かせたと唸る滝井にディスカウントスーパーの総菜コーナーを話したら、即断即決で「行く」とお店目指して駆けだした。

 コンビニよりずっと安いよ、間違いなく。

 でもお店はここから3キロも先にあるんだけど、意気揚々と駆けていってコスパ合うのかね?

 


   *



 滝井の暴走はそのうちコスパが合わないと、自ら刻むだろうから一旦置いておくとして。

 それよりも典弘にとって目下の命題は、スマホに届いた母親からのメッセージ。


『帰りにスーパーで買い物ヨロ』


 家に帰るついでなんだから買い物もして来いという、経済的に見るときわめて合理的、世間一般から見ると物ぐさの極みというお使いの依頼が届く。しかも『買い忘れたら、今日の夕ご飯がものすごーく貧相になるから』と脅しまでかける念の入り様。

 偶にならともかく、ここ3日間連続ともなると「ひょっとしてワザとじゃないか?」と疑念が湧くのも無理かなること。それが証拠に買い物リストの大半は、ペットボトル飲料や缶詰などの重量のあるモノばかり。買い忘れたというより意図的に買わなかったいう嫌疑を拭いきれない。


 しかし悲しいかな典弘は養われる身であり、言うところの穀潰し。拒否でもしたら速攻で〝役立たず〟の烙印を押されてしまう。それだけならまだしも、有言実行とばかりに夕食のおかずが本当にものすごーく貧相になるのである。

 レトルトカレーならまだマシな方で、ヘタすると炊飯器にお米が浸してあるだけ。付箋に〝ボタンを押してね〟だけ書かれた日には本気で隣宅に亡命を考えたほど。

 ここ母を相手に取るべき道は、混み合うタイムサービスなどの人気コーナーには目もくれず、頼まれたモノだけ買ってさっさと退店するという従順的行動に徹すること。

 買うべきものを商品棚からピックアップしてレジへ向かおうとすると、通路の隅でどこかで見たような杖が視界に。


「森小路センパイ?」


 典弘と同じく帰宅途中でのお使いだろうか? そこにいたのは茶・珈琲のコーナーで、必死に腕を伸ばして棚の商品を取ろうとしている演劇部部長森小路瑞稀だった。


「うー、むー」


 どうやら棚の最上段に陳列してある茶葉を取ろうとしているようだ。

 だが如何せん150センチにも満たない小柄な身体では最上段の棚まで手が届かず、つま先立ちをして必死に手を伸ばそうとするがそれでもまだ届いていない。ジャンプをすれば何とかなりそうだが、脚に障害のある瑞稀だとそれはムリな相談。故に顔を真っ赤にしながら涙ぐましい努力を続けているのであった。


 そこで細やかな疑問が、ふと湧き上がる。


「定期的に店員さんも巡回しているのだから〝お願い〟をすればいいのに」


 商品陳列の都合で高い位置に置いてある商品も、店員に「これ買いたい」と頼めば当然取ってくれる。仮に買わなくても「見たい」と言えば下ろしてくれるし、販売のサービス業ならば当然の対応だ。

 しかし瑞稀は「むー、むー」唸りながら手を伸ばして何とかお目当ての商品を取ろうとしているだけで、店員に頼もうなどとはコレっぽっちも考えていないよう。というか、想定すらしていない?

 ヘンにストーカーなんかと勘違いされると困るからと、当初は遠くから生暖かく見守っていた典弘だったが、次第に夢中になっていく瑞稀を見ていて少々怖くなってきた。

 商品を取ることに必死になるにつれて、だんだんと左手に握られた杖の扱いが疎かになっているのだ。

 もはや体重を預けているのは杖ではなく、商品を取るのにガンバっている右手のほう。

 マズイ。コレは本気で、ちょっとマズイ。

 ヘタに顔を見せて「すわ、ストーカーか?」と取られるのが心外だったので遠巻きだったが、転んで大ケガでもされたらと思うと放置も無視もできない。


「センパイ。欲しいのはコレですか?」


 速足で瑞稀の斜め後ろに立つと、スッと手を伸ばして棚奥に陳列してある茶袋を手に取って「どうぞ」と手渡す。

 典弘にとっては単なるお節介で、危ないのに見て見ぬふりは出来ないと思っただけ。しかし渡された瑞稀のほうは突然の出来事だったのか「ひゃい!」と頓狂な声を上げたのである。

 しかも猛獣に睨まれた子ウサギのように、目を見開いたままフリーズするというオマケ付き。ひょっとして「やっちゃった」が脳裏をよぎるが、声をかけた以上もう後には引けない。


「ビックリさせてゴメンナサイ。でも、あの姿勢でムリに商品を取ろうとしたら、バランスを崩してケガしちゃったかも知れないから」


 声かけの理由を正直に話しながら「偶然見かけたから」とストーカーではないことを力説すると、目を丸く見開いたままの瑞稀が蚊の鳴くような小声ながら「そんなことは、思っていない」と疑っていないとの返事。


「それよりも……紅茶を取ってくれて……ありがとう」


 しかも驚いた表情のままなれど、人見知りを圧してたどたどしくしくとも礼まで言ってくれたのだ。

 そこで終わればただの笑い話、次の部活の席でからかいのネタで終わっていたかも知れない。

 だが足の不自由な美少女が怯えるような仕草で驚いているのを、他の客が知らぬ存ぜぬで通すはずもない。


「ちょっとお話を聞かせてもらえますか?」


 哀れ典弘は、駆け付けたスーパーの店員に「事情聴取」の名のもと事務所までドナドナされたのであった。

 果たして身の潔白や如何に!


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