14:初顔合わせ その3

 記念すべき? 第1回目の部活動。

 内容は定石というか定番ともいうべき自己紹介。

 まずは先輩部員からということで、それは問題ないのだけれど、部長の森小路センパイを差し置いて守口センパイの自己紹介が長すぎやしませんか?

 というか、森小路センパイの扱いが雑過ぎる。

 


  *



「で、左隣にいるのが部長を務める森小路瑞稀で、私らと同じく三年生。以上」


 最後に部長の瑞稀を簡単に紹介して終える。

 すると紹介に不満があるのか「ちょっと、浩子ちゃん。私の扱いが酷い」と、頬を膨らませながら瑞稀が拗ねた。


「いくら何でも紹介を省略し過ぎだよー」


 必要最小限度と言えば聞こえがいいが、守口や土居の自己紹介に比べたら明らかに手抜き。何せ名前と学年と役職以外、何ひとつ紹介していないのだから

 対する守口もこの反応に慣れているのか「ガキか、アンタは」と取り合う様子がない。


「仮にも最上級生で部長なんだから、自分の言葉で挨拶しないでどうするの?」


 至極真っ当な指摘に、瑞稀の表情が固まった。


「わたしが、自己紹介。するの?」


 恐る恐る指した指に守口が「当然でしょう」と頷く。


「ここでビシッと決めないと、誰も付いてきてくれないわよ」


 突き放す守口に、瑞稀は「浩子ちゃんが厳しい……」と涙目。

 いや、この件に関しては守口のほうが正論だろう。部長の肩書を持つ以上、自己紹介は必須。いち部員からの紹介でお茶を濁すのはどう考えてもおかしい。


「ホラ、早くしなさい」


 守口に尻を叩かれて瑞稀が「ううっ」と呻きながらノロノロと立ち上がる。

 だが、動いたのはそこまで。立ち上がった途端、まるで石化でもしたかのように、その場で固ままピクリとも動こうとしない。

 いや彼女を詳細に見れば目が泳いでいて表情筋も動いており、口元をぴくぴくさせながら「あの」とか「その」とか意味のないセリフを小さな声で発している。

 小柄な美少女だけに目が泳いでフリーズする様は、小動物チックな可愛らしさを醸し出して庇護欲を誘うがモノには限度がある。


「緊張している?」


「人見知りって、言ってたもんな」


「それにしても、内弁慶にも程があるというか……」


「ああ。酷いな」


 口をパクパクさせて「あう、あう」と言うだけで、喋らない状態が1分も続けば場の空気も悪くなるというもの。いくら下心のある連中ばかりとはいえ、新入部員の面々の表情にも「いい加減にしろ」というような苛立ちが見え隠れしだしてきた。

 当初は「あう、あう、だけだと挨拶にならないわよ」と茶化すように瑞稀を煽っていた守口だったが、徐々に険悪になっていく部室の空気を察すると、カバンからメモ帳を引っ張り出して何やら走り書きを始めた。

 書いていた時間は、多分1分とかかっていないだろう。


「この文章を読むのよ。自分の気持ちを込めてね」


 即興で書いたメモを瑞稀に手渡すとと、有無を言わせぬ口調でそう厳命した。

 当初ポカーンとしていた瑞稀だったが、メモの中身を読んで意図を理解すると「浩子ちゃん、ありがとう」と、礼を言って唐突に咳ばらいを始めるとオドオドした仕草から表情が一変。


「演劇部の部長を務める森小路です」


 今の今までポンコツぶりを遺憾なく発揮していた瑞稀が部室内に朗々と美声を響かせ、その小柄な体躯から想像もつかぬ、圧倒的な存在感を放つ存在に一瞬にして様変わりしたのである。


「みなさん、演劇部への入部ありがとうございます。見ての通り3年生が3人だけの吹けば飛ぶような弱小クラブです。けれど皆さんが入部してくれたおかげで、クラブの体裁は整いました。これからも大変なことが色々あると思いますけど、一緒にクラブ活動をしていきましょう」


 さっきまでの挙動不審がウソのよう。まさに〝部長〟に相応しい堂々さで新入部員たちに歓迎の意を示し、天使もかくやという笑みを魅せながら最後にぺこりと頭を下げる。

 典弘は言わずもがな。滝井を除く新入部員全員が改めて彼女にも惚れ、滝井が「うわっ、これはやられるわ」と驚きつつも冷静に評価する。

 当の本人は新入部員たちにペコリと頭を下げると、やり遂げたという微妙なドヤ顔を決めつつ「浩子ちゃん。ちゃんと、挨拶したよ」と、挨拶のセリフを提供した守口に自慢げに報告する。


「エライ、エライ。さすがねー」


 守口も無事自己紹介を終えた瑞稀を褒め……ることはなく「このスットコドッコイ! 部長だったら、台本なしに挨拶くらいできて当然よ!」と特大の拳骨を振り下ろした。


「きゅぅー」


 涙目の瑞稀は仕草はキュンとなるほど、とても可愛らしいが……

 本当に大丈夫か、このクラブ?

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