7:瑞稀の過去

 後で聞いた話だけど、演劇部ができたのは〝芝居をやりたい〟と言った森小路センパイの希望を叶えるため、守口センパイと土居センパイが骨を折ってくれたからだそうだ。

 まあ、何と言うか……生徒会のごり押しというか、特権を縦横無尽に駆使というか、申請書類を自分で作って自分で決済印を押して学校側に裁可を求めたそうな。

 推薦人は生徒会長と生徒会の役員なんだから、名目上文句のつけようがない人選。

 もちろん2人が森小路センパイの親友だから手を貸したのだけれど、実はそれ以上のことも有ったのだった。

 それを紐解くには、森小路センパイの過去を振り返る必要があるそうで、実はとんでもない経歴を持っておられたのだ。


 〝蒲生みずき〟の名前を知っているかい?


 僕や滝井の年齢だと「聞いたことがあるけど、誰だろう?」というレベルだけど、30代以上の方々なら誰もがみんな知っている超人気子役の名前である。

 人見知りな性格ゆえかバラエティー番組に出演することは稀だったが、子役らしからぬ確かな演技力と表現力でドラマや映画は途切れることなく出演し続けており、大物俳優ですら一目置くほどの実力派女優だったそうだ。

 それが10年ほどまえ、映画の撮影中に大事故に見舞われたのをきっかけに、メディアの前からぷっつり姿を消してしまったとかで「あの人は今?」みたいな状況になったのだ。


 で、〝蒲生みずき〟が今現在何をしているかというと、私立三条学園で高校生をしているのであった。

 そこまで言えば判るよね? 伝説の子役〝蒲生とよの〟の正体は、幼少期の森小路センパイに他ならず。

 その時負った大ケガを理由に芸能界から遠ざかったという、知ってしまえば身も蓋もない至極納得な話だったのだ。

 

 まあイロイロあって、後で知った話なんだけれど。



   *



「べ、べ、べ、べ、別に、意地なんて張っていないわよ。瑞稀がトロくてモタモタしているだけで、演劇部の申請なんて、片手間でチョチョイのチョイなんだから」


 瑞稀への気遣いが優しいねと言った途端、突然ツンデレ口調になった守口を「言いかたが古いし、ホント素直じゃないな」と土居がジト目で追いながら苦笑する。

 中途半端に壊れて使い物にならないと感じたのか「浩子ちゃんは少し黙っていて」と言うと、守口に成り代わり瑞稀のほうに向き直る。


「友達だからってのも、もちろんあるよ。でもやっぱり、ボクも浩子ちゃんも「蒲生とよの」のファンだっていうのが、応援する一番の理由かな」


 熱弁する土居の横で守口も「そうね」首を縦に振る。


「瑞稀とは腐れ縁でしかないけど「蒲生みずき」は憧れの存在。そのお芝居がもう一度間近で見れるのなら、喜んで応援するわ。言っておくけど、これは瑞稀のためじゃなくて、あくまでも「蒲生みずき」の応援なんだから!」


「おだてても何もでないわよ」


「うっさい!」


 そっぽを向く守口に「だから、黙っていてッて言ったのに」と土居が呆れ顔。


「まあ、でも。浩子ちゃんが言うように、ファンとして間近でお芝居が観たいんだよ」


 事故で大けがを負った瑞稀を献身的に支えてくれたのも守口と土居の二人だし、同じ高校で陽に影にサポートしてくれたのも彼らだった。

 同じ児童劇団だったのがきっかけで、気が付けば仲の良い存在に。ウザ絡みすることなく「ファンだ」と自称する守口と土居は、コミュ障一歩手前の人見知りな瑞稀にとって、数少ない親友であった。


「ありがとう。でも、お芝居たって学校の演劇部よ?」


 それも有名強豪校ではなく休眠部活だったところ。実績も皆無で、プロとアマチュア以上にレベルが違う。

 お遊戯以下で比較するのもおこがましいのだが、それでも「リハビリの取っ掛かりでしょ?」と土居は一向に意に介す様子がない。


「ブランクが長かったんだから、肩慣らしは軽くで良いじゃないの?」


 むしろ全力疾走して転ばないように緩くブレーキをかけてくれる。


「それに瑞稀ちゃんがお芝居をするのだから、過去の実績がどうかなんて一切関係ないから」


「そんなものかな?」


「そう思えば良いんだって」


 白い歯が光るような爽やかな笑顔の土居を「どっちが過保護やら」と今度は守口が茶々を入れるが、一切悪びれることなく「そんな事よりも」とスッと表情を変えて真剣な面持ちになる。


「演劇部の立ち上げには力を貸せたけど、僕たちができるのはここまでだよ。クラブ成立の要件である部員5人には、最低あと2人はガンバって勧誘しないとね」


 校則に記されたクラブ活動の項目を指差し、土居が厳しい現実を突き付けてくる。ヘラヘラしながらもそこは生徒会役員。頼まれたら助っ人にはなるけれど、規則を曲げる気持ちは毛頭ないようで、クギを刺すことは忘れない。

 さりげなく現実を突きつけられて瑞稀は「ぐっ」と唸る。

 三条学園のクラブ活動規定では、部の存続には最低5人以上の部員が在籍が必要と謳っている。演劇部は現状新入部員を期待しての〝仮認定〟でしかなく、4月末までに1年生部員が2人以上入部しないとせっかく立ち上げたのに泡と消えてしまうのだ。


「なんとか頑張ってみる」


 グッと拳を握って決意を示したたが、「今さら手遅れだけどね」と守口に両手を開いてお手上げのポーズをされる。


「唯一かつ最後にアピールできる場が、あの新入生相手のクラブ紹介ガイダンスだったのに。そこであの体たらくなんだもん」


 しかも傷口に塩を塗り込むように「もう、どうしようもないわ」とトドメの一撃をも放たれた。

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