フラメッサ(女×男)
Danzig
第1話
ダリル:ふぅ、今回の仕事も、これでようやく終わりか・・・
ダリル:(M)午後11時を回った頃、ようやく仕事が終わった
ダリル:はぁ、今回は疲れた・・・
ダリル:(M)ハードなスケジュールは、いつもの事。 だから、身体が疲れているという訳ではない
ダリル:(M)今日も気の乗らない仕事だったから、心底(しんそこ)、気持ちがくたびれた感じがしている
ダリル:(M)でも、俺には、この仕事くらいしか、出来る事はないし、文句をいっても仕方がない
ダリル:今日は金曜日か・・・
ダリル:(M)俺は、おもむろに腕時計を見る。 時間は11時25分
ダリル:まだ、居るかな
ダリル:(M)俺はタクシーに乗り、「B12地区」へと向かう
ダリル:(M)こんな、気持ちの落ち込む時には、特に会いたくなる人がいる
ダリル:(M)暫く走った後、タクシーは、「B12地区」の路地に俺を降ろした
ダリル:(M)降りたそこには、ビルがあり、地下に下りる狭い階段がある
ダリル:(M)俺は少し重い足取りで、その階段を降りて行く
ダリル:(M)階段を降りた先には、扉がある。
ダリル:(M)Tender(テンダー)と書かれた黒い木の扉
ダリル:(M)俺は徐(おもむろ)に扉を開く
ダリル:(M)薄暗い店の中には、カウンターがあり、そこの光だけが店の中を照らしているように見える
ダリル:(M)その長いカウンターに、一人の女性が座っていた
ダリル:(M)淡い光に浮かび上がる、ブロンズの長い髪
ダリル:(M)やはり、彼女はここに居た
リタ:あら、ダリルじゃない
ダリル:(M)彼女の名は「リタ・チャンドリー」、俺が会いたかった人だ
ダリル:(M)リタは、店の入り口で佇(たたず)んでいた俺を見つけて、声を掛けてくれた
リタ:そんな所に立ってないで、こっちに来て、座ったら?
ダリル:うん・・・
ダリル:(M)俺はリタに促(うなが)されるままに、リタの隣に座った
リタ:どうしたの?
ダリル:うん・・・
ダリル:なんか急に、リタに会いたくなってさ
リタ:そう・・・
リタ:仕事で何かあったの?
ダリル:まぁ、そんな感じ
リタ:そう・・
リタ:(M)この子の名前は「ダリル・リーバー」、私にとっては弟のような存在かな
リタ:(M)そんなダリルが、私に会いたがる時は、決まって気分が落ち込んでいる時だ
ダリル:最近・・・たまにさ、昔の事を思い出すんだよ
リタ:ふーん
リタ:(M)この「B12地区」は、かつて「フラメッサ」と呼ばれたスラム街だった
リタ:(M)フラメッサとは、物語に出てくる「正義を無くした魔女」の名前なのだと聞いたことがある
リタ:(M)このフラメッサで、私とダリルは育った、いや、育ったと言うよりは、ただ生きていたと言った方がいい
リタ:(M)私もダリルも、いつからそこに居たのかすら分からない、当然、親の顔も知らない。 でも、ここに住む子供達は、そんな奴らばかりだった
リタ:(M)ゴミを漁(あさ)り、畑からイモを盗み、物乞(ものご)いをし、運がいい日は、日雇いの僅(わず)かな金を稼ぐ
リタ:(M)そんな暮らしが当たり前のこの街で、ダリルは私を姉のように慕(した)い、私もダリルを弟のように可愛がった
リタ:(M)少しの食べ物を、いつも二人で分け合い、寄り添って生きていた
ダリル:昔はさ、食べる事さえ出来ない日が、幾らでもあって、あんなに苦しかったのに、あんなに抜け出したかったのに・・・
ダリル:何でだろう、あの頃が懐かしくなるんだよ
リタ:そうなんだ
ダリル:うん・・・
リタ:(M)この国のトップが、スラム撲滅(ぼくめつ)を訴えて当選した事を機に、「B12地区」は再会発地区に指定された
リタ:(M)そして、その時、フラメッサに住んでいた人達は、国から、住む家と金を用意され、この街からみんな出て行った
リタ:(M)私やダリルのような孤児(みなしご)は、国が養育費を支払う条件で、ボランティアの家庭に引き取られて行った
リタ:(M)この国にとっては、さぞ立派な政治家なのだろう、きっと、素晴らしい世界がきて、みんなが幸せになるとでも、本気で思っていたのだろう
リタ:(M)でも、それが、私とダリルの人生を大きく変えてしまった
リタ:(M)フラメッサが解体される時、私はチャンドリー家に、ダリルはリーバー家に、それぞれ、さらわれるように引き取られ、私達は離れ離れになった
リタ:(M)私が14歳、ダリルが12歳の時だった
ダリル:(M)俺は、リーバー家に引き取られた後、リーバー家の職業訓練を受けさせられて、仕事をするようになった。
ダリル:(M)良いも、悪いも、好きも、嫌いもない、ただそうする事が、フラメッサ以外で生きていく為の術(すべ)だった。
ダリル:(M)リタも含め、フラメッサに住んでいた子供達は、誰もが同じような境遇(きょうぐう)だっただろう。
リタ:(M)私達が引き裂かれてから、15年の歳月が流れた頃、すっかり綺麗になってしまったこの街で、私とダリルは再会した。
リタ:(M)Tender(テンダー)という名のこの店で、私が酒を飲んでいる時、ふらりとダリルが店に入って来た。
リタ:(M)二人とも、フラメッサに居た頃の、あの惨(みじ)めな面影などすっかり無くなり、普通の大人になっていたが、
リタ:(M)それでも、私もダリルも、目の前の人間が誰なのかが、直ぐに分かった。
ダリル:(M)その時、15年の月日など、まるで無かったかと思えるほど、俺は子どものようにリタに抱きついた
ダリル:(M)嬉し涙でぐちゃぐちゃになりながら、ただ無言で抱きついていた
リタ:(M)その日から、ダリルは何かあると、私を訪ねてくるようになった、
リタ:(M)でも、ダリルは自分の事を、あまり語りたがらなかった、勿論、私の事も聞こうとはしない
リタ:(M)まるで、何かを知ってしまう事に、いや、何かを知られてしまう事に怯(おび)えるかのように
リタ:ダリル、あんた、何て顔してるのよ
ダリル:え? 俺?
リタ:そう、あんたよ
リタ:今にも、高いところから飛び降りちゃいそうな顔してるじゃない
ダリル:俺、そんな顔してるの?
リタ:ええ
ダリル:・・・
リタ:ねえ、ダリル
ダリル:ん?
リタ:辞めちゃいなよ、そんな仕事
ダリル:・・・
リタ:あんたが、今、どんな仕事をしてるかは知らないし、聞かないけどさ
リタ:イヤになったのなら、そんなもん全部、捨てちゃえばいいんだよ
ダリル:でも・・・俺はこの仕事くらいしか出来ないから
リタ:怖いの?
ダリル:・・・まぁ・・
リタ:そう
ダリル:・・・うん
リタ:でも、心配なんていらないさ、私がいるじゃない
ダリル:リタ
リタ:昔みたいにさ、いつでも私があんたの側に居てやるよ
ダリル:・・・
リタ:それに、例え全部無くなったって、あの頃に戻るだけだろ?
リタ:いや、どこに行ったって、あの頃よりは、少しはマシさ
ダリル:うん
リタ:あの頃はさ、苦しくて、惨めで、どうしようもなかったけど、それなりに楽しい事もあったじゃない
ダリル:そうだけど・・・
リタ:もし、あんたが、あの頃に戻るのが怖いって言うのなら、私も一緒に、全部捨ててやるよ
ダリル:リタ・・・
リタ:今の生活も、今持っている物も全部捨てて、あんたと一緒に、あの頃に戻ってやるさ
リタ:それでも、怖い?
ダリル:ありがとう・・・でも
リタ:でも?
ダリル:いや、リタとあの頃に戻る事は怖くないんだ・・・
リタ:だったら
ダリル:俺さ、まだ、リタに話していない事があって・・・
ダリル:それをリタに知られるのが怖いんだ
リタ:ふふふ、何を言うかと思えば
ダリル:そんな・・・俺はホントに・・・
リタ:ダリル、何、子供みたいな事を言ってるのさ
ダリル:え?
リタ:何もかも、包み隠さずに、全部話さないと信用できないなんて
リタ:私はそんなに子供じゃないさ
ダリル:リタ・・・
リタ:話したくないなら、話さなきゃいいじゃない
リタ:今のあんたが、どんな人間になっていたって
リタ:私は、今のダリルを全部受け入れてやるよ
ダリル:リタ・・・でも、どうして
リタ:どうして?
リタ:ふ・・・ふふふ
ダリル:そんな・・・笑わないでくれよ
リタ:じゃぁさ、もし、私があんたに、隠し事があったとしたら、あんたは、私を信じてくれないのかい?
ダリル:え?
リタ:やっぱり、全部話さないと、信じられないの?
ダリル:いや、そんな事ない
ダリル:リタがどんな人間だって、俺は構わないよ
リタ:ハハハ、なんだい、じゃぁ、同じじゃないか
ダリル:うん・・・
リタ:そういう事だよ
ダリル:リタ、ありがとう
ダリル:本当に嬉しいよ
リタ:フフ、どういたしまして
ダリル:でも、俺、もう少しだけやってみようと思う
リタ:そう
ダリル:もし、今度ダメだったら・・・
リタ:ええ、いつだっていいよ
リタ:その気になったら、またおいで
ダリル:うん、わかった
リタ:(M)そう言って、ダリルは少しの微笑みを残して、店を出て行った
ダリル:(M)俺はまた、いつもの日常に戻った
ダリル:(M)いつもの生活、いつもの仕事、いつものやるせない気持ち・・
ダリル:(M)気持ちが心底(しんそこ)くたびれた時には
ダリル:(M)俺と一緒に、「あの頃に戻ってもいい」と言ってくれた、リタの言葉と
ダリル:(M)そんなリタには、もう、苦しい思いをして欲しくないという、想いが、俺を支えていた
リタ:(M)ダリルが私を慕(した)ってくれる。 それが凄く嬉しい
リタ:(M)フラメッサで、あの頃の私が生きていけたのは、ダリルが私を慕ってくれていたから
リタ:(M)この弟のような存在を、死なせる訳にはいかない・・・その想いが、私を支えていた
リタ:(M)だから、15年ぶりにダリルと再会した時、涙を流して抱きつきたかったのは、ダリルよりも、私の方だったかもしれない
ダリル:(M)あれから、何日経っただろう
ダリル:(M)ある日の金曜日、俺は、とある家のリビングで、ぼんやりと佇(たたず)んで、部屋の様子を眺めていた
ダリル:(M)部屋の壁側には、テレビがあり、恋愛映画のような映像が映し出されている
ダリル:(M)俺の目の前には、カーペットと、ローテーブル、二人掛けのソファー・・・
ダリル:(M)そして、そのソファーには、穴の開いた男女二人の死体があった
リタ:(M)今の生活を全部捨てて、ダリルと一緒にあの頃に戻ってもいいと言った、私の言葉に嘘はない
リタ:(M)でも、それは、私自身を偽(いつわ)った言葉でもあった
リタ:(M)私は、ダリルが居なくても、今の生活を全部捨てたいと、いつも思っていたのだから・・
リタ:(M)でも、それをダリルに知られる訳には行かない
リタ:(M)ダリルの前では、私は強い女でいなければならない
リタ:(M)そうでなければ、きっと、ダリルの心は、守ってあげられない
ダリル:(M)部屋の惨状(さんじょう)を見て、俺は電話を掛ける
ダリル:もしもし・・・はい、そうです・・・はい・・・ええ、終わりました
ダリル:(M)電話を持つ、俺の反対の手には、黒のコルトが握られている。
ダリル:(M)ソファーの二人を殺したのは俺・・・
ダリル:(M)殺し屋・・・そう、それが俺の仕事
ダリル:(M)俺は、組織からの指令で人を殺す。 殺す理由は教えてもらえない・・・ただ、言われた通りに人を殺し続ける
ダリル:(M)恨みもしない人の命を奪(うば)って、自分の命を生き永(なが)らえさせている・・・俺は、そんな忌(い)み嫌われる悪魔のような存在
ダリル:(M)出来る事なら、こんな俺の姿を、リタには知られたくはない・・
ダリル:(M)でも、俺の心はどんどん壊れていく
リタ:(M)今日も私は、仕事終わりに、バーで酒を飲む、Tender(テンダー)という名の、いつものバーで
リタ:(M)この店は、昔、フラメッサで暮らしていた「ヒュース」という男が、バーテンダーをしている店だ
リタ:(M)フラメッサに居た奴らの習性なのだろうか、彼は、何も聞こうとはしないし、何も話さない・・・
リタ:(M)そのせいか、店にはあまり客がいない、でも、そういうところが、私には居心地がいい
ダリル:(M)今日殺した二人の映像が、殺す前の、幸せそうに肩を組みながらテレビを見ていた、二人の映像が、俺の頭から離れない。
ダリル:(M)あの二人はどれだけ幸せだったのだろう、これから先、二人にはどんな幸せが待っていたのだろう
ダリル:(M)そういった感情が、止めどもなく湧き上がってくる・・・人を殺した後はいつも・・・いつも・・・
ダリル:(M)気が付けば、俺は「B12地区」へと足を運んでいた
ダリル:(M)暫くは行かないでおこうと決めていた筈(はず)の、リタの所へ
ダリル:(M)リタに全てを打ち明ける決心も、出来ていないまま・・・
リタ:(M)私は、酒を飲む時は、あまり、あれこれと考える事はしない、なるべく頭の中を空っぽにして酒を飲む
リタ:(M)それは、ただ、好きな酒の味を味わっていたいからか・・
リタ:(M)いや、嫌な事を思い出したくないだけなのかもしれないな
リタ:(M)でも、最近は、よくダリルの事が脳裏をよぎる、そして今日も
ダリル:(M)俺は、地下へと降りる階段を進み、その先にある黒い木の扉を、そっと開ける
ダリル:(M)薄暗い店の中に、カウンターの光に浮かび上がる、ブロンズの長い髪を見つけた
ダリル:(M)その瞬間、安堵感(あんどかん)にも似た気持ちが、俺の胸を満たして行くのが分かった
ダリル:・・・リタ・・・
リタ:ダリル
リタ:(M)ダリルは、まるで、私の脳裏から現れたかのように、そこに立っていた。
リタ:(M)私は、扉の前に佇(たたず)むダリルに声を掛ける
リタ:どうしたの?
ダリル:うん・・・なんだか、リタに会いたくなって・・・
ダリル:気が付いたら、ここに来てた
リタ:そう・・・
リタ:じゃぁ、こっちに来て座ったら?
ダリル:うん・・・
リタ:(M)ダリルは私の言葉に頷(うなづ)いて、私の隣に座った
リタ:何か飲む?
ダリル:・・・じゃぁ、ディアブロを・・・
リタ:ディアブロ? そんなんじゃ、酔えないわよ
ダリル:いや、いいんだ、今日は酔いたくないんだよ
ダリル:今日は・・・酔っちまうのが怖いから
リタ:そう
ダリル:・・・うん・・・
リタ:(M)それから、私とダリルは、少しの間、無言のままに、酒を飲んだ
リタ:(M)まるで、カウンターに、グラスと氷の音だけが、静かに染みていくかと思うくらい
リタ:(M)ダリルがディアブロを半分ほど飲んだ頃、ダリルのため息が沈黙の終わりを告げた
ダリル:ふぅ・・・
リタ:・・・
リタ:今日は何かあったの?
ダリル:・・・まぁ・・・・
リタ:ふーん
リタ:で、気持ちは決まったの? 仕事を辞める
ダリル:それは・・・まだ・・・
リタ:そう・・・
ダリル:ごめんな・・・「今度」って言っておきながら、俺・・・
リタ:別に気にする事はないさ、言ったでしょ?「いつでもいい」って
ダリル:うん、ありがとう・・・でも・・・
リタ:ダリル、何か仕事をやめられない理由でもあるの?
ダリル:・・・
リタ:・・・
リタ:まぁ、それは聞かないさ
ダリル:ごめん
リタ:いいさ、今日はゆっくり飲もう
ダリル:うん
リタ:(M)それから、夜が更けていくまで、私達は、たどたどしくも、昔の話と、たわいのない話を繰り返しながら酒を飲んだ。
ダリル:じゃぁ、俺、そろそろ帰るよ
リタ:あぁ、またね
ダリル:うん・・・
ダリル:リタ、もう少しだけまってくれ・・・今度はキチンと連絡するから
リタ:あぁ、わかったよ
リタ:でも、無理はしないで
ダリル:・・・うん、ありがとう
リタ:(M)そして、かなり夜も更けた頃、私とダリルは、再会してから初めて、お互いの携帯電話の番号を交換して別れた
ダリル:(M)俺はまた、あの日常に戻った
ダリル:(M)人を殺す度に、自分の心が壊れていくのが分かる
ダリル:(M)もう限界なのかもしれない・・・何もない自分の部屋の天井を見ながら、俺は、ぼんやりとそんな事を考えていた
ダリル:(M)そんな時、ローテーブルの上に置いてあった、携帯電話が鳴った
ダリル:もしもし・・・はい、そうです・・・はい、分かりました、では、今から、そちらに行きます
ダリル:(M)電話は、組織からだった・・・今から組織の事務所に来るようにとの指示が出された
ダリル:(M)組織の事務所に行けば、きっとまた、殺人の指令が下(くだ)る。
ダリル:(M)そう思うと、人を殺した時の、あの憎悪が、俺の胸の中に蘇(よみがえ)ってくる
ダリル:(M)俺には、もう耐えられそうにない
ダリル:(M)組織の仕事は、もうこれで最後にしよう・・・そう思い、俺はリタに電話をかけた
リタ:はい・・・
ダリル:もしもし、リタ?
リタ:ええ、ダリル、どうしたの?
ダリル:この前言っていた話・・・俺、やっぱり、そろそろダメみたいだ
リタ:そう・・・大丈夫?
ダリル:うん、まだ少しは大丈夫
ダリル:また近いうちに仕事があるんだ、その仕事が終わったら、俺の事、リタに全部話すよ
リタ:あぁ、分かった
ダリル:リタ・・・俺・・・
リタ:大丈夫さ、心配しなくても
リタ:私は何があっても、あんたの味方でいてやるよ
リタ:また、昔みたいに、一緒に暮らせばいいさ
ダリル:うん・・・ありがとう、リタ、
ダリル:でもきっと、リタには、話を聞いて貰うだけになりそうな気がする
リタ:ダリル、それって、どういう事?
ダリル:また連絡するよ
リタ:ダリル?
リタ:・・・
リタ:(M)そう言って、ダリルは電話を切った
リタ:(M)ダリルの最後の言葉が妙に気になる・・・何もなければいいんだけど
ダリル:(M)リタへの電話から、およそ1時間後、俺は組織の事務所に来ていた
ダリル:(M)俺の前には大きな黒いテーブルと、そのテーブルの向こうには、椅子に座った上司がいる
ダリル:(M)上司は、いつも俺に指令を出す時と同じ仕草で、テーブルの上に写真を置き、そしてターゲットの名前を俺に告げた
ダリル:(M)俺は組織の事務所で、次のターゲットの名前を告げられた
ダリル:(M)告げられたターゲットの名前は「ヘンリエッタ・チャンドリー」、知らない名前の人物・・
ダリル:(M)また知らない人を殺すのか・・・そう思って、俺は机の上の写真を手に取って見た
ダリル:(M)俺は一瞬、目を疑った、写真にはあの「リタ」が写っていたのだ
ダリル:これは・・・
ダリル:(M)思わずリタの名前が口から出そうになった・・・
ダリル:(M)俺はその時、俺が写真の人物と知り合いだという事を、悟(さと)られないようにするのに必死だった
リタ:(M)今日は仕事のない一日だった、特にやる事もなく、部屋でのんびりしていたところへ、ダリルからの電話があった。
リタ:(M)どうやら、ダリルが仕事を辞める決心をしたようだった
リタ:(M)まぁ、どんな仕事をしているかは知らないが、あんなに心が荒(すさ)んでしまう仕事なら、さっさと辞めた方がいい
リタ:(M)私は、ダリルの最後の言葉が妙に気にはなったが、私も早く今の仕事をやめる支度(したく)をしないと・・・
リタ:(M)そう思っていた矢先、もう一度、私の携帯電話が鳴った
リタ:(M)電話は私の上司からだった、そして、電話の向こうの上司は、私に向かってこう言った
リタ:(M)「ダリル・リーバーを知っているか?」と
ダリル:(M)いつも俺は、ターゲットを殺す理由を教えてもらえない、
ダリル:(M)だが、写真の人物は、チャンドリー家が、裏で糸を引いている犯罪組織の、エージェントである事を教えられた。
ダリル:(M)俺の所属する組織は、リーバー家が取り仕切る犯罪組織。 リタのいるチャンドリー家とは敵対関係にあるらしい
ダリル:(M)それだけで、大体の察(さっ)しはつく・・・
リタ:(M)フラメッサが解体された時、そこで暮らしていた人達は、国から家と金を与えられて、街を出て行った
リタ:(M)しかし、その後、街を出て行った多くの人達が、犯罪に手を染めている
リタ:(M)その理由は、働き方や、普通の生活をする、知識や知恵を持っていなかった、フラメッサ出身の人達を、
リタ:(M)言葉巧みに騙(だま)して、国から与えられた家や金を奪(うば)ってしまう、悪党達がいたからだ
リタ:(M)その代表的な奴らが、リーバー家や、チャンドリー家のような、古い一族。
リタ:(M)奴らは大人だけではなく、フラメッサの子供達も引き取って、犯罪を教え、自分達の組織の道具として使っていた。
リタ:(M)私やダリルも、その内の一人だった。
ダリル:(M)俺は自分の部屋に戻り、ソファーに座って、事務所から持ち帰ったリタの写真を見つめていた
ダリル:(M)リタと過ごした、フラメッサの日々が、走馬灯(そうまとう)のように、俺の頭の中を駆け巡る
ダリル:(M)こんな形で、リタと別れる事になるなんて・・・
ダリル:(M)こんな事なら、15年ぶりの再会なんて、なかった方がよかった・・・
ダリル:(M)涙が止めどなく溢(あふ)れて来る
ダリル:(M)俺は、涙を止める術(すべ)もなく、泣きながら夜を過ごした
ダリル:(M)そして、散々泣いて、夜を明かした、その日の午後、俺はリタに電話を掛けた
リタ:はい・・・
ダリル:もしもし、リタ?
リタ:ええ、ダリル・・どうしたの?
ダリル:今から、リタに、俺の事を聞いて欲しいと思って、電話したんだ
リタ:そう・・
リタ:それはいいけど、仕事はもう終わったの?
ダリル:いや、それは、まだだけど、仕事の前にリタに聞いて欲しくて
リタ:そう、わかった
リタ:で、どんな話?
ダリル:俺の仕事の話
リタ:・・そう
ダリル:俺さ、殺し屋なんだ、リーバー家の
リタ:そう・・なんだ
ダリル:うん・・・でも、人を殺すほど、どんどん、俺の心が壊れていく・・
ダリル:今まで、そんな事なかったんだけど、リタと再会してから、そう感じるようになっちゃって
リタ:・・・
ダリル:もうそろそろ限界だなぁって
リタ:そうだったんだ・・・私と再会してから・・
ダリル:うん・・それで、今度の仕事を最後にしようと思ったんだ
リタ:そう
ダリル:本当は、仕事が終わってから、ゆっくり、リタに聞いてもらおうと思ってたんだけど
ダリル:そうもいかなくなっちゃってさ
リタ:どういう事?
ダリル:それで、今度の俺の仕事なんだけどさ、ターゲットは・・
リタ:ちょっと、ダリル、そんな事、私に話して・・
ダリル:ヘンリエッタ・チャンドリー
リタ:え?
ダリル:今度のターゲットは、ヘンリエッタ・チャンドリーっていう人
リタ:・・・
ダリル:もしかして、これってリタの事?
リタ:・・あぁ、そうだよ
ダリル:(M)「ヘンリエッタ・チャンドリー」は、やはり、リタだった
ダリル:リタって、そんな名前だったの?
リタ:いや、チャンドリー家に引き取られた時に、名付けられた名前だよ
リタ:ヘンリエッタも、略称はリタだから・・・
ダリル:そうだったんだ・・・
リタ:あぁ、
リタ:でも、ダリルの前では、あの頃のリタでいたかったからね、あんたと居る時は、その名前を使いたくなかったのさ
ダリル:そうか・・・
リタ:じゃぁ、ダリルは、もう私の事は知っているんだね
ダリル:いや、そんなに詳しくは知らないよ。 俺が教えられたのは、チャンドリー家のエージェントという事くらい・・・
リタ:そう・・・
リタ:でも、エージェントというよりは、殺し屋なのさ、私も
ダリル:え?
リタ:奇遇じゃないか、私達、同じ殺し屋同士なんてさ
ダリル:そうだな・・良かった・・・
リタ:(M)私とダリルの間に、少しの間、沈黙が流れた
リタ:で、どうするの?
ダリル:・・・
リタ:ただ、事情を聴いて欲しかった訳じゃないんでしょ
ダリル:うん・・・
ダリル:リタに頼(たの)みがあるんだ
リタ:何だい、頼みって
ダリル:リタに会いたい・・・
リタ:・・・あぁ、分かった。 いいよ。
ダリル:でも、俺はリーバー家の・・・
リタ:いいさ、そんな事。
リタ:言っただろ? 今のあんたが、どんな人間になっていたって
リタ:私は、今のダリルを全部受け入れてやるって
ダリル:リタ・・・ありがとう
リタ:それで、会ってどうするの?
ダリル:リタの手で俺を殺して欲しいんだ
リタ:ダリル・・・
ダリル:リタが殺し屋で良かった
リタ:・・・
リタ:で、どこへ行けばいいの?
ダリル:(M)俺はリタに場所を伝えた
リタ:わかった、じゃぁ、今からそこへ向かうよ
ダリル:うん、気を付けて・・・
ダリル:(M)そう言って、俺は電話を切った・・・リーバー家の5人の男に見つめられながら
ダリル:(M)俺とリタの関係は、組織には既に全部知られていた、
ダリル:(M)俺はリタを指定の場所に呼び出すように、組織から命令をされていたのだった
ダリル:リタ・・・頼む、来ないでくれ・・・
リタ:(M)私はダリルに教えられた場所に来ていた。 とあるビルの一室
リタ:(M)私は扉を開けて、中に入る。 すると、部屋の中央にダリルが立っていた
ダリル:リタ・・・
リタ:ダリル
リタ:(M)ダリルは、今までに無いほど、悲し気な顔をしていた
リタ:(M)私が、そんなダリルの顔に気を取られ、不用意に近づいた時、後ろに隠れていた3人の男が扉を閉めて鍵をかけた
リタ:(M)そして、前方の物陰から2人の男が現れ、私とダリルは5人の男達に囲まれた
ダリル:リタ、ごめん
リタ:(M)私はこの状況を直ぐに飲み込めた、しかし、私は特に慌てる事はなかった
リタ:別に謝らなくてもいいさ
ダリル:でも
リタ:ダリルが殺してくれと言ったからさ、私も、ダリルと一緒に死ぬつもりで、ここに来たのさ
リタ:だから、謝らなくていい
ダリル:そんな・・・
リタ:(M)リーバー家の男達は、ニヤニヤと笑っている
リタ:でも、どうせ殺されるなら、私はダリルに殺してもらいたいな
ダリル:それは・・・
リタ:そして、ダリル、
リタ:あんたも死にたいんだろ? だったら、私が殺してやるよ
ダリル:え?
ダリル:(M)リタは男達の方に向かって言った
リタ:ねぇ、折角だから、私とダリルで勝負をさせておくれよ。
リタ:もし、私が勝ったとしても、あんた達が私をハチの巣にすればいいだろ?
リタ:どうだい?
ダリル:(M)男達は、リタの提案に、まるで、何かのショーでも見るかのように、ニヤつきながら頷(うなづ)いた
リタ:話はそれでいいんだね。
リタ:ダリル、あんたの願い、ここで叶えてやるよ。
ダリル:リタ・・・
リタ:さぁ、ダリル、銃を抜きな
リタ:運が良ければ、一緒に死ねるよ
ダリル:・・・分かった・・・
ダリル:(M)俺はジャケットの内側にあるホルスターから、黒のコルトを抜き出した
リタ:勝負は、コインを投げて、床に落ちた時が合図だ、それでいいね?
ダリル:あぁ
リタ:ダリル、しっかり狙うんだよ
ダリル:(M)そういって、リタはコインを手のひらに乗せて、俺を見た
リタ:ダリル、最後にあんたに会えてよかったよ
ダリル:(M)そう言って、リタは俺を見ながら、口角(こうかく)を左に曲げて微笑んだ、
ダリル:(M)あれは、リタの昔からのクセだ。 俺はあの頃のリタの笑顔を思い出した
リタ:じゃぁ、勝負だ
リタ:(M)そう言って、私はコインをトスした
ダリル:(M)リタの指に弾(はじ)かれたコインが、くるくると回りながら宙を舞う
ダリル:(M)その映像が、俺には、まるでスローモーションのように見えていた
リタ:(M)コインは天井スレスレまで上がってから、落下を始めた
リタ:(M)このコインが床に落ちた時、全てにカタが付く
ダリル:(M)落下するコインを見ながら、コルトを持つ手に力が入る
ダリル:(M)放り投げたコインが床に落ちるまでの、短い筈(はず)の時間が、何故か、とても長く感じる
リタ:(M)落下したコインは、ようやく床に到着し、高い金属音を立てて弾んだ
ダリル:(M)その瞬間、俺は素早くリタに向かって数歩近づいた、リタも俺の方に向かって来る
リタ:(M)近づいた二人は、同時に後ろを振り返り、互いの背中を合わせて銃を構(かま)える
ダリル:(M)俺は、俺の後ろにいた、部屋の奥に立つ2人の男を、
リタ:(M)そして、私は、扉側に立つ3人の男を、それぞれの銃で打ち抜いた
ダリル:(M)5人の男達は、全員が完全に油断をしていた為、自分たちの銃に手をかける事も出来ないまま、その場に倒れた
リタ:(M)その後の数秒間、私とダリルは、倒れた男達に銃を向けたまま、動かなかった
リタ:(M)男達が死んだ事を確信できるまで・・・
(しばしの間)
ダリル:(M)暫くの沈黙の後、リタが身体の緊張を解いた事を、俺は背中越しに感じた
リタ:ふぅ・・・何とかなったね
ダリル:(M)その声に俺の緊張も解けていく
リタ:でも、よく分かってくれたね
ダリル:あぁ、コインを投げる時に、リタが笑っただろ、あの時、フラメッサに居た頃のリタの事を思い出したんだよ
ダリル:あの笑顔って、リタの「こんな所で死んでたまるかよ」って言う時の顔だったんだ
ダリル:あの頃の、リタの口癖だっただろ
リタ:覚えててくれたんだね
ダリル:当たり前だろ、警察に追われて、バラバラに逃げる時にも、よく目配せに使ってたし、忘れる訳ないよ
リタ:ふふふ、そうだったね
ダリル:でも、リタは俺がそれに気付かなかったら、どうするつもりだったのさ?
リタ:どうもしないさ、言ったでしょ?「死ぬつもりで来た」って
リタ:だから、その時は、死ぬだけだったのよ
ダリル:死ぬだけって・・・
リタ:私が死んだって、ダリルはリーバー家の人間なんだから、ここでは殺されないだろ
リタ:だから、どう転んだって、私にとっては良かったのさ
ダリル:リタ・・・
リタ:そんな事より、ダリルは、これからどうするつもり?
ダリル:何も考えてないよ、とっさの事だったし、俺も死ぬつもりだったから・・・
ダリル:俺はもう、組織を裏切っちゃったし、帰る場所もないから、どうしていいかも、よく分からない
リタ:そう・・・じゃぁ、私もダリルと一緒にいるよ
リタ:ダリルが全部捨てたのなら、私も全部捨てるさ
ダリル:でも、リタはまだ、チャンドリー家に帰れるじゃない
リタ:帰りたくないよ、あんな所
リタ:私も、あんたと同じで、全部捨てたかったのさ
ダリル:でも、組織を裏切ったら・・・
リタ:それはダリルも同じじゃない
ダリル:それは、そうだけど・・・
リタ:これで、二つの組織から追われる事になれば、直ぐに殺されるかもしれないけど、
リタ:どうせ野垂れ死ぬ(のたれじぬ)のなら、それまでは、一緒に居ればいいよ、あの頃みたいにさ
ダリル:ありがとう、リタ・・・俺・・・
リタ:さぁ、とにかく、もうここは離れよう
リタ:組織に追われてたって、大人しく死んでやる気はないからさ、最後まで足掻(あが)いてやろうよ
ダリル:うん、そうだな
リタ:じゃぁ、行こうか、ダリル
ダリル:うん
リタ:(M)そして、私達は5人の男達の死体を残して、この部屋を後にした
ダリル:(M)後(のち)に、この街の「B12地区」に、フラメッサと呼ばれる組織が現れる事となる
ダリル:(M)これは、その少し前の話
完
フラメッサ(女×男) Danzig @Danzig999
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます