第36話
「まったく……。イザベラさんには困ったものですよ」
「本当にね。ちょっと疲れちゃったよ」
ため息を吐いたリーリアに同調するように頷いていると、彼女はジト目で俺を見上げてくる。
「でも、アキラさんもアキラさんですよ。いくらイザベラさんが綺麗だからって、勝手にサービスまでしちゃって」
「いや、別にイザベラが綺麗だからサービスしたわけじゃないからね。素材のことで無茶を言っちゃったから、そのお詫びも兼ねてだから」
どうやらまだ少し怒っているらしいリーリアの様子に慌てていると、ふとイザベラの言葉がよみがえってくる。
「そ、そうだ! これ、リーリアの分だよ」
そう言って彼女にもネックレスを差し出すと、リーリアは目を丸くして驚いている。
「もともと、リーリアに渡そうと思って作ってたんだ。さっきイザベラに渡した物と同じように守護の付与がかけてあるから、リーリアをピンチから救ってくれると思うよ。良かったら受け取ってほしいんだけど」
別にイザベラに言われたから用意したわけではないけど、俺は少し照れくさくなってしまう。
そんな俺の様子を知ってか知らずか、ネックレスを受け取ったリーリアは嬉しそうに口元を緩める。
「まったく、アキラさんはしょうがない人ですね。……今回だけですからね!」
そう言いながらも顔を緩ませながらネックレスを身に着けるリーリア。
彼女のためにあつらえただけあって、それはお世辞抜きでよく似合っていた。
「どう、ですか……? 私、普段はあまりアクセサリーとかつけないんですけど……」
「とってもよく似合ってるよ。うん、いつも以上に可愛い」
「かっ!? なにを言ってるんですか! お世辞は止めてください!」
「お世辞なんかじゃないって。本当に、リーリアは可愛いよ」
「んんっ……!? もう、知りません!」
反応がいちいち可愛くて褒め倒していると、彼女は顔を真っ赤にして工房の奥へと引っ込んでしまった。
少しからかいすぎてしまったことを反省しながら、俺は後回しにしていたノエラへの納品用の剣の点検作業をすることにした。
と言っても、その作業自体はそれほど面倒なことでもない。
ほとんど失敗なく順調に完成しているはずだから、後は刀身や柄なんかの細かい部分を軽く確認するだけだ。
いくら数が多いとは言っても、一時間もあれば軽く終わるくらいの楽な作業だった。
そんな流れ作業のようなことをしながら、俺は俺の頭は別のことを考えている。
「やっぱりノエラにも、ポーションを買い取ってもらえるように頼んだ方がいいかな? ドロシーの店には置いてもらえることになったけど、たった一軒だけじゃそれほど大きな儲けにならないだろうし……」
ノエラに頼んで別の街でも売りさばいてもらえば、もっと利益を上げることができるはずだ。
もうこの街でこれ以上納品できる店を増やすことができないからには、それが利益を上げる唯一の方法と言っても良いだろう。
「とは言え、リーリアに相談はしておかないとな。ほとぼりが冷めたくらいに、一度話を通しておこう」
今はまだ照れて怒っているかもしれないし、まずは目先の作業を終わらせよう。
手元の剣の確認作業に集中しようとしていると、背後で扉の開く音が聞こえてきた。
「突然の訪問、失礼します。この工房は、ファドロ工房で間違いありませんか?」
入ってきたのは中年くらいの男性で、彼は俺をまっすぐ眺めながらそう尋ねてくる。
「ああ、間違いないよ。それで、ウチになにか用か? もしかして、仕事の依頼?」
「いえ、依頼ではありませんよ。……申し遅れました、私はこういった者です」
そう言って差し出された名刺を受け取ると、それには『イグリッサ商会、ノイマン・ドーンズ』と書かれていた。
「イグリッサ商会? 悪いけど、俺はこの街に来たばかりであまりそういうのに詳しくないんだけど……」
「ええ、よく存じておりますよ。イグリッサ商会はこの街でも一、二を争う商会でして、私はその紹介でスカウトマンのような仕事をしています」
「スカウトマン?」
いったい商会が何をスカウトするのかは分からないけど、ともかくこの男はなんだか胡散臭い気がする。
「そのスカウトマンが、この工房にいったい何の用があるんだ?」
何となく嫌な予感がした俺は、少し不愛想な態度でノイマンに尋ねる。
そんな俺の態度を気にした様子もないノイマンは、まるで張り付けたような笑顔を浮かべながら俺をまっすぐに見つめてくる。
「今日はアキラさんに、ある提案をさせていただこうと思って参上いたしました」
言いながら少しずつ近づいてきたノイマンは、テーブルを挟んで俺と見つめ合う。
「提案ってのは、いったいなんのことだ? 悪いけど、そんな話に付き合っている暇はないんだけど」
「そうおっしゃらずに……。あなたにとっても、きっと有益な話だと思いますよ。ほんの少しでいいので、お時間をいただけませんか?」
冷たくあしらっても諦めないノイマンはそう言って、持っていたカバンから一枚の書類を取り出した。
「単刀直入に申します。あなたの腕を、私どもの元で振るっていただけませんか?」
その言葉とともに、ノイマンは俺に向かって契約書を差し出すのだった。
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