第35話

「こんにちは! どう? 剣はできたかな?」

 今日も今日とて元気いっぱいに工房へと入ってきたイザベラは、俺を見つけるなりまっすぐこちらへと歩いてくる。

 その後ろを申し訳なさそうな表情を浮かべたエステルが追いかけていて、そのいつも通りな関係に思わず笑みがこぼれてしまう。

「いらっしゃい、ふたりとも。剣なら、ちょうどさっき完成したよ」

「本当ですか!? やった!」

 俺の言葉に反応したエステルが喜びの声を上げ、それを見てイザベラも嬉しそうに笑っている。

「ふふ、エステル。喜んでばかりいないで、早く剣を見せてもらいな」

「そうだね。それじゃあ、これをどうぞ」

 ついでに作った鞘に納めた剣をエステルに手渡すと、目を輝かせた彼が丁寧にそれを受け取った。

「これが、僕の新しい剣……。思ったよりも軽いですね」

「そうだな。エステルはまだ筋力が強くないから、できるだけ軽くなるように作ったんだ。強度は損なわれてないから、そこは心配しなくても大丈夫だ」

「へぇ、そりゃあ凄いね。ほら、エステル。いつまでも鞘を眺めてないで、抜いてみなさい」

「はい、師匠! 失礼します……」

 緊張した様子でエステルが鞘から剣を抜くと、すらっと輝く刀身が彼らの視線に晒された。

「凄く、綺麗だ……」

「うん、立派なもんだね。これほど綺麗な刀身は、めったにお目にかかれるものじゃないよ」

 手放しで褒められて、俺は少し嬉しくなって思わずにやけてしまう。

 その間にもエステルは刀身を何度も眺め、そのたびに嬉しそうな笑みを浮かべている。

「凄い、凄いです! まるであつらえたように僕の手にぴったりフィットしてて、まるで身体の一部みたいです」

「それは良かった。そんなに喜んでもらえるなら、作ったかいがあるよ」

 試すように軽く剣を振ったエステルは、やがて流れるような姿勢で剣を鞘へと納める。

 小さな音を立てて収まった剣を見て満足げに頷いたエステルは、俺に向かって深々と頭を下げた。

「ありがとうございます! 僕、この剣を一生大事にします!」

「そうしてくれると嬉しいよ。だけど、剣はあくまで命を守る道具だから、危なくなったら多少無理な使い方をしても良いからな」

 なんなら、手放してくれても構わない。

 それでエステルの命が助かるのなら、剣だってそれは本望だろう。

 俺の言葉に神妙に頷くエステルと、微笑みを深めるイザベラ。

 そんな彼らのための紅茶を持ってきたリーリアに、イザベラは視線を向けた。

「ありがとうね、あなたたちに頼んで正解だったよ。エステルにも一段と気合が入ったみたいだし、これで修行もはかどるね」

「はい! 僕、この剣に恥じないように一生懸命頑張ります!」

「いえいえ、私はなにもしてませんから。でも、喜んでもらえたみたいで嬉しいです」

 微笑みながら答えるリーリアと笑いあいながら、イザベラは懐から大きく膨らんだ袋を取り出した。

「はい、これが代金だよ。ちょうど入ってると思うけど、確認しておいてくれ」

「お任せください!」

 代金と聞いてテンションの上がったリーリアがさっそく中の金貨を数え始める。

 そうなると俺たちはやることがなくなるわけで、暇になった俺はイザベラにある物を差し出した。

 俺が差し出した物を手に取って、イザベラは不思議そうにそれを眺めた。

「なに、これ?」

「剣の素材が余ったから作ってみたんだ。ちょっとしたサービスだよ」

 それは、微かに輝くネックレスだった。

「それには守護の付与がかけてあるから、イザベラの身を守ってくれるはずだ」

「へぇ、そうなの。これをくれるってことは、もしかして私に気があるとか?」

「な、なに言ってるんだよ。からかわないでくれ」

 思わず戸惑ってしまった俺を見て楽しそうに笑いながら、イザベラは受け取ったネックレスを身に着ける。

「ふふ、冗談だよ。……どう? 似合ってる?」

「ああ、もちろん。よく似合ってるよ」

 少し照れくさそうに微笑むイザベラに頷いていると、不意に隣から視線を感じる。

 そこでは金貨を数え終わったリーリアが、不機嫌そうに俺を睨んでいた。

「私が一生懸命お金を数えている間にお客さんをナンパとは、アキラさんも隅に置けませんね」

「いや、ナンパじゃないって。お得意さまにちょっとしたサービスをしていただけだから……」

「あぁ、そうなの? 私はてっきり、口説かれてるのかと思ったけどなぁ」

「んなっ!? イザベラまでなにを言ってるんだよ!」

 慌てる俺の様子を見てクスクスと笑うイザベラは、「冗談だよ」とリーリアの誤解を解いてくれる。

 それでもまだ少し不機嫌そうなリーリアだったけど、とりあえず俺を睨むのを止めてくれてホッと安堵のため息を漏らす。

「でも、アキラももうちょっと乙女心を考えた方がいいよ。アキラにそんなつもりがなくても、こういうことをされると勘違いする女の子も居るからね」

「肝に銘じます……」

 確かに、今回の件に関しては俺が迂闊だったのか。

 反省する俺の耳元まで近寄って来たイザベラは、俺にだけ聞こえる声で小さく囁く。

「反省してるなら、あとでリーリアにもプレゼントをあげるといいよ。そうすれば、機嫌なんて一発で直っちゃうから」

 それだけ言ってふふっと笑ったイザベラは、何事もなかったかのように俺から離れていく。

「ほら、エステル。いつまでそうやって剣を眺めているつもり? 武器って言うのは、使わないと意味がないのよ」

「す、すいません。嬉しくってつい……」

「気持ちは分かるけど、いつまでもこうしてるわけにはいかないでしょ。だから、今からちょっと試し切りに行きましょうか」

「……はい!」

 嬉しそうに気合を入れるエステルを笑顔で眺めながら、イザベラは俺たちへと声を掛けてくる。

「というわけで、私たちはそろそろ失礼するわね。……ちゃんと仲直りしないと駄目よ」

「べ、別に喧嘩なんでしてないですよ!」

「そうだったっけ? まぁ、細かいことは気にしない、気にしない。それじゃ、また今度改めてお礼をしに来るわ」

「あの、本当にありがとうございました! 僕、この剣に恥じないくらい強くなってみせます!」

 軽く手を振るイザベラと深々と頭を下げたエステルが工房を後にすると、俺たちはまたふたりっきりになってしまった。

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