第31話
「それじゃポーションはこのくらいにして、次はスクロールを作ってみよう。スクロール用の紙はどこに置いたっけ?」
「それならここにありますよ。でも、本当に大丈夫ですか?」
差し出された紙束を受け取ると、リーリアは不安そうな表情で俺を見上げてくる。
俺だって少しは不安があるけど、工房の主である彼女にとって失敗は死活問題にもなってくる。
そんな彼女の不安を解消するために、俺は努めて明るい表情を浮かべながら自信満々に答える。
「大丈夫だって。ドロシーに貰った本はちゃんと読んだし、なんならその本を読みながらでも作れるみたいだから」
読みながらと言うのはカンニングみたいでちょっと気が進まないけど、分からないまま失敗するよりはマシだろう。
それにこれは学校のテストではないのだから、まずは確実に成功することが大切だ。
目当てのページで開いた本をテーブルに置いた俺は、手に持った紙にゆっくりと魔力を流していく。
これがなかなか難しい。
そもそも魔力を流すという行為自体に慣れていない上に、紙は金属と比べて魔力が流れにくい気がする。
額に汗をにじませながら、俺は必死に頭の中でイメージを膨らませていく。
水が紙に染み込むように、魔力を紙の繊維一本一本へと行き渡らせる。
そうやって瞳を閉じてイメージに集中していると、魔力はじんわりと紙の中へと浸透していく。
その魔力が紙全体に広がったところで、俺はゆっくりと詠唱を始めた。
「魔力よ、文字を刻み紋様を刻め。我が力の片鱗を残し、わずかな奇跡をこの場所に封じ込めよ。
俺の詠唱に応じるように魔力が文字となって紙の中央に刻まれ、その文字自体が一つの魔法陣を作り上げる。
一瞬でも気を抜けばたちまち失敗してしまう繊細な作業に、俺は瞬きも忘れて精神を集中させる。
そして最後の一文字が刻み込まれると、詠唱の終了とともに紙はひとりでにクルクルと丸まり、一本の巻物へと変化した。
「よし、とりあえず成功だ。あとはこれを使って、魔法が発動するかを試すだけだな」
「ちょ、ちょっと待ってください! ここで試すんですか!?」
当然のようにスクロールを開こうとすると、慌てた様子のリーリアが俺を制止する。
確かに危険な魔法を封じていれば、ここでそれを発動すれば大惨事になってしまうだろう。
だけど、このスクロールに封じたのは全く問題のない魔法だ。
「大丈夫、安心して。これに封じたのはライトの魔法だから。ちゃんと発動しても、この工房が明るくなるだけだよ」
「あっ、そうなんですね。良かった……」
ほっと胸を撫でおろしたリーリアに微笑みかけながら、俺は改めてスクロールの封に指をかける。
さぁ、緊張の一瞬だ。
ゆっくりと封を切ると、俺はスクロールを一気に広げる。
「っ!?」
その瞬間、スクロールからはまばゆい光を放つ一つの球が飛び出してきた。
飛び出した光の球はスクロールから離れ、やがて俺の身体のすぐそばで止まる。
「……よし、成功だ!」
空中で静止する光の球を眺めながら、俺は初めての魔法に興奮を抑えきれずにいた。
「やりましたね、アキラさん!」
「ああ! これでこの工房に、新しい目玉商品ができたぞ!」
俺の隣で飛び跳ねて喜ぶリーリアと笑いあいながら、俺たちは力強くハイタッチを交わすのだった。
────
新しい商品ができて喜んだのもつかの間、俺たちの前にはまた困難が立ちふさがっていた。
「どうして、どこの店も商品を買い取ってくれないんだ……」
通りに面した道具屋から出てきた俺は、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべていた。
それもそのはず。
さっきから訪ねた何軒もの道具屋で商品を店に並べてもらうように交渉しても、全ての店で断られてしまったのだ。
それも交渉の末に条件が合わなかったとかなら、まだ納得だってできる。
だけど、その断られ方が少し引っかかる。
最初は商品を見て買い取りに乗り気だったにも関わらず、俺たちの工房の名前を聞いた途端に店主の対応は渋い物になってしまうのだ。
中には実際に契約書を書く段階になって、やっぱり無理だと断られてしまうケースまであった。
「こんなの、絶対におかしい」
どう考えても普通ではない断られ方に、いくら鈍感な俺でもなにかの力が動いていることを感じ取ってしまう。
そしてそんなことは、当然のようにリーリアも感じ取っているわけで。
「一軒や二軒なら偶然で済ませることもできますけど、ここまで露骨だと……」
俺の言葉に同調するように、リーリアも不安そうに表情を曇らせている。
「ともかく、こんなに断られる原因を探らないと」
なんとなく原因の予想はできるけど、まだ確定していない以上は慎重に状況を判断しなければいけない。
「でも、どうやって調べれば……」
そう尋ねられて、俺の頭にはひとりの人物の顔が浮かんだ。
「そうだ! ドロシーならなにかを知っているかもしれない。彼女の店に行ってみよう!」
「確かに、そうですね。行きましょう!」
お互いを見て頷き合った俺たちは、そのまま急ぎ足でドロシーの店へと向かった。
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