第29話
「最後はこれ。なんだか分かるかしら?」
差し出されたのは一本の巻物だった。
症状くらいの大きさの紙がクルクルと丸めてまとめられているそれは、失礼だが高価な品物には到底見えない。
それを鑑定する前に、隣で覗き込んでいたリーリアが先に声を上げる。
「これ、スクロールだよね。ドロシーのお店って、こんな物まで売ってるの?」
驚いたようなリーリアの態度で、これが貴重な物であることが分かった。
「そりゃあ貴重ですよ。だって、スクロールを作るには専門のスキルが必要なんですから。それに、魔術についても深い知識が必要なんです」
興奮した様子のリーリアとは対照的に、俺のテンションはあまり上がらない。
それはこの商品の凄さをよく分かっていないのもそうだけど、もう一つ理由があった。
「へぇ、そうなんだ。それじゃあ、俺にはこれを作ることはできないかもね」
スキルの方はたぶんどうにかなるけど、いかんせん魔術についての知識はからっきしだ。
そんな状態では、これを新商品として量産することは難しいだろう。
作れない物の話を聞いても仕方ないのではないかと思っていたのだけど、ドロシーから返ってきたのは意外な答えだった。
「いや、たぶん君でも簡単なスクロールなら作ることはできると思うよ。魔術の知識を知るだけなら、本で調べれば済む話だし」
「え? そんなんでいいのか?」
「もちろん。実際に魔法を行使するっていうのなら話は別だけど、スクロールを作るためなら本を片手に調べながらやればいいんだよ。もちろん難しい魔法になればなるほど、それなりの勉強はしないといけないけどね」
その話を聞いて、俺は俄然スクロールという物に興味がわいてきた。
そんな俺の態度の変化に微笑んだドロシーは、改めてスクロールについての話を始める。
「それじゃ、説明の続きをしてもいいかな? さっきリーリアが言った通り、スクロールっていうのは実はとても貴重な物なんだ。なんと言っても、使用することで記された魔法を発動させることができるんだからね。魔術師の居ないパーティーにとっては、可能ならぜひ持っておきたい代物ね」
そこで言葉を切ったドロシーは、指を二本伸ばして言葉を続ける。
「だけど、難点が二つある。ひとつは使用できる回数。スクロール一本につき、魔法を使用できるのは一度だけ。使ってしまえばただの紙くずになる、完全に使い捨ての道具なの」
「なるほど。そりゃあ、何度も繰り返し使えたら魔法使いは廃業だもんな。それで、もうひとつは?」
「もうひとつは、その入手難度よ。さっきも言ったけどスクロールを作れる職人は数が限られているから、必然的にスクロール自体も珍しい物になるわ。需要に対して出回る数が少ないから、値段だってそれなりになってしまうし」
「でも、だったらどうしてドロシーのお店にはこんなにスクロールが置いてあるの?」
棚に並べられた各種スクロールを眺めながらリーリアの投げかけた質問に、俺も同じ疑問を抱いていた。
いったい彼女は、どうやってこれだけのスクロールを集めているのだろうか?
そんな俺たちの疑問に、ドロシーはなんてことない風に簡単な口調で答える。
「それはもちろん、私がその数少ない職人のひとりだからよ。と言っても、私に作れるのはせいぜい中級魔法のスクロールまでだけど」
「え? そうだったの!? ドロシーって、意外とすごかったんだね」
「意外と、は余計でしょ。ドロシーさんは、天才美少女なんだから」
照れ隠しのようにふざけた言葉を返しながら、彼女は話を切り上げる。
「ともかく、ウチの売れ筋商品はこの三つね。他にもいろいろ商品はあるけど、どれも新規参入にはパッとしないから。どれを売っていくつもりかは知らないけど、私ならスクロールかポーションをオススメするわ」
そう言ってカウンターに戻ってしまったドロシーを追いかけるように、たちも再びカウンターまで近づく。
「そうだな。俺もその二つに挑戦してみようと思う。それで、できれば作り方を教えてほしいんだけど」
「別に構わないわよ。と言っても、教えることなんてほとんどないんだけどね。スクロールはこの本を読めば初級魔法の物なら作れるだろうし、ポーションはレシピ通りに作るだけだから」
そうは言いながらも、ドロシーは店の奥から二冊の本を持ってくる。
「はい。これがスクロール製作のための魔術の専門書で、こっちがポーションのレシピが書かれている本よ。私にはもう必要ないし、君たちにあげるわ」
「良いのか? ありがとう」
差し出された本を受け取ると、ドロシーは満足げに頷く。
「良いのよ、どうせ私が持っていても邪魔になるだけだから。その代わり、もしも良い商品ができたらウチにも卸してちょうだい。特にポーションは、最近になって妙に質の悪い物が出回るようになってるから。もちろん、ちゃんとお金は払うわ」
「分かったわ。ウチとしても、買い取ってくれるお店があれば助かるから」
それに、大事な幼馴染だしね。
そう言いながら、二人は顔を見合わせて笑っていた。
そんな光景を見て俺はひとり、かつて親友だった男のことを思い出して胸を痛めていた。
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