第23話
「3万ガルム!? そんな価格で買い取ってもらえるんですか?」
驚いたように目を丸くして声を上げるリーリアに、ノエラは快活に笑う。
「あはは、そんなに驚くことじゃないよ。それとも、この値段じゃ不満かい?」
「そんな、不満だなんて! でも、良いんですか?」
「良いも悪いも、これは私が考えるこの剣の正当な値段さ。場所さえ選べば、もっと高値でも買い取ってもらえる可能性だってあるからね」
信じられないように口元を抑えるリーリアが落ち着くのを待って、ノエラはさらに話を続ける。
「これはここだけの話にしてほしいんだけどね。実はウチにも、武器を売ってほしいって客が何度か問い合わせてきたことがあるんだ。その時は工房に当てがなかったから断ったんだけど、この剣だったら相手の要望にも十分に応えられるはずさ」
「で、でも……。どうして買取の値段を倍にしてくれたんですか?」
「その値段で買い取っても利益が出ると考えているからだよ。商売人である以上、儲けないといけないからね」
「だったら1万ガルムで買い取った方が利益も上がるんじゃないですか?」
確かにリーリアの言う通り、黙って最初に提示された金額で買い取った方が儲かるんじゃないだろうか。
それなのにわざわざ値段を吊り上げるなんて、それにいったいどういう意味があるんだろうか。
俺たちの質問に、少し不満そうな表情を浮かべながらノエラが口を開く。
「やれやれ。どうやらあんたたちは、私を誤解しているみたいだね。言っておくけど、私をそこらのクソみたいな悪徳商人と一緒にしないでよね」
「ノエラ、少し口が過ぎるぞ」
その発言に眉をひそめたジェリスの注意を、しかし彼女は軽くかわしながら続ける。
「おっと、失礼。……まぁともかく、私は誠実な商売をモットーにしているんだよ。相手に知識が不足しているからって、それにつけこむような商売はしたくないのさ。だから私は正当な金額を提示するし、もし相手が提示した金額が低ければそれに上乗せする」
そこまで言って、彼女はとても楽しそうに笑った。
「この剣の正当な販売価格は最低でも7万ガルム。そこから輸送費や私たちの取り分を考えてあんたたちに渡せるのが3万ガルム。悪いけど、これ以下の条件では絶対に契約しないからね」
いつの間にか用意されていた契約書をテーブルに広げて、ノエラは俺たちに選択を迫る。
「さぁ、どうする? この条件で良いのなら、さっそくサインをしてほしいんだけど」
確認するようにリーリアを見ると、こちらを見ていた彼女と目が合った。
見つめ合い小さく頷いたリーリアがペンを取ると、彼女はゆっくりと契約書に目を通していく。
そしてペンを動かすと、契約書にはリーリアのサインがしっかりと書き記されていた。
「よし、それじゃあ契約成立だ。来週までに50本の納品をよろしく頼むね。もしも遅れそうな時は、事前に連絡してくれればいいから」
「大丈夫だ。一週間もあれば余裕で納品できると思うから」
自信を持って答えると、ノエラは満足そうに頷いた。
「良い返事だね、さすがだよ。もしも売れ行きが良ければ定期的に注文することになるだろうから、気合を入れてお願いね」
契約書を金庫にしまいながら、ノエラは柔らかい笑顔を俺たちに向ける。
商売人としての顔はすっかりなくなり、普段の彼女がそこに居た。
「それじゃ、商売の話はこの辺にしておこう。これからは、友人として少しお話しようじゃないか」
紅茶を飲みながら微笑む彼女に、無意識のうちに緊張していた身体がホッと解れていく。
「それで、アキラとリーリアはどうやって出会ったんだい? お姉さん、ちょっと興味があるんだけど」
「別に普通だよ。俺が宿を見つけられずに困っていたところで、リーリアが助けてくれたんだ」
「いえ、最初に私を助けてくれたのはアキラさんの方ですから。あの時に助けてもらえなければ、ウチの工房はどうなっていたことか。それにその後だって、アキラさんが居なかったら私は……」
あの時のことを思い出しているのか、リーリアは暗い表情を浮かべる。
それに目敏く気付いたノエラは、俺に確認するように視線を投げかけてくる。
聞いてもいい話なのかを確認するような彼女の視線にどう答えようか迷っていると、その前にリーリアが口を開いた。
「別に、大したことじゃありませんよ。ウチには父の作った借金があって、あの日は取り立てに来た人たちに連れていかれそうだったんです。それを、アキラさんが助けてくれて」
「いやいや、大したことじゃないか。そんな乱暴な取り立てをするなんて、いったいどこの誰だい。こんなに可愛い女の子を脅すなんて、許せないね」
憤りを隠すことなく声を荒らげるノエルに、俺たちは思わず苦笑いを浮かべる。
「大丈夫だよ。とりあえず話はついたし、しばらくは問題ないから」
もちろんお金を返せなければどうなるか分からないけど、それもこのペースでいけば問題ないだろう。
落ち着かせるように声をかけてみても、しかしノエラの怒りは収まらない。
「話がついたからって、それでそいつらの罪が消えるわけじゃないだろう。……辛かったね、リーリア」
「はい、ありがとうございます。でも大丈夫です。今の私には、アキラさんがついてますから」
言いながら握られた手を、俺はそれに応えるようにギュッと握り返す。
そんな俺たちを微笑ましそうに見つめたノエラは、やがて決心するように頷きながら口を開いた。
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