第20話

 テーブルの上に置かれたのは、一振りの剣だった。

 俺が作った中でも特に品質の良かった物で、一番出来の良かった物でもある。

 一目見ただけでもその辺りに並べられている武器よりも質の良い物だと言うのは明らかで、ソレを眺めるテッドの表情にも驚きの色が浮かぶ。

「これ、どっちが作ったんだ? アキラか?」

 その質問に頷きで答えると、テッドは口角を上げながら剣を手に取る。

「こんなに質の良い剣を作る職人、この街には今まで居なかったぞ。どうやら俺は、お前さんのことを少し舐めていたみたいだ。いやぁ、大したもんだ」

 そうやって素直に褒められると、なんだか嬉しくなってしまう。

 そしてそれはリーリアも一緒だったみたいで、まるで自分のことのように胸を張って微笑んでいた。

「どうですか? たぶんこの街で売られている中でもかなり出来の良い商品になります。王都で売り出しても、十分通用すると思いますけど」

「確かにな。前に王都に出稼ぎに行ったが、そこの武器屋ではこのレベルがゴロゴロ売られてたよ」

 どうやら、リーリアの見立ては正確だったみたいだ。

 テッドも気に入ってくれているようだし、これはもしかしたら期待が持てるかも知れない。

 しかしその期待は裏切られ、テッドは眉をひそめながら剣をテーブルの上に置いた。

「悪いが、ウチじゃこの剣は扱えない」

「そんな!? どうして!」

 信じられない言葉に思わず口を挟むと、テッドは俺をまっすぐに見つめながら口を開く。

 リーリアちゃんは知っていると思うが、俺の店を利用する客の大半は駆け出しの冒険者だ。金もなければ、まだまだ未熟な実力しかない奴らばかり。こんな立派な剣を買うような奴はほとんど居ないだろうよ」

 それを聞いて、俺の胸には脱力感が広がっていく。

 やっぱり、リーリアの言った通りの展開になってしまった。

 ここも駄目だったら、きっと他の店でも無理だろう。

 最後の頼みの綱だったデッドに断られて、絶望に崩れてしまいそうな身体をなんとか支えるしかできなかった。

 しかし、そんな俺とは違いリーリアはまだ諦めていなかった。

「“ほとんど”ということは、少しは買ってくれそうなお客さんが居るんですよね」

 その言葉にハッと顔を上げると、テッドも驚いたように目を丸くしていた。

「あ、あぁ……。確かに半年に一回くらい、金持ちのボンボンが冒険者の真似事を始める時がある。そういう時は、ウチに来て馬鹿みたいに高い買い物をしていく。だけど、だからって売れるのはせいぜい二本か三本だけだぞ」

「それでも売れるのなら、お試しで少しだけでも置いてもらえませんか? もちろん、値段も相談に乗ります」

「……そこまでしてコレを売りたいのか? 言っちゃ悪いが、少し異常だぞ。いつものリーリアちゃんじゃないみたいだ」

 一切引き下がることのないリーリアに困惑したようなテッドの言葉で、彼女は心底楽しそうに笑顔を浮かべる。

「だって、これが私の仕事ですから。せっかくアキラさんが作ってくれた物を、私の力不足で台無しにしたくないんです。たとえ少しでも、私だって工房のために役に立ちたいんですから」

 胸を張って自信満々にそう言い放ったリーリアに、テッドさんは呆然と彼女を見つめていた。

「……はぁ、負けたよ。そんなところまで親父さんに似なくてもいいのになぁ」

 しばらくの睨み合いの末、先に折れたのはテッドの方だった。

 ガシガシと頭を掻きながら呟く彼に向かって、リーリアは満面の笑みを浮かべている。

「ただし、ウチで扱えるのはせいぜい五本が限界だ。それ以上は売れる気がしないし、そんな商品を置いておくスペースもないからな。それでもいいか?」

「もちろんです。ありがとうございます!」

 勢いよく頭を下げるリーリアに合わせて、俺も慌てて頭を下げる。

「礼なんていらないって。この剣はどっからどう見ても名品だ。ウチの客層に合わないってだけで、場所によっては欲しい奴がたくさん居るはずだ。自信もって売り込んでいきな」

 商談が終わりいつもの優しい雰囲気に戻ったテッドにそう言われて、なんだか少し嬉しくなってくる。

「だけど、どこも話さえ聞いてくれないんだよな。今日だけで何軒回ったか分からないよ」

「まぁ、どこも大手が牛耳ってるからな。あいつら、質はともかく生産力だけは高いから」

「その質のところで勝負ができればと思ったけど、なかなか難しいんだな」

 話を聞いてくれなければ勝負にもならないし、追い返されてしまえばそれ以上打つ手がない。

「だけど、どうして話も聞いてくれないんでしょうか? 父の代の時は、追い返されるようなことはなかったのに」

「そりゃあ、きっとどっかから圧力がかかってるんだよ。俺の店くらいありとあらゆる工房から商品を買ってりゃ別だが、どっかと専属契約している店なんかは圧力に弱いからな」

「なるほど、圧力ね。……なんだか、一気にきな臭い話になって来たな」

「まぁ、本当かどうかは分からないがな。もしかしたら、たまたま話を聞くのが面倒だったってだけかもしれないし」

「それはそれで問題だと思うんだけど……」

 場を和ますように冗談を言うテッドに苦笑して、俺たちは話を前向きなものに戻す。

 もしも本当にどこかから圧力がかかっているのなら、俺たちにはどうすることもできない。

 だったら圧力のかからないような店に売り込むしかないからな。


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