第4話

 連れていかれた先で男たちと協力して馬車を立て直すことができた頃には、すでに数十分の時間が経っていた。

 もともと体力だけには自信があった俺だけど、過労死したての身体に慣れない肉体労働はさすがに過酷過ぎる。

 気を抜けば笑い出してしまいそうな膝を両手で抑えながら、俺は疲れた身体を支えながら休憩していた。

「いやぁ、ありがとね。おかげで助かったよ」

 はぁはぁと肩で息をする俺に、近づいてきた女性はそう言いながらポンポンと背中を叩いてくる。

「町までもうちょっとってところで、車輪が石に乗り上げちゃってね。なかなか起こせずに困ってたんだ。たまたま親切なあなたが通りかかってくれて良かったよ」

「はぁ、まぁ……」

 親切というか、ほとんど無理やり手伝わされたんだけど。

 なんて文句を言えるわけもなく、とりあえず曖昧に笑ってごまかす。

 なんとなく、この人には逆らってはいけないような気がする。

 こういう時の俺の勘は、なぜか良く当たってしまうのだ。

 そんなやり取りをしていると、馬車の状態をチェックしていた男がひとり俺たちの元へ歩み寄ってくる。

「ノエラ、どうやら馬車は大丈夫みたいだ。荷物も積み直したし、すぐにでも出発できるぞ」

「あぁ、ご苦労さん」

 女性の軽い返事に頷いた男は、俺の方にも視線を向けてくる。

「あんたも、手伝ってくれて助かったよ。疲れただろう」

「ええ、まぁ。いきなり頼まれて馬車を持ち上げるなんて、初めての経験だったんで」

「だろうな。俺だって、ここまで派手に倒れたやつは人生で三度目だ」

 俺の言葉を豪快に笑い飛ばした男に、俺は引きつった笑みを返すしかない。

 どうやら皮肉は通じなかったみたいだ。

 というか、この人は少なくとも三回は倒れた馬車を戻しているらしい。

 ちょっと倒れすぎじゃないか、異世界の馬車って。

 若干の不安を感じながら馬車を見つめて、俺は疲れた身体をグッと伸ばす。

 それにしても、久しぶりに身体を動かしてちょっと気分がいい。

 ほとんど強制労働だったとはいえ、人助けをして感謝されると言うのも悪くない気分だ。

 前の世界では運動なんてする暇なかったし、人から感謝されることもなかったからな。

 働いていたころの辛い出来事を思い出してちょっと暗くなっていると、そんな俺の様子などお構いなしに女性は明るく声をかけてくる。

「ところでお兄さん、こんな所でなにしてたの? 見たところ、旅人って感じでもないけど」

「いや、ちょっと道に迷ってて。とりあえず近くの街を探してたんだ」

「こんな所で道に迷うって、もしかしてお兄さんはこの辺の人じゃないの?」

 そう言って女性が見渡す先に広がるのは、なにもないだだっ広いだけの草原。

 確かに、こんな場所で道に迷う方が難しいだろうな。

「うん、まぁ……。ありえないほど遠くから来たんだ。それに、色々と事情があってね」

 まさか別の世界からやってきたなんて言えるはずもなく、とりあえず適当にごまかす。

 そんな俺の気持ちを察してくれたのか、女性はそれ以上なにも聞かずに話を続けてくれた。

「なるほどねぇ。どうやら、大変だったみたいだね。それじゃ、助けてくれたお礼に私たちが街まで連れて行ってあげるよ」

「本当に? それはありがたいな」

 思わぬ展開に喜んでいると、後ろからさらに別の男が近づいてきた。

「気をつけろ。ノエラはがめついから、街についた途端に運賃を請求されるかもしれないぞ」

「そうそう。気付いたら尻の毛までむしり取られちまうぜ」

 男の言葉に他の男たちも同意し、馬車の周りからは楽しげな笑い声が聞こえてくる。

「あんたら、失礼なことを言うんじゃないよ! いくら私でも、恩人から金を取ったりするもんか!」

 男の言葉に、女性は怒ったように怒鳴りつける。

 もちろん本気で怒っているわけではなく、よく見ると女性の口元にもうっすらと笑みが浮かんでいる。

 どうやらこの女性はノエラという名前らしい。

「まったく、誤解されたらどうするんだ。間違っても金なんて取らないから、安心しておくれ」

「ははっ、信用しています。申し訳ないけど、今の俺は一文無しなもんで」

 仲の良さそうなやり取りに思わず笑みをこぼしながら、俺はお言葉に甘えて馬車へと同乗させてもらう。

 俺に続くように他の人たちも馬車の中へ入ってきて、さっきまで会話していた男はいつの間にか御者台に座っていた。

 それにしても、ちょっと狭いな。

 馬車の中には荷台に積みきれなかった荷物が押し込まれていて、人の座るスペースまで侵食している。

 まるで肩を寄せ合うようにして座ると、隣に居るノエラさんの体温が伝わってくる。

「狭くってごめんね。ちょっと張り切って商品を買い占めすぎたんだよ」

 密着してることを特に気にした様子もないノエラさんは、そう言いながら呑気に笑う。

 彼女とは反対に、あまり女性と密着したことのない俺は少しだけドキドキしていた。

 できるだけ顔に出さないように表情を引き締めていると、御者台から声が聞こえてくる。

「それじゃ、出発しますよ」

 一声かけて馬車が動き出し、ゴトゴトと車輪の音を鳴らしながら前へと進んでいった。


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