第2話

「もういい、分かった。つまりそれはお前が俺の運命を操作したからってことだな」

「うん。それも思いっきり悪い方向へ振り切って」

 満面の笑みを浮かべて大きく頷く男に、俺は無言で渾身の右ストレートを放つ。

「うぉっと!? いきなり殴りかかってくるなんて、危ないなぁ」

「うるせぇ! お前のせいで借金まみれになった挙句死んだんだろ。だったら俺にはお前を殴る権利がある」

「いやいや、落ち着いてって。確かに僕は君の運勢を最悪にしたけど、それはせいぜい借金まみれになるまで。過労死したのは、君が仕事を頑張りすぎたせいだから」

「誰のせいで死ぬほど働く羽目になったと思ってるんだよ」

 借金さえなければ、俺だってこんなに必死で働かなかったわ!

「まぁ、そうだよね。だからこうして、直接謝りに来てるんじゃない」

「……おまえ、謝ってるつもりだったのか」

 てっきり、過労死した俺を煽りに来たのかと思ってた。

「さすがの僕でも、そこまで鬼畜じゃないよ。そちらの世界の神にも、しこたま怒られたし」

「怒られたのかよ……」

「うん、そりゃあもう。地べたに正座させられて3時間もネチネチ小言を言われちゃったよ。それで、海より深く反省した僕は君にちゃんと補償も用意してきたんだ」

 そう言う男の態度は、どう見ても反省している奴のそれではなかった。

 しかし、男の言葉には少し興味もそそられる。

「補償? もしかして、借金をチャラにして生き返らせてくれるのか?」

「ううん、それは無理。借金は僕の力の範疇でどうにかできる問題じゃないし、そちらの世界ですでに死んでしまっている君を生き返らせることも僕にはできないから」

 ……使えねぇ。

 そんな心の声が聞こえたのかどうかは分からないけど、目の前の神(自称)は慌てた様子で話を続ける。

「確かに君をそちらの世界で生き返らせることはできないけど、僕の世界で新しい人生を始めることならできるよ。つまり、異世界転生だね」

 にっこり満面の笑みを浮かべる自称神様とは正反対に、それを聞いた俺は思わず渋い表情を浮かべてしまう。

「異世界転生、ねぇ……」

「あれ? 嬉しくない? 借金のない、新しい人生が歩めるんだよ」

「いや、借金がなくなるのは嬉しいんだけど、全く知らない世界で残りの人生を生きろって言われてもなぁ……」

 しかもその世界を管理しているのは、他でもない俺をどん底に突き落とした目の前の男なのだ。

 正直に言って、まともな人生を送れる予感がまったくしない。

「うん、まぁそうだよね。そう言うと思って、僕だってちゃんと考えているから」

「考えてるって、何を?」

「君がこっちの世界で生きるのに困らないように、いわゆるチート能力をプレゼントしよう!」

「あぁ、定番のやつね」

 借金まみれになる前は、そういう感じの漫画や小説をよく読んでいたような気がする。

 つまり俺は、最初から他の奴らより有利な状況で人生を始められるってわけだ。

「そうそう。……で、どんな能力が欲しいかな?」

 え? 選ばせてくれるの?

「もちろん、無理なものは無理っていうよ。でも、できるだけ希望は叶えてあげましょう」

 そう言ってドンっと胸を叩く自称神様。

 そんなドヤ顔の神様を見てやっぱりちょっと不安になってくるものの、とりあえず試しにいろいろ言ってみることにした。

「とりあえず、金に困らない生活がしたい。それと女にモテたい。あとは二度と過労死しないくらい健康な体が欲しいな」

「けっこう欲張りだね。しかもところどころ僕を責めてる気がする」

「まぁ、実際そうだしな」

 逆に、もう許されてると思ったんだろうか。

 意外と根に持つタイプの俺が、こんなことで簡単に許すわけないだろ。

「まぁ、無理なら別にいいよ。その時は適当にやってくれ」

「いやいや、無理なんて言ってないでしょ。全部叶えてあげるとも。……ついでに色々オマケしちゃおう」

「できれば、余計なことはしないでほしいんだけど」

 いまいち信用できないし。

 そんな俺の気持ちを無視して、神様はいつの間にか現れていた半透明のパネルを楽しそうに操作している。

 そういう光景を見ていると、やっぱりこいつって本物の神様なんじゃないかと思えてくるわけで。

「いや、本物の神様だから。いい加減に信じてくれてもよくない?」

 どうやら俺の心の声は、都合よく神様に聞こえているらしい。

 だったら、俺のこの不安もしっかり感じ取ってほしいものだ。

「……よし、できた。とりあえずこれで君を僕の世界に送る準備はすべて完了だ。それじゃ、覚悟はいい?」

「いきなりすぎて覚悟もなにもないだろ」

「よし、大丈夫みたいだね。じゃあ、しゅっぱーつ!」

「誰も大丈夫なんて言ってないんだけど……。うわぁっ!?」

 急にどこからか現れた光に包まれて、俺は思わず悲鳴を上げる。

 目も明けていられないくらい眩しい光の中で、なぜか神様の姿だけははっきりと認識することができる。

「じゃあ、これで君とはお別れだよ。与えた能力は直接君の頭に流し込んでおくから、あとでちゃんと確認するように」

「怖すぎるから! ちゃんと口頭で説明を……!」

 言い終わる前に、俺の意識は光に飲まれていく。

(もしかしてこいつ、神様っていうより悪魔なんじゃねぇ?)

 意識が消える直前に、そんなどうでもいい事を考えながら。


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