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馬車がルフェルニアの寮へ向かう途中、植物局の庁舎の前を通ると、ユリウスの部屋にまだ明かりが灯っているのが見えた。
ルフェルニアが馬車を植物局の前に停めてもらうと、ギルバートは植物局に用事がないのにさっさと降りて、ルフェルニアをいつもどおり降ろしてくれた。
(ギルって、案外と面倒見がいいのよね。それに、段々とこの行為と当然のように受け入れている自分が怖いわ…。)
ルフェルニアは何とも言えない気持ちでギルバートにお礼を言った。
「また喧嘩になったら酒に付き合ってやるよ。」
ギルバートは揶揄うように笑って、ルフェルニアの頭をぽんぽんと軽く撫でる。
そして、ルフェルニアに何かあれば滞在しているホテルのコンシェルジュに申し付けるように言うと馬車の中に戻っていった。
「ギル、今日もありがとう。夜会の日も楽しみにしているわ。」
ルフェルニアが笑顔で手を振ると、ギルバートも車内から片手を上げて答えてくれる。
ルフェルニアは馬車が走り去ったのを見届けてから、いざ、と植物局の入口へ足を向けた。
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ルフェルニアがユリウスの部屋の扉をノックすると、中からベンジャミンが顔を出した。
ベンジャミンはルフェルニアを見ると、目を丸くした。
ベンジャミンは扉を開ける前、ユリウスから来客を追い返すように言われていたからだ。
どうするかベンジャミンが逡巡していると、室内の執務室に向かっていたユリウスから声がかかる。
「今日は用がある、お帰り願いたい。」
ユリウスはとても冷たい声で言った。
ベンジャミンがすぐに来客を追い返さないのを見たユリウスは、きっとベンジャミンが言いづらい相手だったのだろうと思い、後ろから直接声をかけたのだった。
庁舎内は終業後でとても静かだったため、その声はベンジャミンの影に立っていたルフェルニアにも当然届いた。
ルフェルニアは、ユリウスから冷たい声をかけられたことがなかったため、初めてのことに心臓が凍りついたような気持ちになった。そしてすぐに目頭が焼けるように熱くなる。
(ユリウス様を突き放すようなことを先に言ったのは私なのに、傷つくなんてお門違いだわ。それに泣くなんて卑怯よ。)
ルフェルニアは瞬時にそう考えると、ベンジャミンがユリウスに向かって来客がルフェルニアであることを伝える前に、とても小さな震えた声で「夜分にすみませんでした。」とベンジャミンに伝えると踵を返した。
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ルフェルニアはユリウスの部屋から急いで離れると今朝と同じお手洗いに籠り、声を押し殺して泣いた。唇を噛みしめ、嗚咽を漏らすことなく、ただただ静かに涙を流した。
ルフェルニアはあっけらかんとしたところがあるので、こんなに泣いたのはデビュタントの日以来だ。
(ユリウス様と“普通の上司と部下”になるということを、私はちゃんと理解していなかったわ。)
たったあの程度のことを言われただけで、泣く部下がどこにいるのか。アポイントメントもとっていない、しかも終業時間後の突然の訪問だった。普通であれば上司に対して大変失礼なことだ。冷たく追い返されて当然だ。
まずは、帰るにせよ涙を止めなくては通りすがりの人に驚かれてしまう。
ルフェルニアはゆっくりと呼吸を整えようと長く息を吐き出した。
(呼吸と一緒に、こんな気持ちも全部無くなってしまえばいいのに。)
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